パリで名高い日本人ポップ・デュオ、 レ・ロマネスクのTOBIさん(細長いほう)は、
    これまでの人生において ピンクなときも、さほどピンクでないときも、 幾多の「ひどい目」に遭ってきました。
    はじめは飲みの席で「ははは。ひどいスね」と 笑って聞いていたのですが つぎつぎ出てくる、 その、質・量ともに稀有な「ひどい目」体験に
    よくわからないけど 「これは、伝えなければ」と思いました。 聞けば聞くほど、笑っちゃう。 よくもまあ、そんなにいろんな「ひどい目」に。
    不定期連載のかたちで、お届けしていきます。 MIYAさん(丸いほう)も、 たまーに、出てくる可能性があります。 お相手は「ほぼ日」奥野です。
ひどい目☆その9

── 四つん這いで大学を卒業してまで就職した
トレジャー・アイランドが、
たった3ヶ月で社長の夜逃げで倒産し、
一夜にして無職となった当日、
住んでいたアパート、
不動ハウスの取り壊し宣告が下される‥‥。
TOBI ウィ。
── 神の怒りにでも触れたのでしょうか。
TOBI 実際、その言葉を聞いたとき、
この人、何のことを言っているのかなと、
理解が追いつきませんでした。
── 取り壊しは、すぐ実行されたんですか?
TOBI もともと壊しやすかったんでしょうね。
不動ハウスは、すぐに墓となりました。

ぼくの3号室は建物の2階にあったので、
ちょうどあのあたりで、
寝たり起きたりしていたことになります。

※現地です(現在は墓地)。

── ああー、いまや「空中」。

あのあたりで、ネズミに腹を立てたり、
ネズミの穴を塞いだり。
TOBI ネズミのミイラに手を合わせたり。
── でも、以前、自分の住んでいた部屋が、
いまは「ただの空」って、
ちょっと不思議な気分になりませんか。
TOBI なります。ぼくは、あの「空」に対して、
月々「2万7000円」を、
3年半の間、払い続けていたかと思うと。

家賃とは何かとさえ、考えてしまいます。
── 家賃とは何か。‥‥深い。深すぎる。
TOBI ともあれ、ぼくは、
言うだけ言って去っていく大家の背中に
「わかりました。
 なるべくはやく荷物をまとめます」
とつぶやくので精一杯でした。

そして、木製扉をパタンと閉めるなり、
前のめりに昏倒、
そのまま、眠り込んでしまったんです。
── あまりの急転直下の連続に。
TOBI 眠るという行為は、
ぼくら人間に備わる防衛機構なんですね。

人って、これ以上、
現実を受け止める余裕がないなとなると、
眠ってしまうみたいです。
── そういう虫いますよね。

TOBI だから、そのときのぼくも、
眠って、眠って、眠って、眠って‥‥
気づけば
20時間くらい眠ってしまっていて。
── にじゅうじかん?
TOBI 眠り込んだのがお昼の11時過ぎで、
意識を取り戻したのが、
翌日の朝の7時過ぎだったんです。

目覚めたときに壁の時計を見て
「あ、もう夜か。けっこう寝ちゃったなあ」
と思ったんですが、
共同トイレで用を足しながら、
すりガラス越しに外を見たらスッカリ朝で。
── ほとんど「気絶」じゃないですか。
TOBI でもぼくは、そこで
「ああ、よかった。ぜんぶ夢だったんだ」
と思ったんです、なぜか。

M社長が夜逃げしたことも、
一銭ももらえずに会社が倒産したことも、
今いるこの部屋が、
間もなく取り壊されてお墓になることも、
ぜんぶ夢だったんだ‥‥って。
── そう思わせたんですかね、脳が。
TOBI 自分で自分をだまそうとしていたのか、
人間20時間も寝ると
夢と現実の境目があいまいになるのか
わかりませんが、
もしかしたらという一縷の望みを抱いて、
会社に出勤してみると。
── 夢では、なかった。
TOBI 会社は、やっぱり、ありませんでした。

ただの「床」となったオフィスには、
事後処理に出てきた管理部門の人が
座り込んで、
何かの書類に猛烈に記入していたり、
何とかM社長をつまかえようと、
作戦を練る若手社員たちが、
座り込んで相談していたりしました。

── で、見つかったんですか。M社長。
TOBI いえ、自宅マンションも手放しており、
携帯電話はもちろん不通、
奥さまとも直前に離婚していたらしく、
ご家族に聞いても
「わたしたちにも、わかりませんので」
の一点張り。

結局、M社長の居所を
突き止めることは、できませんでした。
── 用意周到、計画的。
まんまと逃げ切ったんですね、M社長。
TOBI 手がかりすら、つかめませんでした。

