GO!なひと/vol.01 鈴木杏さん GO!なひと/vol.01 鈴木杏さん
「GO!なひと」は、さまざまな地域に
通い続けている人や、
移住した先で活動している人を訪ね、
その土地とのかかわりや、日々の生活について
インタビューするシリーズです。

第1回に登場いただくのは、2024年に
東京都から長野県に移り住んだ鈴木杏さん。

近年は、俳優としての活動だけでなく、
アーティストとして表現領域を広げたり、
オンラインコミュニティを運営されたりなど、
活動の幅をどんどん広げています。
「予感だけを頼りに決めた」という
移住先での暮らしのこと、考え方の変化、
これからめざしたいことをうかがいました。

聞き手はほぼ日のやすなです。
ほぼ日GO!とは、
ほぼ日が、日本全国の地域の方々と
幅広くて自由なコンテンツを作り、
更新していく場所です。



文・藤田亜紗美
第2回 「生活」の中に仕事がある
写真
──
キャリアを重ねられて、
自信もつく中で、さまざまなことの
取捨選択をしやすい状況になっていった、
ということですね。
杏
そうですね。
たとえば、東京にいたら、
「やりたい」って言っていたかも
しれないものもありますし、あとは、
「こういう仕事は、私は一回経験したから、
別の俳優さんにバトンを渡したいな」
という気持ちが自然に出てくるなど、
心境の変化もありました。
東京に住んでいたら、そういうことまで
考えが及ばなかったと思います。
──
視野がより広くなったというか、
お仕事で実現してきた世界だけでなく、
ほかの世界も見られるようになった。
杏
はい。時間もできましたし、
喧騒から離れているところにいると、
興味が向くことも、
より世界や生命の根本的な問いだったり、
自然と人間の循環のことだったり。
内観する時間が増えたので、
世界や自分との向き合い方が
変わってきている気がします。
写真
──
さきほど、雪かきというワードが
ありましたけど、生活リズムも、
東京で暮らされていたときと比べて
変わりましたか?
杏
一番変わったのは、
夜寝るのが早くなりました。
犬たちのごはんをだいたい
4時半くらいにあげるんですけど、
そこから自分の夕飯の支度もはじめて、
だいたい5時くらいから
何かの配信を見ながら晩酌して、
7時くらいには食べ終わって、
その後ちょっとダラダラして、
遅くても10時には寝ています。
早いときは8時半くらいに寝ちゃったり。
朝もすごく早起きするわけじゃなく、
7時くらいまで寝ているんですけど、
それでも夜はやっぱり早くなりましたね。
──
それによる、いい影響は感じますか?
杏
寝るのがすごく好きになりました。
いいのかどうかわかんないけど(笑)。
静かで、街灯もあまりないところに
住んでいるので、夜とか、
道がわからなくなるんですよ。
昔の人が「夜道は危ない」と言っていた
理由もすごくわかります。
暗すぎるから用水路に落ちちゃいそうだし、
野生動物もいるし、
「昼と夜とでこんなに道の雰囲気変わる?」
というぐらい変わるんです。
でも、それが本来の姿だったんだろうなと思います。
それぐらい「夜は夜」なんですよね。
夜、本を読むのもいいかもしれないけど、
やっぱり眠ることにフォーカスが当たるから、
眠るのが好きになりましたね。
そんなに寝ているのに、お昼寝もしていて、
休むということに罪悪感がなくなってきたかも。
──
ああ。
杏
都市部にいると、
休むことに罪悪感を持ったり、
休んでいる間に世界から
取り残されちゃうんじゃないかと
思ったりすることがあると思うんです。
写真
──
はい、そうですね。
杏
私もそうだったんですけど、
でも、今の生活になってからは、
しっかり休めるようになったんです。
すごく不思議なのは、東京にいたときよりも、
絵を描いたり文章を書いたりするのが
スローペースになっているにもかかわらず、
ちゃんと間に合うんです。
──
へぇーー。
杏
全然せかせかしたペースじゃないのに。
