糸井 池谷さんにはじめてお会いしたとき、
おいくつでしたか?
池谷 31歳でした。
糸井 覚えてるんですけど、
はじめてお会いしたとき、
「お若いですね」って池谷さんに言ったら、
「若いうちしか研究ってできないんです」
っておっしゃったんですよ。
池谷 ええ、私も覚えています。
糸井 にもかかわらず、
あれから10年くらい経ちますけど、
池谷さんはずーっと研究者の立場のままでいる。
これは、絶対、なにか池谷さんに
変化があったんだろうなって思って、
ぼくは妙にうれしかったんです。
現役の研究者として長くはいられないと思う、
って言ってた人が続けてるわけだから、
なにかが変わったんだろうと。
池谷 はい、明らかに変わってると思います。
私、ちょうど40になったんですけどね。
ずいぶんと読むのに苦労するようになってるんです。
たぶん、オペなんかももう難しいと思う。
糸井 でも、そんなことじゃないんですよね?
池谷 そうなんです(笑)。
やっぱり、違うんです。
それがなんなのか、まだことばでは
はっきり表せないんですが‥‥。
ただ、明らかに変化というのはあって、
たとえば、いま、
「自分にとっての発見とはなにか?」
ということがなんとなく
つかめはじめているんです。
たぶん、いま自分が、研究者としての
ピークを迎えつつあるということが
自分で実感できるんですよ。
糸井 おおー、わくわくするねぇ!
池谷 そうなんですよ。あと、数年‥‥。
いま自分がピークに差し掛かってるな
っていうのがわかるので、
あと2年くらいの間に、吐き出せることを、
ぜんぶ吐き出したいと思っていて。
糸井 気持ちいいでしょうねぇ。
池谷 だから、ちょっと、あの、
「ここから2年くらいのぼくを見ててください」
っていうふうに思ってます。
糸井 ということは、
「40になったら、たぶんできないと思います」
って言ってた、あの日の彼に、
いまタイムマシーンで会いに行けたら、
なんて伝えてあげるんでしょうか?
池谷 そうですね‥‥。
あのときしか実験できない、
というのは、ほんとうです。
実験室の現場で、マックスまでがんばるのは、
いまの私にはできない。
だから、あのときの自分には、
「そのままがんばってくれ」と伝えますね。
糸井 「おまえはそのままでいいぞ」と(笑)。
池谷 そうです。
あのときの自分を生きて、はじめて、
見えてくるものがあるんじゃないかな
っていうのをぼくは言ってあげたいんですよね。
糸井 40歳になった池谷さんから、30歳の池谷さんに。
池谷 はい。
それで思い出したんですが、
先々週、日本でもトップレベルにある
先生にお会いしたんですよ。
今後、ノーベル賞をとってもおかしくない、
というほどの先生なんですけど、
たまたま食事の席にご一緒させてもらったんです。
そのとき、まわりにいた先生がその先生に、
「研究者のピークって何歳でしょうか?」
って質問したんですよ。
で、私は、30歳とか40歳とか
おっしゃるんじゃないかなと思ったんですが、
「50歳」っておっしゃったんですよ。
糸井 うわー、しびれるー(笑)。
池谷 その先生が言うには、
「ぼくもそうだし、ほかの先生も
 みんな50歳がピークだったよね」って。
彼もそうじゃない? 彼もそうじゃない?
みんな50歳でしょ、って言うんですよ。
だから、私はいま40歳を迎えたところで、
自分がいまピークに差しかかってるなって
ずっと思ってるんですけど、
そんな自分を、10年後の自分がなんて思うかな
っていうのは、またおもしろいんです。
糸井 いいねぇ(笑)。
その先生は、いま何歳ぐらいですか。
池谷 おそらく、65歳くらいだと思います。
糸井 あー、ぼくよりちょっと上ですね。
あのね、池谷さん、
ぼくは、その先生の言ってることが、わかる。
池谷 え?
糸井 50歳です。ピークは。
池谷 やっぱり50歳ですか。
糸井 60歳ではない。50歳だと思います。
60歳になると衰えるわけじゃないんですけど、
その、なんだろう、
心臓がどっくんどっくん動いてるような、
脳に血管がピクピクしてるような、
そういう高まりのようなものは、
60歳になると薄れます。
池谷 そうですか。
糸井 そういうことは、
いま、はじめて整理できた気がする。
あのね、ぼくはいま62歳ですけど、
50歳のときよりも、60歳のいまのほうが、
明らかにおもしろいんですよ。
池谷 おお!
糸井 でも、ピークかっていうと、違うんです。
もっと細かくいうとね、
ひとつの個としての才能、
それを単体として評価するなら、
ピークは40歳かもしれない。
池谷 やはり、そうなんですね。
でも、単体として、ですか。
糸井 うん。
チームの成績なんかとは関係なく、
ひとりのプレイヤーとしてなら、
40歳は最高です。
池谷 よかった。それはちょっとうれしい。
糸井 で、50歳は、その人が、チームの中心にいるとき。
あるチームの4番バッターとか
エースとしているときっていうのは、
50歳がピークだと思います。
池谷 なるほど、社会の一員としてのピークですか。
糸井 うん。でも、50歳のときって、
自分の持っているよさを、
まわりのみんなに配りきれないんですよ。
それが、60歳になると、
「ほら、これがあってよかっただろう?」
みたいなことが伝えられるようになります。
それは、ピークとは違いますけど、
おもしろいんだなぁ。
池谷 あ、そうなんですよね。
私にはうまく伝える術がないんですよ。
自分がいま、ギアがうまく入った状態だ
っていうのは実感できるんですけれども、
そのことすら、まだ、上手に伝えられないんです。
糸井 だから、完封勝ちしたピッチャーが
息を荒らげてるみたいな気持ちよさは
きっといまだと思いますね。
池谷 ああー、おもしろい表現ですね。
うん。まさにそんな感じですね。
実際には、まだ、完封勝ちしようとして
がんばってる最中なんですが。
糸井 ですよね。で、もっといえば、
ノーヒットノーランぐらいのことだって、
できるかもしれないっていう、うれしさが。
池谷 そう、わくわく感が、つまり、
自分に対する期待感があるんで。
糸井 バッターの心理なんかも
手にとるようにわかったりしてね。
で、球もいくんだけど、球速だけで考えると、
いちばんスピードがあったのは、
30歳のときかなぁ、みたいな。
池谷 うん、そうなんです。
でも、いまのほうが
自分がコントロールできてる感じが。
糸井 わかる(笑)。
 
(つづきます)
2010-09-27-MON