楽しきこともなき人生に、 いかがですか、ご馳走は。  堺雅人さんと、満腹ごはん。
第5回 卵かけご飯に罪はない。
糸井 伊勢えびのフライっていうのはすごいシンボルで、
あれは、非・品(ひ・ひん)が
行き過ぎた形ですよね。
そうですよね。
糸井 「伊勢えびと言えば」って言って、
山奥でも伊勢えび出しちゃうじゃないですか。
あれが非・品ですよね。
でも、伊勢えびのおいしさっていうのは
どうしてもメモリーに残っちゃうから、
「うわあ、伊勢えび!」って言って、
腐っても伊勢えびなんです。
伊勢えびって名前だけでおいしい。
で、エビって言ったらフライですから、
「フライで」って言っちゃって、
欲望のままにエクスクラメーションの塊
みたいなものをぶつけたら、ああなるわけですよね。
あれ、もう1回裏を返すと、
あれはあれで旨いんじゃない?
あれね、旨かった。
糸井 でしょう?
衣少し厚めにして、ポコッとなってて。
そしてあのソースが旨かったです。
あれ、本当に海老の頭のみそを
ソースに生かしてるんです。
榑谷 堺さんが「おはよう」って現場に入ったときに
「伊勢海老のミソを入れたら
 すごくおいしい
 タルタルソースが出来たんです!」
と声をかけて、堺さんに味見してもらったら
堺さんが「おいしい!」と
おっしゃってくださって。
糸井 うれしいよね、そういうのね。
あんなふうにね、
グルッと回って、知ってて下品をやる、
っていうやり方もあるんですよ。
堺くんがあんなに泣いたのも、
あれは伊勢えびフライですよ。
うん、うん、うん。
表現形式としてはそうですよね。
糸井 10秒以上やらないでください、
みたいなところはもしかしたらあるかもしれないのを、
「止まらないんだもん」っていうのは、
あれは伊勢えびのフライ。
で、結局それはおいしかったわけで。
お客さんもそれは楽しめましたよね。
すっばらいしい時代が来たなあと思って。
生卵かけご飯が流行ったじゃないですか。
あれって、もとをただすと、
多分『美味しんぼ』の海原雄山のモデルになった──
魯山人(北大路魯山人)?
糸井 魯山人。
貧乏の極みからああなった人ですから。
魯山人ってそうなんですか。
糸井 覚えていったものですよ、全部ね。
で、卵かけご飯はすごいっていうことを、
美食の世界であてつけがましく言った。
まあ、強がったわけですよね。
で、それは、一部のそういう趣味を
おもしろいと思う人の間に伝わっていって、
緒形拳さんがそれを食べた席にね、
ぼく、いたことがあるです。
それは、きざなものでもあるんだけれど、
やっぱり感動させるんですよね。
で、卵かけご飯がおいしいんだっていうのは、
どこかのところでみんな気付くんですよね。
(笑)はい。
糸井 米がおいしく炊けてて、
卵黄でご飯食べるわけだから、
これはものすごく旨いですよ。
で、安いから下に見られてるものを、
高い安い関係なく「これは旨いよね」って
もう1回言える場所にみんな行くんです。
必ずきっと。
あてつけがましくなく卵かけご飯が
食べられる時が多分来るんですよ。
身の丈にあった卵かけご飯が。
糸井 そう(笑)。
隣にフォアグラがあろうが、
ふぐがあろうが、伊勢えびがあろうが、
卵かけご飯を並べることができるっていうのは、
やっぱり豊かさのひとつのシンボルで。
そうでしょうね。うんうんうん。
糸井 で──、こんなに長くしゃべった挙句に
言うのは変なんだけど、
卵かけご飯に何の罪もないんだよね。
なるほど。
糸井 だから、これが
コンテンツっていうもんだと思うんだよ。
うん、うん。それはその上に行こうが、
下に行こうがっていうことですよね。
糸井 そう。関係性で全部変わるんですよ。
緒形さんのやった卵かけご飯、
魯山人のやった卵かけご飯、
俺がやっと発見した卵かけご飯、
他に知らない卵かけご飯、
それから、思い出したのは、
祇園の舞妓さんが、
「1人で卵かけご飯が1人分食べたい」
って言って泣きそうな顔したのを、
俺、覚えてるんですよ。
置屋にいる、すごくケチな女将さんの所の
不細工な舞妓さんが。
不細工な、はい。
糸井 「私は、1個の卵かけご飯を食べたい」
って言ったんですよ。
1個まるごとをね。
分けるんじゃなくてね。
それは何年前ですか。
糸井 15年ぐらい前。
そんなに最近の話?
糸井 最近なんです。
躾っていうのとケチが掛け算になって。
(笑)怖いですね、×(かける)京都で。
糸井 冷蔵庫にはいっぱいあるのに
食べさせてくれないっていうのを、
お客さんに愚痴ってたんです。
(笑)それも、まあ、
ろくな芸子さんじゃない。
糸井 そう、だから、
もう完璧にどっちもどっちで。
そこにある卵かけご飯も、
全部同じものですよ。
そうですね。
糸井 で、関係性だけが違うわけですよね。
そこに、なんか一番いい関係を結んでるのを、
「あ、いいなあ」って言う。
それはあれですか、泳いでるマグロは
「マグロが旨い」って知ってるかっていう話と。
糸井 似てますよね。
ていうことですよね。
(笑)うん。卵かけご飯ね。
あれ、なんであんなにおいしいんでしょうね。
糸井 で、ほかの例えばイクラだとか、
魚卵系のものを噛み締めて食べてると、
卵かけご飯の味になるんですよね。
なるなる。なる。
糸井 「てぇことは!」って気付くんですよ、ある時。
(笑)「全ての味は卵かけご飯に通ず」みたいな?
糸井 で、それを飯島さんなんかはプロだから、
料理の先にいる化学者みたいな人と
対談とかし始めるわけですよ。
「どうしておいしいんでしょうね」っていうのと。
(つづきます)

2009-08-21-FRI


(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN