33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q013

なやみ

60歳です。
保育士の資格を取るには遅いですか?

(60歳・保育補助)

60歳を目前に、転職することになりました。わけあって書道教室をたたみ、悶々とした3ヶ月を経たあと、ご縁のあった保育園で保育補助をすることになったのです。資格はいらないとのことだったのですが、日に日に感じるのは「資格の重み」。同僚の先生がたは「資格なんて……」と謙遜しておっしゃいますが、学んできたものや身につけたものは何ものにも代えがたいものだと実感しています。そういえば書道教室でも、年配の生徒さんが「身につけたものは、誰にも奪われない宝物」とおっしゃっていました。今から保育士の資格を取ろうか? いやいや本分の書道に戻ろうか……還暦を迎えて、悩めるばあちゃんです。

こたえ

ぜんぜん遅くはないとは思いますけど、
資格ってそこまで重要でしょうか。
そしていつかは書の道へ戻ってほしい。

こたえた人笹尾光彦さん(画家)

笹尾
わたしも、
この方と同じような年齢で仕事を変えました。

この11月で80歳になるので、
転職してから
20年以上もの時間が経ったことになります。
──
はい。
笹尾
そういうわたしが、
この方に何か言えるとすればと考えたら……
やっぱり、この方の「いま」というより
「この先の20年」を一緒に考えたいんです。
──
おお、「いま」ではなく「先」を。
笹尾
そう、そのことを前提として、まずは現在の問題。
つまり「保育士の資格を取るのには遅いですか?」
という質問については、
当然「遅くなんかない」ですよね。

調べたところ、幸いなことに、
保育士の受験資格に「年齢制限」はないようでした。
だから、もし本当に資格を取りたいなら、
すぐに実行すればいいと思うんです。
──
はい。
笹尾
つまり、質問に対する答えとしては、
そこで終わっちゃうんだけど、
少し気になったことがあるんです。

それは「保育士の資格を取る」ということが、
本当に
ご自身のお気持ちなのかどうか、ということ。
──
ああ、質問の前段階として。
笹尾
仮に同僚の有資格の保育士さんと
自分をくらべてとか、
そういう思いからの悩みなんだとしたら、
無理をしなくてもいいんじゃないかな。
──
どうしてですか。
笹尾
迂闊なことは言えませんが、
子どもたちと相対する場面において、
資格があるかどうかって、
そこまで決定的なことだとは思えないんです。

この目の前の先生が
「保育士」なのか「保育補助」なのか、
子どもたちにとって、
それほど重要なことだろうか。
──
なるほど。
笹尾
もちろん資格は大切だけれど、
それよりも、子どもたちから、
どんなふうに見つめられる人なのかのほうが
ぼくは、大事だと思う。
──
そうかもしれないです。

資格のありなしで、専門的な知識の有無や、
仕事の幅はちがってくるでしょうが。
「人対人」の場面では、たしかに。
笹尾
この方の文章を読むと
「ご縁のあった保育園で」とあるんです。

つまり、
保育士の資格は持っていないけれども
「助けてくれないか」
とお願いされるんだから、
きっと人柄も含めて、
いい方なんだと思うんですよね。
──
ええ。
笹尾
そういう意味で、この方にとっては、
保育士の資格って、
あってもなくてもどっちでもいいと思います。

でもね。
──
はい。
笹尾
しかし、なんです。
──
しかし。
笹尾
この方と同じような年齢で
職を変えたわたしには、
「その後」のことが気にかかる。

だって、
過去の自分が「通ってきた道」だから。
──
その後、というと……。
笹尾
つまりね、資格を取るにしろ取らないにしろ、
子どもさん相手の仕事なわけですから、
体力だって要るだろうし、
先々10年くらいしか
続けられないんじゃないかと思うんです。
──
保育園の先生というのは、
本当にハードなお仕事ですものね……。
笹尾
そこで、わたしは、
この方の「その先のこと」を考えたんです。
──
なるほど。
笹尾
質問のいちばん最後にね、
オマケみたいにして書いてあることなんだけど、
「本分の書道に戻ろうか」ってあるでしょう。
──
ああー……書いてありました。チョロっと。
笹尾
そう、そのチョロっと書いてあった一文にこそ、
この方の本当の気持ちが
潜んでいるんじゃないかと。

