ひどい目☆その1  武装した銀行強盗の一味と 密室に閉じ込められ 拳銃を突きつけられた件。
パリの午後、二丁の拳銃

── TOBIさん、おひさしぶりです。
TOBI ボンジューフガッ(摩擦音)。
── 先日、大阪のお好み焼き店で
これまでTOBIさんが経験されてきたという
幾多の「ひどい目」について
深夜の1時すぎまで
えんえん、おうかがいしたわけですが。
TOBI ついしゃべりすぎまして。
── その、次々と出てくる「ひどい目」体験の
質と量に圧倒され、
これは時間と場所をあらためて、
不定期連載のかたちで読者に届けたいなと。
TOBI 何の役にも立たないと思いますが‥‥。
── 今日はまず、第一弾として
以前のインタビューのときにも話していた、
「武装した銀行強盗の一味と
 密室に閉じ込められ
 拳銃を突きつけられた件」について
あらためて、おうかがいできればと。
TOBI 承知いたしました。

ではまず、その前フリとして
「パリではスリに、くれぐれもご用心♡」
という話からしたいのですが。
── おまかせいたします。
TOBI ご存知のように、パリって観光地ですから、
それも人気の観光地ですから、
ものすごい数の観光客が押し寄せるんです。

当然、日本からも、たくさん。

ゴールデンウィークや、盆暮正月などには
知り合いが5人ぐらい来るんですよ1日に。
── そんなにですか。
TOBI 知り合いというのは便利な言葉で
たいして知らないケースも多々あります。

ひどい場合には
「親の同級生の甥っ子の上司の次女です」
みたいな、
完全なる赤の他人が来たりもします。
── TOBIさんを頼って。
TOBI そうそう、他に誰もいないとか言って。

で、そうなると「観光案内」するわけですが、
1日に5組くらい案内していると
だいたい1組はスリかひったくりにやられる。

「他人1」をモンマルトルへ連れてって、
「他人2」をオペラ座へ連れてって、
「他人3」をルーブルへ連れてって、
「他人4」をエッフェル塔へ
「他人5」を、もうどこでもいいけど
凱旋門だかどこかへ連れていってるころには、
「他人1」がスリに遭ってるんです。
── まあ、必ずそうなるかはともかく、
旅行者はそれほど注意したほうがいい‥‥と。
TOBI 防御策としましては、
まず「大事なものを必要以上に持ち歩かない」
というのは基本ですけど
ぼくは、もっといい方法を知っています。
── ぜひ教えてください。
TOBI ぼくは「必要以上にキョロキョロする」
と言うか、
「どことなく挙動不審なやつに見せる」
のがいいと思う。
── それは‥‥なぜでしょうか。
TOBI ようするに、そうすることで
「逆に、スリのように見せる」くらいが、
最大の防御策ではないかなと。
── つまり「同業」を装う‥‥。
TOBI パリのスリに
「あの人もスリかな。挙動不審だもんな」
くらいに思ってもらえたらOK。
── 旅が楽しくなくなりそうですね‥‥。
TOBI まあ、それだけ用心してほしいという
願いを込めてね。

ただ、これだけ言っといてなんなんですけど
安心してほしいのは、
パリでは通常、
拳銃で脅されたりとかはしないんです。
── でしょうね。
TOBI スリとかひったくりは多いけど、拳銃はない。
── みんなが憧れる「花の都パリ」ですものね。

でも、そんなパリの街でTOBIさんは
「武装した銀行強盗の一味と
 密室に閉じ込められ、
 拳銃を突きつけられた」ご経験がある、と。
TOBI そう‥‥あれは、パリへ来て7日目でした。

あのよく晴れた日に、
ぼくは、語学学校の1階に入っている銀行で
知人と待ち合わせをしていたんです。
── TOBIさんは、ワーキングホリデーで渡仏し
三行広告の打ち込み作業など
いろいろなアルバイトを経験した末に
パリでレ・ロマネスクを結成するわけですが
「7日目」ということは
まだ「右も左もサッパリ」な時期ですね。
TOBI そうです。ですから、自宅から
その語学学校へ行くのにも距離感がつかめず、
30分も早く到着してしまったんです。

そこで、約束の時間がくるまで
銀行脇の階段に座り、
日向ぼっこしながら読書することにしました。
── 陽光のもと、パリで読書。素敵なシーンです。
何を読んでいたんですか。ランボオですか。 
TOBI 当時、まったくフランス語ができなかったので
『はじめてのフランス語会話表現』
という入門的な本を「音読」していました。

