第10回 個別に考える。

糸井 さて、話を震災後のことに戻して、
これからのことを、
話していきたいと思うんですけど。
早野 はい。
糸井 さっきの「ベビースキャン」の
デザインの話が象徴的だと思うんですが、
ようやく、震災後の状況が、つぎのステップに
移りはじめているように思うんです。
たとえば、今日もそこに座ってらっしゃいますが、
福島県で農業をやってる藤田浩志さんは、
「安全だというだけでは人は野菜を買わない。
 安全なうえに美味しくなければ売れない」
っておっしゃってます。
それはもう、当たり前のことなんだと。
あるいはボランティア活動にしても、
現地に入るだけで仕事が山ほどあった時期も
終わってきていて、なにかを手伝うにしても、
それが長丁場であることを前提に、
ポジティブに長く続けられる形はなんだろうって
みんなが探し始めているような気がするんです。
早野 そうですね。
糸井 いろいろな問題が、まだまだたくさんあるので、
どこからどう手をつけるかっていうことも含めて、
もちろん簡単じゃないんですけど、
ようやくみんなが実践的な問題として、
「自分が専門的に役立てることってなんだろう?」
って、考えはじめたように思うんです。
早野 そう思います。
野菜をつくっている藤田さんは藤田さんで、
やっぱり、専門に役立てることがあるし、
今日来てらっしゃる八谷(和彦)さんも、
(鈴木)みそさんも、そして糸井さんも、
自分がいま、何をやれば一番いいかっていう、
もっとも基本的なところから考えてらっしゃる。
糸井 そういうふうになってきたというのが
ぼくはうれしくてしかたがないんですよ。
というのも、ぼくは、いろいろやってても、
じつは役立ってることなんて何もないかもしれない、
という覚悟のようなものをいつもしてましたから。
自分が自分として力を発揮できる時期に
移ってきているとしたら、ほんとにうれしい。
ぼくらは、いろいろと活動はしていますが、
福島や気仙沼に住んでるわけでもないし、
なにができるかっていわれたら、
ずっと探してるような状態でここまできましたから。
やっぱり、自分たちが東京にいて、
自分たちのまわりの人たちが喜ぶことを材料にして
培ってきたノウハウだとかパフォーマンスの
出し方っていうのがたくさんあるわけで。
それと同じ方法で手伝うことができたら、
両方にとって、ほんとうは
いちばん得なことだと思うんです。
早野 そうですね。
糸井 早野さんからは、なにか具体的に、
「次へ」というステップが
見えてらっしゃるんですか?
早野 早くこれまでとは違うフェーズの
仕事に行きたいなとは思ってるんですけど、
なかなか簡単ではありません。
残念ながらまだまだ、
「マイナスをゼロに戻す仕事」が
たくさん残っているという感じではあります。
糸井 なるほど。たとえば早野さんが
目下の課題として考えていることはなんですか。
早野 たとえば除染の問題。
20キロ圏内に人が戻るための除染を
どうやってどこまでやるのか、
そもそも何のためにやるのか、という議論は
簡単に終わるようなものではありません。
とくに、考えるべきだなと感じているのは、
多くの人が線量計をつけて
放射線量を測ってます。
自治体から渡された線量計や、
NPOが配っている線量計をつかって、
たくさんの人がたくさんの場所を測ってる。
でも、それぞれ無関係なんです。
糸井 あーー。
早野 同じ自治体が管理してても、
測ってる人と除染をやってる人が無関係だったり、
内部被曝と無関係だったりします。
たとえばある場所の線量が高かったとしたら、
原因を探って、検討して、
そこではじめて、予算をつかって除染して、
除染したあともそれで終わりじゃなくて、
半年後にまた線量を測って、
下がった状態が維持できてたら、
ああ、下がったね、ってみんなで拍手する。
そこまでやるのが普通だと思うんです。
やってることと成果がつながったら、
やっぱりうれしいですから。
糸井 うーん、なるほど。
早野 一括除染だと、作業量と予算のわりに
効果は少ないし、時間がかかるから、
なかなか20キロ圏内にまで進まない。
それに内部被曝も同時に見ていかないと、
戻って暮らす人の健康管理につながらない。
除染作業と生活を取り戻すことが
健全につながっていけば喜びがうまれます。
これは、もう、全体という広がりを
持ったものではなくて
個別の問題になってきています。
糸井 昔、シルク・ドゥ・ソレイユという
サーカスやショーを中心にした
