33の悩み、33の答え。

読者から寄せられた
数百の悩みや疑問から「33」を選びました。
そして、それらの悩みや疑問に、
33人の「はたらく人」が答えてくれました。
6月9日(火)から
毎日ひとりずつ、答えをアップしていきます。

Q012

なやみ

なぜ、死んでしまう前に
仕事を辞めることができないのでしょうか。

(24歳・接客事務)

死んでしまうくらい仕事に追い込まれてる人がいる。死ぬ前に仕事を辞めることも、休むこともできるのに。どうして、そのことに気づかないんでしょうか。気づけなくなっているのでしょうか。とにかく、仕事のことで死なないでほしいです。みんな同じ会社ではたらく仲間なのに、パワハラとか意地悪する人もいて、何でいい気持ちで仕事ができないのかなと思います。

こたえ

とにかく逃げろ、という言葉を押し付けると、
さらに自尊感情が損なわれてしまいます。
それよりも、誰かに話を聞いてもらうこと、
おいしいケーキを食べること。

こたえた人三浦瑠麗さん(国際政治学者)

三浦
この方は、ご自分がそうだということを、
ふせておっしゃっている可能性もあるのかなと
思いました。
──
ふせて……あっ、この人自身が、
難しい状況に陥っているかもしれないと?
三浦
ええ。
──
それは、思いもよらなかったです。
三浦
いや、なんとなく、そう思っただけです。

でも、この質問者さんのようなことを言うのって、
過去に
そういう状況を乗り越えてきた人が多いんです。
──
へえ……。
三浦
たとえば
「仕事なんて、人生にとっては、
代替可能なピースのひとつにすぎない」とか。
──
つい、言ってしまいそうなセリフですが……。
三浦
そういう「強い」アドバイスは、
乗り越えた経験があるからこそ言えること。

今、この瞬間に
「死んでしまいたくなるほど、追い込まれている人」
にとっては、きっと何の役にも立たないと思います。
──
そうなんですか。
三浦
もちろん、
総論として「言い続けること」は必要です。
「仕事なんて、人生より大事なものじゃない」
ということは、誰かが言い続けるべきでしょう。

でも、となりの人が
具体的な何かに追い込まれているとき、
そのような総論的なアドバイスについては、
ほとんど役に立たないと言っていいと思います。
──
そうなんだ……。
三浦
では、何が必要かというと、
それは、誰かの勇ましい言葉なんかではなく、
やっぱり
「自分の話を、丸ごと受け止めてくれる人の存在」
だと思います。

その場に、
いい紅茶と、おいしいケーキがあれば、なおよし。
──
おお。
三浦
わたしがとんでもないパワハラを受けていたときは、
車を運転している最中に
動悸が激しくなってしまったりして。
──
わあ、あぶない。
三浦
そんなときは、いったん道の端に車を停めて、
電話で夫に話を聞いてもらっていました。
──
そうすることで、気持ちが落ち着いてくる。
三浦
そう。追い詰められているときに、
支えになってくれる人。
理不尽だという訴えを、静かに聞いてくれる人。
そういう人の存在が、どうしても必要です。

逆に「死んじゃったら終わりじゃないか!」って、
それは「あなたが変わりなさい」
というアドバイスなんです。
──
ああ……なるほど。
三浦
あなたは感じすぎる、
もう少し鈍感になりなさい……って。

本来は、その人を「死にたくさせている人」を
変えなきゃならないのに、
死にたくなっている人に「変われ」と言ってしまってる。
──
それは、酷な話です。
三浦
そう、アンフェアなんですよ。

実際、企業の内部では、
セクハラやパワハラを訴える人のほうに
「問題がある」とみなされてしまうことが、
よくあるんです。
──
組織というのは、
往々にして、そうなりがちということですか。
三浦
ようするに、
ナーバスブレイクダウンに陥っている人って、
仕事の場面でもうまく「機能」していない。

他方で、ハラスメントしている側は、
社員としては機能していたりするので。
──
なるほど。
三浦
もし、わたしが
そういう相談を持ちかけられたとしたら、
まず、その人の環境や生活に対して、
具体的な提案をすると思います。

つまり、仕事以外のものごとに目が向かなくなって、
ぎゅーっと凝り固まっている状況を、
やわらかく、ほぐしてあげると言いますか。
──
それこそ、
いい紅茶や、おいしいケーキのちからも借りて。
三浦
実際、糖分を摂ることって、
精神的にも大切なんです。

これは
きちんと専門家の言葉で説明できることなんですが、
気持ちが「落ち着く」んですよね。
──
たしかに……甘いもので「ホッとする」ってことは、
ありますね。
三浦
だから、すぐに
「お医者さんへ行って、薬をもらってきなよ」
じゃなく、まずは
「わたしと、カフェでおいしいケーキを食べよう!」
がいいと思います。