のんびりとした時間が、過ぎていきました。
あたりには誰もおらず、
銀行窓口に座っているおばちゃんと僕だけ。
── アンニュイなムードのなか、
『はじめてのフランス語会話表現』に出てくる
基本単語や例文を音読されていた‥‥。
TOBI そのとき、でした。

昼下がりの穏やかな空気を切り裂くように、
「パ!」という破裂音、
金属と金属がぶつかるような音がしました。

ぼくは、瞬間的に「なんだろう?」と思い、
その音がしたほうへ、
つまり銀行のロビーへようすを見に行った。
── ‥‥ええ。
TOBI すると、とつぜん、
「ウィーーーーーン」というような感じで
窓口のシャッターが閉まり始めたんです。
── おばちゃんが座っていた、銀行窓口の。
TOBI ぼくは「あ、窓口が閉まってる」と思いました。
おばちゃんは、
シャッターの向こうへ消えていきました。

そして、その閉まりかけのシャッターを
あちら側から、誰かがガンガン蹴ってるんです。
事態を把握しかねているうちに、
背後の「入口のシャッター」まで閉まり始めた。
── つまり、TOBIさんを挟んで前後のシャッターが
みるみる閉まっていったと。

いわゆるところの「密室状態」ですね。
TOBI 次の瞬間です。

ほぼ完全に閉まりかけようとしている
窓口のシャッターの向こう側から
ふたりの男性が
いなずまのように飛び出してきたんです。
── おお。
TOBI 彼らは、ものすごく緊迫したようすでした。

瞬間的にぼくは「被害者だ」と思いました。
ガンガン蹴っ飛ばされているシャッターの内側から
あまりに差し迫った面持ちで飛び出してきたので。
── ええ、ええ。
TOBI 彼らは、ぼくに向かって何ごとかを叫びました。

「助けてくれ!」みたいなことかなと思いましたが
ぼくには、まったく理解できませんでした。
── なにしろ、さっきまで
そこで『はじめてのフランス語会話表現』を
音読してたくらいですもんね。
TOBI いまから思うとおかしいのですが、
ぼくがそのとき感じたのは「がっかり感」でした。

ようするに、彼らのフランス語を
ぼくは、何ひとつ、聞き取ることができなかった。
もしかしたら
ものすごく困っているかもしれない人の言葉を
理解してあげることが、できなかった。

そのことが、ショックだったのかもしれません。
── ご自分の語学力のなさにヘコんだ‥‥と。
TOBI 「ああ、だめだ。こんなにも
 『はじめてのフランス語会話表現』を
 読んでるのに
 ぜんぜん、わからないじゃないか」と。

すると、目の前の男性のうちのひとりが
ぼくに向かって
もう一度同じようなことを叫んだんです。
── ええ。
TOBI ぼくは、とっさに
手元の『はじめてのフランス語会話表現』
に書いてあった
「わたしはフランス語が話せません」
という例文を、そのまま棒読みしました。

「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」
── 「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」
TOBI そう。ぼくは2度、そう、繰り返しました。
「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」

すると、彼らは明らかに苛立ったようすで
みたび、大きな声で叫んだんです。
何かを質問されたことはわかったのですが、
やはり、理解はできませんでした。
── はい。
TOBI だからぼくは、少しでもわかりたいと思い、
じれているような、
怒ったような口調で叫ぶ男性の口元を
じっと見つめながら、
「言ってることがわかりません」
という意志を、どうにか伝えようと思って
耳の後ろに手を当てたんです。
── 「はい?」みたいなジェスチャーをした?
TOBI そう。

たぶん
「あなたの言葉が聞き取れませんでした」
ということを
過剰にアピールしようとしたんでしょう。

耳に手を当てて「はい?」というように
気持ち、身体をかしげたんです。
── ええ。
TOBI そしたら‥‥視界の隅に。
── ええ。
TOBI 見えた。
── 何が。
TOBI 右がメタリック・シルバーで、左が黒。

二丁の拳銃が、
まっすぐ、
ぼくの土手っ腹に向けられていたんです。
<つづきます>
2014-03-28-FRI

いままでのレ・ロマネスクさんの関連コンテンツはこちら

©hobo nikkan itoi shinbun