堀江貴文さんの、 まじめなおせっかい。  「もっとこうすればいいのに、と思うんです」
堀江貴文さんと糸井重里の対談です。 2013年11月に出版された堀江さんの本、 『ゼロ』について触れながら ふたりの会話は終始なごやかに、かろやかにすすみました。 ライブドアのこと、近鉄バファローズ買収のこと、 ヒッチハイクの経験談(!)などをうかがううちに、 「どうやら堀江さんはおせっかい」 という傾向を糸井が見つけます。 その「おせっかい」は、とてもまじめで、本気で‥‥。 「CAKES」さんとの共同企画で実現した対談。 どうぞ、おたのしみください。
第4回 スティーブ・ジョブズに会っとけばよかった。
糸井 この『ゼロ』という本の編集チームは
どうやって集めたんですか?
みんな所属がバラバラですよね?
堀江 最初のきっかけは、
さっき話した水野敬也くんになんですが‥‥。
糸井 ああ、そうでした(笑)。
ベストセラー本を差し入れてくれた。
堀江 そのあとに長野まで面会にきてくれたのが、
いま「コルク」という
作家のエージェント会社をやってる
元講談社の佐渡島庸平くんという男なんですよ。
ぼくの大学のゼミの後輩で。
もともと『ドラゴン桜』とか
『宇宙兄弟』とか、マンガの編集者なんですけど。
ぼくはずっと前から彼に「独立しろ」って
何回もいってたんです。
めちゃくちゃ天才なんです、びっくりするくらい。
なんでマンガの編集やってるんだろ? と思ってて。
で、実際、独立したんですけど。
糸井 そういうところが、
堀江さんはおもしろいですよね(笑)。
親切というか、おせっかいというか。
ひとの人生までアシストしようとするよね。
堀江 そんな彼に、
刑務所から出てきたとき相談したんです。
「こういう本がつくりたいんだけど」と。
そしたら、編集の人や
構成・ライターの方を紹介してくれて、
もうスタートですよ。
LINEでグループをつくって、
どんどんトークしながら
プロジェクトが進んでいく感じですよね。
糸井 すぐにチームができた。
堀江 それと‥‥
今回こういう本を出そうと思った動機のひとつに、
刑務所で決意したことがあったんです。
糸井 ほう。
堀江 ぼくは40歳という年齢を、
刑務所の中で迎えたんですね。
それで、なんていうんですかね‥‥
「人生けっこうきちゃったな」と。
糸井 きたな、と(笑)。
堀江 「やばいな。やりたいこといっぱいあるのに、
 ぜんぜんできてないじゃん」って。
せっかく恵まれた立場にいたのに、
逃してきたチャンスもいっぱいあったんですよ。
基本的にシャイなので。
自分からアプローチしないんですよね、人に対して。
とくにホリエモンとして有名になってからは、
その環境に甘えていた気がして。
糸井 向こうからアプローチしてくれますからね。
堀江 はい。
なんとなく来た仕事とか、
来た人たちと交流していた感じだったんです。
でも2年間、刑務所の中で人生を過ごして‥‥。
その日々がムダだったとは思わないけど、
機会損失は大きいですよね。
だから会いたい人、会わなきゃいけない人には、
自分から直接アプローチしようと、
40になった日に決意したんです。
糸井 それ、ぼくも40歳くらいのころに思いました。
堀江 そうなんですか?
糸井 ぼくがシャイだっていっても
みんな信じてくれないんで、
いわないことにしますけど(笑)。
堀江 (笑)
糸井 やっぱりシャイですよ、人は。
堀江 ええ。
糸井 みんな、がまんして、
シャイじゃないようにするんですよね。
受け身でいたほうが自分は傷つかないから。
堀江 そう、そうなんです!
糸井 だからぼくも、誘いのあったお仕事を
「いやだ」とか「いいね」とかいいながら
こなしていた時代が長かったんです。
それをぼくは
「芸者さんの時代」といっています。
堀江 芸者さんの時代?
糸井 呼ばれたら踊る、お座敷がかかったら踊る、
という受け身の仕事ばかりでした。
でも、たとえば100万個のお座敷がかかったら、
踊れないんですよ、100万回は。
そうなると「ただの踊れないひと」になってしまう。
堀江 ああ‥‥。
糸井 それに気づいたころから、
「頼まれた仕事は
 自分からやらせてくださいといえる仕事に
 置き換えられるか?」
と考えることにしたんです。
なにかお誘いがあったとき、
すぐに返事をしないで1日置く。
それであらためて、
これは自分のほうから
「やらせてください」と思うかな? と考える。
そこで、こっちからお辞儀してでも
「お願いします」といえる仕事なら、引き受ける。
そうすると自分がお願いしたのと同じだから、
無責任にもならないじゃないですか。

これを思いついたのが40のころです。
受け身をやめようと思った
いまの堀江さんとちょうど同じ時期ですよね。
堀江 なるほど。
糸井 厄年って、ないようであるんですよね。
からだの変わり目でもあるとは思うんだけど。
自分ではかなり力がついたと思ってるのに、
社会はそう見てくれない。
力のわりに無力感を感じるんですよ、
40歳くらいのとき。
堀江 うーん。
糸井 その無力感で、
自分を考えなきゃならない時期に、
堀江さんの場合は刑務所が重なってるから、
なおさらですよね。
「無力そのもの」になるわけだから。
堀江 手足を縛られた感じで。
糸井 無力であることが強調されますよね。
堀江 だから、40の誕生日で決意しました。
とにかくこれからは積極的に人と交わっていこうと。
後悔できないですから。
糸井 後悔、ありましたか?
堀江 ちょうどそのころ、
スティーブ・ジョブズが亡くなったんです。
ほんとうに思ったんですよ。
「スティーブに、会っとけばよかった」って。
糸井 ああー。
堀江 「おれ、会うチャンスはあったよな。
 自分から会いたい!って動いていたら、
 ぜったいに会えてたよな」って。
糸井 自分が望めば、
その道を探すようになりますからね。
堀江 ええ。
糸井 でも、モテてる盛りってのは、
その気持ちが出てこないんですよね。
堀江 そうです。ほんと、そうです。
糸井 「ジョブズだって来るよ」
と思ってるんですよ(笑)。
堀江 おっしゃるとおりで
「来るまで待とう」と思ってました。
糸井 ほんとに向こうから来たとなったら、
ちょっと鼻高々になるじゃないですか。
しかも、その鼻高々を味わいたいじゃないですか。
そこにやっぱり、みんなの落とし穴があるんだよね。
堀江  そうですね。
だから、そこは変えていこうと思っています。

(つづきます)
2014-01-28-TUE
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