ケーキなら副作用もないし、食べ過ぎたって、
ちょっと太るくらいで済むでしょう。
──
そうですね(笑)。
三浦
よく晴れた日に、おさんぽに出たりすることも大事。

そういう「ふつうの日常」に帰ることが、
決定的に重要だと思います。
わたしも、鬱っぽくなってきたなと思ったら、
お水をごくごく飲んで、
おひさまの陽を浴びるようにしてますし。
──
ああ、生命をよろこばせるような。
三浦
そうですね、一個の生命体として。
──
ちなみにですが、「辞めればいいじゃん」とか
「逃げればいいじゃないか」
って言葉に対しては、
やっぱり、
それすらできなくなっていると思ったほうが
いいんでしょうか。
三浦
明らかに、今すぐ、
その場から隔離した方がいい場合も
あるとは思います。

でも、やはり、追いつめられた人というのは、
「自尊感情」が損なわれているんです。
──
自尊感情。
三浦
とするならば、ギリギリ残っている自尊感情を
潰してしまうような選択を勧めるのは、
やめたほうがいいと思います。

職場から離れるにしても、戻るにしても、
本人が、その決断をすること。
そのことが、とても大事です。
──
まわりからのおせっかいとか、押し付けじゃなく。
三浦
まわりの人間にできることは、
その人の自尊感情が傷つけられた理由を、
理解してあげること。

仮に「仕事ができない」という理由で
自尊感情が傷ついているのであれば、
多少そこに目をつぶってでも、
傷ついた自尊感情を癒やしてあげて、
互いの信頼感を高めていくことだと思います。
仕事への忠告やアドバイスがあるのなら、
どうぞ、そのあとに。
──
周囲の人たちを信用できるようになったら、
心も安定して、結果として、
自分や自分の仕事にたいしても、
少しずつ自信を持てるようになりそうです。
三浦
逆に、どんなに強靭な精神を持った人でも、
自尊感情が完全に傷ついてしまえば、
驚くほど簡単に「折れて」しまうと思います。
──
そういえば、
三浦さんって農学部だったんですよね。
三浦
はい。
──
さっきの「糖分を摂ることの重要性」だとか
「生命体としての欲求を満たして、
ふつうの暮らしをする」って、
ちょっと意外な答えだったんですけど……。
三浦
まあ、いつも9センチのピンヒールを履いて、
戦闘服みたいな洋服を着て、
正義感を振りかざしているように見えるからですか?(笑)
──
いや(笑)、でも、その「意外な答え」には、
農家の人に感じる
「思考の器の大きさ」みたいなものを感じました。
三浦
農学部と言っても「農業土木」なので、
農業をしていたわけではないんですが、
ちいさいころは田舎の家で土に親しんでいましたし……
球根って、癒やされるじゃないですか。
──
球根?
三浦
そう。
──
スイセンとか、ヒヤシンスとかの。
三浦
ええ。
──
癒やされるんですか。
三浦
はい。

球根って、かなり地中深くに植えるんですよね。
そのためには、
まず、地面を深く掘らなければならないんです。
──
ええ。
三浦
その深く堀った穴の底に球根を埋めて、
こんどは、
両手のひらで土を寄せて、かぶせていく。

そのときの手の感覚、土の感触。
──
はい。
三浦
そして、眠り続けていた球根が、
ある日突然、その眠りから覚める。

その、他ならぬわたしが植えたから、
こうして芽を吹いたんだというよろこび。
──
ああ‥‥。
三浦
そういう長いプロセスを楽しむことは、
心身にとって、
すごく癒やしの効果があると思います。

たしか、地中のバクテリアのなかには、
メンタルヘルスやストレスに対して、
好ましい作用を及ぼすものも、あるそうですね。
──
そうなんですか!

たしかに、郡山の知人の畑に
寝かせてもらったことがあるんですが、
ふっかふかで、
なんだか、
すごい安心感に包まれた記憶があります。
三浦
ぬか床もいいみたい。
──
あー、めっちゃ大事にしてますもんね、みんな。

「うちの子!」みたいないきおいで
「うちのぬか床!」って。
三浦
ですから、ほうっておいたらダメなもの、
自分がお世話しなきゃダメなものに、
身近にいてもらうのも、
いいかもしれませんね。

植物でも、ちっちゃな生き物でも。
──
ぬか床でも。
三浦
はい(笑)。
【2020年3月4日 永田町にて】

このコンテンツは、
ほんとうは‥‥‥‥。

今回の展覧会のメインの展示となる
「33の悩み、33の答え。」
は、「答え」の「エッセンス」を抽出し、
会場(PARCO MUSEUM TOKYO)の
壁や床を埋め尽くすように
展示しようと思っていました。
(画像は、途中段階のデザインです)

照明もちょっと薄暗くして、
33の悩みと答えでいっぱいの森の中を
自由に歩きまわったり、
どっちだろうって
さまよったりしていただいたあと、
最後は、
明るい光に満ちた「森の外」へ出ていく、
そんな空間をつくろうと思ってました。

そして、このページでお読みいただいた
インタビュー全文を、
展覧会の公式図録に掲載しようか‥‥と。
PARCO MUSEUM TOKYOでの開催は
中止とはなりましたが、
展覧会の公式図録は、現在、製作中です。

書籍なので一般の書店にも流通しますが、
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