「間が合う」って、こういうことだよね、
ということがだんだんわかってきました。
私はそれでもせっかちだし、
いつも締め切りを気にしちゃうんです。
でも、「なんか締め切りあるな」
と思いながらも、
散歩に行ったり、友達と湖で会ったり、
そんな時間をちゃんと作ることで、
何かが生まれはじめている時間がそこにはあって。
それがアウトプットに反映されているから、
書くときに集中してパッと書けるし、
絵もそうだし、
「間が合う」瞬間がちょっとずつ増えてきて、
「不思議!」って思ってます。
──
今って、引っ越しをされてから
どれくらい経ちましたか?
杏
2年経ちました。
今、3年目に入ってます。
──
その時間の中で、ご自身の「間が合う」
という感覚が少しずつできてきたんですね。
杏
はい。少しずつ。
たとえば今もZINEを作っているんですけど、
松本に藤原印刷さんという印刷会社があって、
そこにお願いしているんですね。
デザイナーさんは、
ここの「栞日」さんのロゴも作っている
ウチダゴウさんという方なんですけど、
ゴウさんとも全然関係ないおしゃべりを
している時間のほうがほとんどで、
その間に「あ、そういえば」みたいな感じで、
ちょこっと仕事の話して、ご飯食べて、
また仕事の話して、コーヒー飲んで‥‥みたいな。
ゆるやかな時間の中で、スーッと
いろんなことが決まっていくリズムがあって、
これは「長野タイム」なのか、
都市部とは違う独特の時間軸がある気がします。
写真
──
お話をうかがっていて、
はじめは、お仕事とプライベートの時間が
パキッと切り替えられるように
なったのかなと思ったんですけど、
今のお話だと逆に、
つながっている感じがありますね。
杏
そう、俳優業は逆にすごく
切り替わるんですけどね。
やっぱり一番違うのは、家を出るまで
仕事のことをほとんど考えなくなりました。
それは移動時間ができたからで、
たとえば東京に向かう3時間半、4時間の間に、
少しずつ自分のエンジンを温めることが
できるようになったんです。
東京に住んでいるときは、家から出て
だいたい30分くらいで
現場に着いちゃうじゃないですか。
そこからスタンバイしてお芝居をやるとなると、
時間が足りなかったから、
家の中でもずっと考えていないと間に合わない。
それこそ落ち着かなかったんです。
今は時間が取れるし、切り替えられるから、
自分の内側のスタンスが
変わってきたように思います。
──
なるほど。
杏
自分がやっているオンラインコミュニティや、
創作物に関しては、
ずっと宿題みたいに生活の中にあって。
東京にいるときは、どちらかというと
仕事の中に生活がある、
みたいな感じだったんですね。
それが反転して、生活の中に仕事がある、みたいな。
どうしても生活のほうに時間が取られるんで、
薪割りをしている間に一色塗るとか。
スーパーへ行くのにも20分くらいかかるので、
車の中で、今回はブログに何を書こうかなって考えて、
帰ってきて食材を冷蔵庫に入れて、
ちょっと書いて、料理しながら、
完成を待っている間にまたちょっと書いて‥‥
みたいになってきましたね。
写真
──
どちらかというと、現代社会の中で
切り詰められている部分のほうを、
しっかり手間と時間をかけられるようになって、
それが仕事にも反映されている。
杏
そうですね。
次は久しぶりに舞台をやるんですけど、
移住してからはじめての舞台で、
2年半ぶりなんです。
そのときに自分がどう取り組むのか、
自分でもまだペースがわからないから、
ちょっと楽しみなんです。今は台本が来て、
「セリフって、どうやって覚えるんだっけ」
と思いながら、ぼーっとしている段階です(笑)。
前みたいにせっかちに正解を求めるのか、
「大丈夫、ちゃんと間が合うはずだから」
と思って、ゆっくり探っていけるのか、
やってみないとわからないですが、
少しずつ変わっていけたらおもしろいなと思います。
写真
(つづきます)
2026-10-16-FRI