世界的なエンターテインメント会社の
本部を取材させてもらったんですけど、
あの会社には企業の社会貢献として、
「どこにどんな寄付をするか」ということを
専門的に研究している部署があるんですよ。
もう、何十人という単位で。
早野 寄付の部署?
糸井 寄付だけの部署です。
彼らはもともと大道芸人からはじまった
パフォーマンス団体ですから、
そういう人たちを育てたいっていう
意志があるんです。
早野 ああ、自分たちの活動が
投げ銭からはじまってるから。
糸井 そうです。
自分たちの利益を「もともとの自分たち」に
きちんと還元していきたいという考えなんです。
で、その部署の方に話を聞いたときに
彼らがダメな例として挙げていたのは、
やっぱりその「一括的な取り組み」だったんです。
ある大きなコンピュータ系の企業が
地域にコンピュータを寄付したときの話なんですが、
その企業はまず、一定の面積に対して、
つかわれているコンピュータの数が
少ない地域というのを調べて、
対象となった地域の小学校に
一律でコンピュータを寄付したそうです。
要するに、面積に対して
コンピュータを寄付したわけです。
そうすると、すごく設備の整った裕福な学校にも、
あまり整ってない学校にも、
同じ数のコンピュータが送られてしまう。
それでは、意味がないんだと。
早野 なるほど。
糸井 彼らがなにを言いたかったかというと、
ただ単に寄付をするんじゃなくて、
どう寄付するのかという知恵の部分に
きちんとコストをかけないきゃいけない、と。
その話と早野さんがおっしゃった
計測と除染を関係づけなくちゃいけない
という話はそっくりで。
早野 似てます。
糸井 人間で追いかけていけばわかることなのに、
面積や地図のうえで一括の話にしてしまうと
本質をまったく見失ってしまう。
早野 おっしゃるとおりです。
震災から2年が経ちますが、
震災のあと、汚染地図をつくるというのは
ものすごく大事な作業だったと思います。
だけれども、いまはやっぱり人間を追って、
人間に溜まる線量を計測しなくちゃいけない。
モニタリングポストの数値はすごく大事でしたけど、
被曝するのはモニタリングポストじゃなくて
人間なので。
やっぱり、コストをかけるんだったら
個人をちゃんと測るべきです。
そして、その線量に対して対策をする。
これは、国際的な放射線防護の機関である、
ICRP(国際放射線防護委員会)というところも
同じように勧告していることなんです。
糸井 ああ、そうなんですか。
早野 はい。個人をチェックして、その個人の中で
明らかに少しリスクが高い人々を特定し、
その人の線量を下げるには、
どうすればいいかという対策を練る。
どことどこをケアするかという線引きは、
国が一律に決めるんじゃなくて、
地域ごとに住民も参加してもらって
「今回はここをやります」という
納得のいく決め方をする。
そういうやり方が国際的には
推奨されているんですが、残念ながら、
日本の法体系の中に組み込まれてないんです。
糸井 そのあたりを改善するための動きは
はじまっているんですか?
早野 先日も、議員会館に行って、
そういうことを話してきましたが、
まだまだ水面下で、というレベルです。
糸井 そう考えていくと、やっぱり、
膨大なマイナスをゼロに持って行く
っていう仕事が、まだまだ山積みですね。
早野 そうですね。
だからまぁ‥‥時間がかかる。
糸井 時間がかかりますねぇーー。
早野 やっぱり時間がかかると思いますし、
それはもう前提にしたほうがいいと思います。
たとえば、福島の農作物に対する人々の不安が
完全になくなるまでの道のりというのは、
遅いペースにならざるを得ない。
それは、藤田さんが、糸井さんが、あるいはぼくが、
八谷さんが、みそさんが、何かこれをやれば
特効薬のように効いて立ちどころに
効果が現れる、というようなことは、
ないんですよね、残念ながら。
糸井 けっきょく、失敗の分量みたいなものを
積み重ねる時間っていうのが、
じつはとても長くて、
失敗するかもしれないところを
ぎりぎりで踏み止まったという経験も含めて、
時間をかけないと
できっこないことだらけなんです。
ただ、そのできっこないことのなかで、
少しでも可能性があることを見つけて
なにかしらをつくりあげていく。
それは、苦しいけど、
たのしみでもあるとぼくは思うんです。
早野 たのしみがあると思いたいですね。

マンガ・鈴木みそ

鈴木みそさんのプロフィール」
2013-06-28-FRI