でも、今回、ふと思い立って
M社長の名前を
グーグルで検索してみたんですよ。
── おお、この時代ならではのIT捜索!
どうです、ヒットしましたか?
TOBI 社長は現在、イベント制作とは、
まったく関係ない業界で大成功していました。

経営コンサルタントの肩書も持っており、
具体的な書名は伏せますが、
「なんど負けたっていいのが、人生だ。
 いちど勝てれば、それでいい」
みたいな題名の本も出版していました。
── M社長、復活したんだ!
TOBI そうみたいです。

その本を取り寄せて一読しましたが、
夜逃げのあとに自己破産し、
借金取りから逃げながら隠遁生活を送り、
月収数万円から再スタートを切るも、
それも、やがて行き詰まり、
自殺未遂までしてしまったそうです。
── その後、今の事業で成功されて。
そこにも、ひとつの人生がありますね‥‥。

ただ、「なんど負けてもいい」というのは、
いささか気になるワードですね。
TOBI そうなんです。
── ご本人は言いづらいと思うので
代わりに言いますが、
その「負け」の中のひとつをきっかけに、
幾多の「ひどい目」に翻弄された人生が、
今、この目の前にあるわけなので。
TOBI M社長にも、いろいろあったんでしょう。
給料はもらえませんでしたが、
うらんではいません。

前向きに考えれば、
トレジャー・アイランド倒産のおかげで
パリで、ピンク色の妖精に
生まれ変われたとも、言えるのですから。
── おお、太陽のようにあたたかく、
大海原のように広い心の持ち主よ。

TOBI それより、夜逃げからしばらくしてから、
シライシさんのところに、
関西方面の
ある町に潜伏しているらしいM社長から、
電話がかかってきたそうなんです。
── 読者のなかのM社長のイメージは、
すっかり、
コートの襟を立てた感じになっていると
思います。

ともあれ、いったい、どんなご用件で?
TOBI まあ、みんなには迷惑をかけたとか、
そんな話だったんでしょうが、
そのなかに、ぼくへの伝言があって。
── ほう‥‥伝言。
TOBI なんでも
「石飛は、何だかわからないけど、
 特別な才能を持っているような気がする。
 あいつは必ず成功するから、
 これにめげず、がんばれと伝えてほしい」
って。
── わあ、すごい。でも、超勝手!
TOBI その時点では、がんばりようがないんです。

トレジャー・アイランドという、
がんばる場が、なくなってる状態ですから。
>
── でも、TOBIさんを見込むなんて、
人を見る目は、あったんじゃないですかね。
TOBI いや‥‥それは、わかりません。

ぼくを正社員として雇ってしまった時点で、
どうなんでしょうか。
── そうだった。
あなたはのちに「倒産請負人」と呼ばれる人‥‥。
TOBI ちなみにですが、失った職リストのなかに、
「劇団員」というのがあるんです。
── ええ、何でも、その劇団には、
吉田日出子さんや、
笹野高史さんや、小日向文世さん‥‥など、
そうそうたる面々が所属していたと。

入る前になくなるという、
倒産スパイラルの中でも稀なケースですね。
TOBI 試験に合格した一週間後くらいに、
劇団の解散をニュースで知ったんですが、
そのときも、小日向文世さんから、
ぼく宛にメッセージがとどいたんですよ。
── またメッセージ。こんどは、何と?
TOBI 「絶対あなたは役者を続けたほうがいい。
 劇団は解散しますが、
 今後も、あきらめずにがんばって」と。
── 小日向さんから? すごいじゃないですか!
TOBI でも、そのときにはすでに劇団はなかった。
── がんばる場所が、また‥‥なかった‥‥。

ちなみに、なんとなく思い出したんですが、
TOBIさんって、
あの内山田洋さんの付き人もやっていたと、
以前チラッと言ってませんでした?
TOBI はい。大学3年のときに、1日だけなので
「やっていた」というより、
「やったことがある」というくらいですが。
── それは、どのようないきさつで?

