楽しきこともなき人生に、 いかがですか、ご馳走は。  堺雅人さんと、満腹ごはん。
第6回 ぼくの俳優修業。
糸井 堺くんがやってることとか見てると、
「自分だけの卵かけご飯」と
似たようなことやってるんだろうな、と思うから、
実はまだ読んでないけど、
『俳優修行』っていう本を買ったんですよね。
きっとおもしろいだろうと思って。
ほう!
スタニスラフスキイ?
第1部はおもしろいですよ。
糸井 あ、そうですか。
おもしろいです。
架空の演技クラスを描きながら、
そこに初めて演劇をする
コスチャと呼ばれる青年を主人公にしたものなんです。
ひと通り第1部を読めば、
スタニスラフスキイの何たるかはわかる。
で、第2部は、それをその当時の「現代」に
どう噛み合わせようかっていうのをやろうとする。
糸井 応用編なんだ。
でも、すぐ古びて、
第2部は誰も読んでないですね、役者はね。
第1部しか持ってない。
珍しいですよ、スタニスラフスキイ。
糸井 それはね、ちょっとね、
料理のこと気になるのと同じように、
役者のことが気になってさ。
きっとおもしろいだろうなと思って。
へ〜え。
糸井 で、読むのはいつでもいいから、
とにかく買っとこうと思って。
ええ、ええ、ええ。
糸井 素人臭い先生が生徒に教えるのを
聞いてるだけでもおもしろい時あるじゃないですか。
たとえ付け焼き刃の講義でも、
やっぱり面白い。
習い事は全部さ、料理でも何でもそうだけどさ、
誰かが考えたことの蓄積だから、
もう古いっていうふうにしても何にしても
絶対おもしろいんですよね。
『俳優修行』の一節をそのまんま
『南極料理人』に使ってるところがありますよ。
糸井 そう!
ものすごく当たり前のことを言ってるんです。
「魔法の言葉IF」っていう章があって、つまり、
「もしあなたが南極料理人だったらどうしますか」
っていうところから話を始めていきましょう、
っていうだけの話なんですけど。
糸井 はあ、はあ、はあ。
でも、その「IF」って
ものすごく、広がりますよね。
糸井 なるほど、なるほど、魔法の言葉。
だけど、案外役者やってて、
ちゃんと台本読んでっていうようなことやってると、
「もし自分が南極料理人だったら」っていう、
イロハのイをやらなかったりするんですね、時々。
糸井 自分のままになっちゃうんですか。
なんだろう。
ちょっと違うこと考えちゃうのかな。
だけど、元々の仕事って、
もしぼくが本当にこうだったらって
いうところから広がる発想だったりするから。
今、糸井さんから『俳優修業』という書名が出て
ドキッとしました。
ちょっとイロハを忘れてたかもなって。
糸井 いやいや。
そういうのは、きっといいんだろうな、と思うんですよ。
昔の人のほうがいろいろ知らなかったから、
「まずはここまでわかった」っていうのを
言ったに違いないんですよ。
うんうんうん。
糸井 つまり、大げさに言えば、
歴史上の偉人っていうのをベスト100を並べると、
ほとんど100に近いところまで
ギリシャ時代にいるっていうんですよね。
ふーん!
糸井 そう考えたら、芝居をやる、なんていうのは、
相当昔にできてると思うんですよね。
だから、飯島さんに何か質問するのと同じように、
堺くんとかに「そういうことやってたんだ」
っていうのを聞いてみたい気がします。
ええっ、ぼく、そんなに‥‥。
糸井 『情熱大陸』では聞けないタイプのこと。
(笑)。
糸井 テレビで、「今筋肉を付けてます」っていう話を
すごく人は喜ぶんですね。
でもそこの話に、今、役者が
どんどん吸い込まれていくような気がするんですよ。
そうなんです。
糸井 でしょ?