で、その気持ちにストレートに答えるなら、
本分である書の道に、
いつか絶対に戻ったほうがいいと思うんです。
──
はー……。

その答えは、想定していませんでした。
保育士でも保育補助でもなく、
「書の道に戻る」。
笹尾
いやあ、それはね、
わたしも勤め人から画家になって
20数年が経つんだけど、
「本分」と呼べる仕事があるというのは、
すごいことなんです。

そこまで言える何かに、
人生で出会っているということは。
──
そうですね、本当に。
笹尾
わたしも、自分が本当にやりたいこと、
自分の「本分」は何だろうって
40代の後半から絶えず考えていました。

そして、ようやく50代の後半で、
この先の人生は
画家を「本分」として生きようと
決めたわけですが、
職を変えて本当によかったと思うんです。
いまも毎日制作していて楽しいし、
これをやって生きているんだという
実感も得られる。
──
絵を描くということを通じて。
笹尾
だから、この方も「本分が書道」だと言うのなら、
そこへ戻ることが、
やはり人生の幸福につながっていくと思います。

「わけあって書道教室をたたみ」とあるから、
続けるにあたっては
何らかの障害があったのでしょう。
でも、たたんだあとに
「3ヶ月も悶々と」されている。
ということは、きっと、書の道から離れたことを、
どこかで後悔してらっしゃると思うんです。
やり残したことが、あるんだろうと思うんです。
──
たしかに……。
笹尾
もちろん「生計のために」という理由であれば、
また別の話になりますから、
今回は、この方の「気持ち」の問題に絞って
お答えしようと思うんだけど。
──
いや、でも、そうだと思います。

言われてみれば、
じつは
「書への気持ち」にあふれた悩みであるようにも
思えてきました。
笹尾
だからね、
これは、わたしの勝手な提案なんだけれど。
──
ええ。
笹尾
ご縁あって、せっかく保育補助の仕事を
されているわけだから、
週末に子ども向けの書道教室を開いてみるとか、
そういうところから再開してみてはどうでしょう。
──
保育園のお仕事から
書道教室へフィードバックされることも、
ありそうですよね。
笹尾
そう。
──
保育園のお仕事と書道教室が、
もしかしたら、ご自身の中では
結びついていないかもしれないけど
「子どもの書道教室」をやろうと思ったら、
いま、
すごくいい経験をしていることになりますね。
笹尾
だから、そういうかたちで何年か続けて、
保育についても十分に経験できたと思ったら、
ぜひ、書道の道に戻られたほうがいいと思う。

というか、ぜひ、戻ってほしい。
──
保育園でのご経験を活かした、書道教室。
笹尾
うん。
──
笹尾さんとお仕事をしていて
すごいなあと思うのは、
前職の「アートディレクターの笹尾光彦さん」が
「画家・笹尾光彦さん」の中に、
今も、しっかりいらっしゃるということなんです。
笹尾
それは残ってますよ、やっぱりね。

何十年も続けてきた仕事ですから。
身体に染みついているというかな。
──
絵画という純粋な芸術作品を生み出す笹尾さんと、
その作品をもとに商品を生み出す笹尾さんが、
場面によって、入れ代わり立ち代わり……。
笹尾
でもそれは、特別なことじゃないです。

何をしてきたのであれ、
誰しも、その職業を生きているわけですから。
──
はい。
笹尾
なかなかね、「これが本分」って自分でね、
わかんないし、言えないですよ。

だからこそ、胸を張ってとかじゃなくても、
自然に「本分だなあ」って思える仕事があるんなら、
それはもう一も二もなく、
そこへ戻るのが「あなた」なんじゃないかなあ。
【2020年2月25日 府中にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
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