TOBI ぼく、高校生のころから
前川清さんの大ファンだったんですけどね、
当時、ある若者向け雑誌で
「弟子入りしたい若者」という企画があり、
友人が、関わっていたんです。
── へえ。
TOBI 1年間、宮大工とか画家、陶芸家なんかに
若者を弟子入りさせて、
そのようすをレポートする企画なんですが、
「あと何人か増やしたいんだけど、
 石飛くん、
 誰かに弟子入りとかどう?」と聞かれて。
── ええ。
TOBI ほんの軽い気持ちで
「前川清さんに弟子入りしたいな」
と言ったんです。

そしたら、それが、
「内山田洋さんに弟子入りしたいな」
と伝わってしまって。
── いったいどうして‥‥。
TOBI そしたら、編集部の人が
「おもしろいじゃない、それ!」と盛り上がり、
内山田さんサイドに、
すぐさま話を取り付けてしまったんです。
── たしかに前川清さんと言えば、
あの「内山田洋とクール・ファイブ」の
メイン・ボーカルでしたけど。

でも‥‥なぜ、1日で終了に?
TOBI 内山田さんは、本当にすごい人ですし、
自分などにはもったいない、
得がたい経験ではあったんですけど‥‥。
── ええ。
TOBI 初日の仕事は、
内山田さんを銀座の寿司屋にお連れする、
というものでした。

内山田さんをクルマで寿司屋にお送りして、
数時間、車内で待機し、
内山田さんが、お寿司を食べ終わったら、
事務所に連れて帰ってくる。
── それって、つまり「送迎」ですね。
TOBI ただ、それだけの仕事なんですが‥‥
ぼくがなってなかったんだと思いますが、
内山田さんからは、
ぼくの一挙手一投足に関しまして、
たいへん厳しいご意見をいただきまして。
── 芸能界、歌謡界というところは、
礼儀にはじまり、
礼儀に終わるようなイメージがあります。
TOBI そうです‥‥そうです。そのとおりです。

当時は礼儀知らずの学生でしたし、
到底これは自分には勤まらないと思って。
── ええ。
TOBI 初日のつとめが終わったところで、
編集部の人に、泣いてお願いしたんです。

「本当に、もうしわけございません。
 前川清さんがいないんです」って。

── それで、TOBIの1日弟子入り体験みたいに
なってしまったと。
TOBI その節は、ご迷惑をおかけしました。
雑誌の人にも、内山田洋さんにも。
── ともあれ、このようにして、
TOBIさんの「ひどい目」人生の幕が、
切って落とされたんですね。
TOBI はい。
── ここで、これまでの「ひどい目」を
時系列に並べてみましょう。

まず、M社長の夜逃げのあと、
激しい倒産スパイラルの真っ只中に、
北海道の牧場で、
あたたかい牛のフンを全身に浴びる。
TOBI はい。
── 練馬の古本屋さんではたらいていたら、
4億円を盗んだ大泥棒が、
知らぬ間にアパートに住み着いていた。
TOBI ええ。
── そして、すべてがイヤになり、
人生のリセットボタンを押すつもりで
パリへと旅立ったら、
銀行強盗に拳銃2丁をつきつけられて、
地下鉄でカツアゲに遭った挙句、
ギャング団どうしの抗争に巻き込まれ。
TOBI テレビの緊急ニュースに映りました。
── 豪華クルーザーでは、大西洋を漂流し。
TOBI 黒焦げになりました。
── 亡命ロシア人から借りた部屋からは、
盗聴器が出てきたり、
上の階の汚水が部屋中に溢れ出して、
生ける屍と化したり。
TOBI そんなこともありましたね。
── で、そうこうするうちに、
渡仏前に練馬で捨てたはずの「衣装」が
数カ月後に、船便でパリに届いて‥‥。
TOBI レ・ロマネスクが、誕生したんです。

── そう思うと‥‥M社長の夜逃げ、
トレジャー・アイランドの倒産には、
やっぱり、
感謝すべきなのかもしれませんね。

ぼくが言うことでもないですけど。
TOBI でも、そうだと思います。
── M社長が夜逃げせず、踏ん張って、
トレジャー・アイランドを立て直していたら、
まだ勤務している可能性ありますよね。
TOBI 元来、気弱な性分ですからね。
その可能性は、大いにあると思います。

皆勤賞すら、もらっているかもしれない。
── ねえ。
TOBI あのまま、トレジャー・アイランドで
はたらき続けていたら、
キャリアを重ねることに縛られて、
きっと、自由を失っていたことでしょう。

でも、ぼくの場合は、幸運なことに
たびかさなる「倒産」によって、
30歳になっても
何のキャリアも重ねていなかったんです。
身ひとつ、だったんですよ。
── なるほど‥‥。


TOBI そのことが、ぼくの「ひどい目」人生の
原因になったのは、たしかです。

でも、そのことこそが、
今の自分、
つまり「レ・ロマネスクのTOBI」を
つくっているとも思うんです。
── TOBIは「ひどい目」から、うまれた。
TOBI そうです。「ひどい目」は、ぼくの一部。
ぼくは「ひどい目」で、できてるんです。
終わります
2017-10-20-FRI

まえへ はじめから

いままでのレ・ロマネスクさんの関連コンテンツはこちら

©hobo nikkan itoi shinbun