うん。
糸井 で、「役作りのために歯を折った」
とかっていうの大好きですよね。
今回も途中で太るの止めたんですよ、逆に。
ムクムク太ってったんですけど、
なんかそこに話が行き着くのは絶対に違うと思って。
糸井 まずいよね、それはね、
俺はコピーライターやってるときにもね、
スポンサーの偉いさんがね、
他の先輩のコピーライターのことを
「彼は2日ぐらい完徹(徹夜)しちゃうらしいね、
 ひとつのコピーに」って、俺にしみじみと、
「恐ろしい人だ」って言ったんですよ。
で、俺は、
「頼むからそういうこと言わないでくれ」と思って。
「俺は5秒でできる」って言いたいと思って。
うんうんうんうん。
糸井 役者がそういうこと言われたら困りますよね。
でも、そういうほうが、通りがいいんですよね。
そして、自分もちょっと思っちゃうんです。
糸井 危ないですよね。
危ない。
ぼくは努力したって思っちゃうんですよね。
でも、それは違うんでしょうね、
どうでもいいことっていうか。
糸井 というか、すがる場所として、
「何をしたんですか」っていう1行があると、
とてもいいんですよね。
例えば弥勒菩薩っていうものは姿がないわけで、
誰も見た人はいない。
だけど、仏像を見た時に、
「これ、何菩薩ですか」
「弥勒菩薩です」
「はぁ〜」って、弥勒菩薩だと思うじゃないですか。
でも、あれは、仏師が考えた、
それまで人がこうだと思ってるものの
集大成を人間の形にしただけで、
あれは弥勒菩薩じゃないんですよね。
未来の神様ですしね、弥勒菩薩は。
糸井 そう、そうです。
釈迦以外はみんなないんですよ。
だけど、その形が仏像になってあることで、
拝めるんです。その意味では、
ウェイトコントロールをしているのを、
菩薩像を彫ってるんだと思って
「そんなものはないんですよね」
って言っちゃったら、進まないんで。
確かにそうかもしれない。
糸井 だから、やっぱりそこは、
「それが全てだ」と思わなければ、
やっていいんじゃないですかね。
そうか。そうですね。
でも、ときに、それが全てだと思い込む
自分もいたりして。
糸井 やってる時は、やってないやつに怒るっていう人が
また現れるんですよ。
たとえば堺くんが双子で、全く同じ立場で、
双子で腹の減った演技をしてる状況が
あったとするじゃないですか。
で、こっちの堺くんは毎日本当に腹を減らして、
どんどんこけてきてる。
で、もう1人にも、
一緒にこけて欲しいんだけど、
そいつは、「昨日さ、女と焼き肉食ってさ」
みたいにしてて。
(笑)。
糸井 「お前さぁ」って言いたくなるでしょう。
なりますね。
糸井 で、芝居としてどうかっていうことの前に、
怒ると思うんです、俺。
芝居どころの話じゃない。
糸井 怒りますよ、絶対。
でも、後でできたものとして、
そこで役として完成されてれば、
怒っちゃだめですよね。
だめですね。
糸井 でも、人は怒るんですよ。
わかります、それ。
糸井 で、怒るのはだめだっていうことを、
どれだけわかってるかが、
なんかすごく重要な気がするの。
わかります。
糸井 今しゃべってる限りでは
俺たち2人わかってるわけ。
でも、本当にあったら、
気をつけてないとねっていうのはそこですよね。
その世界に行くと、
そっちの人になっちゃう可能性ってゼロじゃないんで。
うん、楽しいんですよね。
糸井 仏像ができあがってくるからね。
見事な弥勒菩薩があそこには見えましたよね。
で、特に、カメラがあろうがなかろうが
やってたことっていうのもあそこには絶対にあるはずで。
カメラの隙を見てっていうか、
カメラのない所でやってる
自分の努力はもっと好きですよね。
ああ、ああ‥‥そうかもしれないですね。
糸井 それって、励みにはなるんで。
だから、カメラが見えてる所で
みんなが褒めてくれる以上のことは
俺はあるから、みたいな、
そういう気持ちよさもあって、
多分うっとりするんですよ。
で、どんどんそういう役者が
増えてる気がするんですよね。
で、これはね、危ねえって。
危ない、と思う。
糸井 そういう人たち同士絶対仲良くもなれるし、
意気投合もできるし、
そういう人たちの集まる映画もできるし。
俺、そこでね、失われるものはね、
絶対あると思うんですよ。
で、そこで『南極料理人』ですよね(笑)。
これですよね。そう!
(つづきます)

2009-08-24-MON


(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN