BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。


テレビ数百チャンネル時代の快楽
(全4回)

テレビもカラオケ並みに、出たい人が出たい時に
出られるものになる!? 地上波放送にBS・CS衛星放送が
加わって、番組数は今やうなぎのぼり--
多チャンネルをどうつくる、どう見る?

構成:福永妙子
撮影:中央公論新社提供
(婦人公論1998年9月22日号から転載)


渡邊健一
1957年東京生まれ。
放送作家。
『ワーズワースの庭で』
『スーパーJチャンネル』
『開運! なんでも鑑定団』
『ふたりのビッグショー』
『新・題名のない音楽会』
などを構成。
中京女子大学客員教授
(コミュニケーション
研究所でメディア論)。
著書に『音楽の正体』他
小牧次郎
1958年鹿児島生まれ。
フジテレビ映画部
プロデューサー。
83年、フジテレビ入社。
編成局編成部で
『世にも奇妙な物語』などの
番組を企画、映画部で
『Love Letter』他を
プロデュース。
97年から1年間
スカイパーフェクTV!
に出向、その立ち上げに携わる
糸井重里
コピーライター。
1948年、群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、小説や
ゲームソフトなど、
その表現の場は多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。
婦人公論井戸端会議担当編集者
打田いづみさんは語る

昨年の6〜7月のこと、お目にかかる糸井さんの目が、
いつにも増して心なしかショボショボしています。
時あたかもワールドカップ開催中ですから、
さぞやサッカー観戦がお好きと拝察していましたら、
お好きなだけでなく、毎試合の観戦は
“お仕事”でもありました。

なんでもほぼ日で
「ワールドカップ試合中継に見入る糸井さんの様子」
をリアルタイムで流し続けていたとか。
しかも試合そのものの画像はそこには映らない・・・。
画面には、声を上げたり頭を抱えたり、
はたまた観てないように観ている糸井さんのお姿が、
延々と映し出されているということでしょうか??

サッカーよりキンキより糸井さんが好き! 
という方にはたまらない企画でしょうが、
果たしてどういうことからそういう企画ができたのか、
誰が見たのか、知りたいですね。

ということで、スカイパーフェクTV! で
その企画と連動させた番組
『ワールドカップだけのための500時間』を
プロデュースなさった小牧次郎さんに
いらしていただきました。
そしてもうお一方、多ジャンルの番組を手がける
放送作家の渡邊健一さんをお迎えして、BSだのCSだの、
なんだか難しいことになっているテレビの「今」を、
現場から語っていただきました。

第1回
CS放送だからできたこと

糸井 小牧さんはこのあいだまでCS放送の
スカイパーフェクTVに出向してらしたんですけど、
サッカーのワールドカップ・フランス大会開催中に、
『ワールドカップだけのための500時間』
というとんでもない番組をつくっちゃったんですね。
何がとんでもないかと言うと、
38日間ずっとワールドカップの歴史やルール、
国別の分析といった情報を流したり、
サッカーマニアが集まって、ひたすら語ったり
という番組なんです。僕はその話をしたくて……。
「その」と言っても、ほとんどの人が見ていないんだけど。
見た人の実数ってどのくらいです?
小牧 見るためには専用のチューナーが必要で、
それが市場で売れていた数から推察して、
物理的に見ることができた人は5万人弱くらい。
ある程度、あの番組を見てたと言える人となると、
おそらく1万もいってないんじゃないかな。
糸井 視聴率1%が100万人というテレビの世界で、
「1万はいってないでしょう」というのがねぇ(笑)。
フジテレビの人たちというのは、
いわば視聴率戦争に勝ってきた人たちで、
視聴率5%、10%なんていう番組を
当たり前のようにやってきた。
500万人、1000万人、あるいは2000万人が
見てるというね。
そういう世界にいた人が、最大でも5万人しか
見ないところにいった時、どんな番組をつくるのか。
そしてやったのがあの番組。
500時間というけど、本当は……。
小牧 641時間でした。
糸井 641時間も、試合の生中継のないサッカー番組
やるんだもんな。
地上波放送だけの時代から、BS、CS
という衛星放送の時代に入って(ページ下段の注参照)
テレビというメディアも大きく変わっていくんだろう
と思いますけど、中でもCSというのは、
スタッフは少ないし、予算も少ない。見ている人も少ない。
でも勢力の弱い側にいるからこそ、
「好きにやれる」ってところがあるでしょう。
そこで何ができるかというのに非常に興味があって、
僕も小牧さんと一緒に仕事をさせてもらったんですけどね。
渡邊 糸井さんは、どういう期待感をもって、
かかわられたんですか?
糸井 送り手にとって、CSはある意味で新しい
“満州”なんです。
今の日本はどうせ荒れ野なんだから、
「開拓できる場所があるから行かないか」
というビラまいている人がいると、
ほら、やっぱり行きたくなるじゃないですか。
渡邊 そうか、満州ね。
糸井 あるいは北海道の原野というのか。
そういう場所なんで、制作チームは、
どこにテントを張ってもいいし、
いつまで起きていてもかまわない。
ご飯がなければ食べなくてもいいし、
葉っぱかじってでも生きられるみたいな、
いわば『電波少年』の猿岩石みたいな状況に
置かれているわけですよ。
そのなかで、ものを伝えるというのは
どういうことなんだろうという実験を、
『ワールドカップだけのための〜』という番組で、
小牧さんはやりまくったと思うんです。
小牧 糸井さんの事務所から生放送もやりました。
糸井 電話回線でつないだ中継基地を置いて、
そこからの中継を番組としてやったんですよね。
BSでワールドカップを観ている僕らを中継するという……。
小牧 試合そのものの画像は映らないのに、
ソファに座って観戦しているその姿だけを、
固定カメラでずっと撮ってるんです。
日本のゲームのときはすごく盛り上がりましたね。
でも、いつも十数人で見ていたのが、
日本が一次リーグで負けてしまうと、あとの試合は
だんだん人も減って、最後には糸井さん一人。
そういうのも、そのまま放送しちゃう。
糸井 その時の生放送の司会も小牧さん。
普通、司会というのはアナウンサーの人がいたり、
タレントの人がいたりして、
プロデューサーやディレクターに
リモートコントロールされる形なんですけど、
発信元であるプロデューサーが
いちばん番組の企画意図をわかってる。
そのプロデューサー自身が司会をするわけですからね。
進行も全部、その場その場で決めながらやっていく。
そういう番組、僕、はじめてでしたよ。
この形を見ちゃうと、カンペ(カンニングペーパー)を
そのまま司会者が読むようなこれまでのやり方が、
嘘くさくみえて仕方なかったな。
まあ、そういう実験がささやかに
行なわれていたんですけど、
この方向に何かがあるとするならば、
今までの「高い不動産なんだから、大事に家建てろよ」
と言われながら、アルミサッシ・デコラティブみたいな
ドアつけたりして建売住宅つくっていた人たちは、
実は何もつくってなかったってことに愕然として、
次に、うろたえるだろうと思いましたよ。
渡邊 現場的に言いますと、これまでのテレビというのは、
おっしゃるように銀座5丁目の一角しかないところに、
「土地高いんだから変なものつくるなよ」というので、
人が見ない壁紙の裏側まで一所懸命つくってる
みたいな状態なんですね。
ごく短い秒数のちょっとした修正に、
わざわざ高いお金かけて徹夜で撮り直すということを
やっているわけです。
ワイドショーのコメント一つ入れるのでも、
これでいいんだろうかと会議して、
全員の意見を入れてまた直すとかね。
それが非常に意味があったのは、
おじいちゃん、おばあちゃんから子どもまで見ているので、
いろいろな視点からの興味に応えなければいけない。
だから7、8人が会議に出たら、
その人たち全員の視点が入るくらいの許容度が
必要だったんです。
そうでないと、ファミリー向けにはできない、
視聴率とれないぞと。
そのために、視聴者にほとんど伝わらないところまで、
ものすごく細かくやってた。
でもCSのようにチャンネルが増えると、
今後は何を伝えたいかというのを、
全方向に向けてではなく、
一つの方向だけにビシッと向けていくという、
そういう形にどんどんいくんだろうなという気はしますね。
小牧 これまで、テレビにとって最大の制限は間違いなく
“面積”でした。
よく言われるお金(制作費)は、
最大の制限じゃないんです。
一つのチャンネルの年間予算はあるけど、
番組単位ではそんなに制限はなくて、
どう振り分けるかは実は自由でね。
糸井 ちなみにテレビ局の年間制作予算って
いくらくらいなんでしょう。秘密?
小牧 フジテレビで1千億弱くらいかな。
糸井 1千億でフジテレビの番組全部をつくれる……。
小牧 で、お金より問題は面積で、電波には法的規制があって、
チャンネル数にも限りがある。
そのチャンネル数掛ける1日24時間というのは、
どうしようもない制限で、面積はそれで決まりです。
だから、参入できる人間は限られていたし、
希少価値が生まれて、銀座の5丁目になっていく
という構造がありました。
それがCSではじめて、面積が余ってきた。
糸井 ものすごい変化ですよ。
小牧 CSは今、200も300もチャンネルがありますけど、
まだ増やせるんです。
これまでの「この中だけでやろうよ」というのから、
「まだ外にもたくさんあるよ」という状況になってきた。
糸井 そこでは時間という枠に縛られることなく、
つくる側にやりたいことがあれば、
土地はあるぞということですね。
小牧 『ワールドカップだけのための〜』という番組も、
はじめて面積の制限がなくなったのを、
目一杯いかそうということだけが企画意図です。
だから出演者の話が盛り上がっていれば、
時間を超えても、そのままずっと続けてたっていい。
糸井 番組の予定表を見ると、「未定」という言葉で埋まってる。
小牧 コーナーの区切りにあたるところで、
「ここから6時間はこういうふうに放送します」
と、そのつど知らせる。
それを出しておきながら、僕が司会すると、
「じゃ、30分延ばそう」って。
糸井 それも爽快なんだな。
僕は前々から不思議に思ってたんですけど、
テレビに出ている人って、なぜかみんな笑うでしょう。
あの違和感って、実は、時間の問題が
背後にあったんですね。
小牧 笑いというのは、必ず次に行く記号、
間をとる記号なんです。
「〜というわけで」なんかもそう。
そういう記号によって、限られた貴重な面積をよりよく、
きちっと詰め込んで埋めていく。
渡邊 面積が広がったというのは、民主化された
ということでもありますね。
映画の時代は1ヵ月で1時間半の作品2本くらいしか
つくってなかったけど……。
糸井 テレビは毎日、だもんね。
渡邊 そういうふうに映像の世界の面積が広がったために、
昔だったら一握りのスターしか映画に出られなかったのが、
テレビになって、相当たくさんの人が
出られるようになった。
テレビ草創期に登場する大橋巨泉とか永六輔、
青島幸男とか、みんな放送作家ですよ。
それが司会として出ていた。
それって、小牧さんがスカイパーフェクTVで
司会やったのと同じようなことです。
つくり手側である青島さんが最初にテレビに出たのは、
台本が間に合わなかったからで、
「どうしよう」「よし、おまえ出ろ」みたいな話になって、
それで自分の思っていたことを言いながら、
ゲストに話を振るというのをやっていたんですね。
小牧 そうか、僕は青島だったんだ。
渡邊 20年後には都知事になる。
小牧 フジテレビのあるお台場で、今度こそ都市博やろう。(笑)

(つづく)
【注】

地上波放送とは、地上の中継局などを経由して
電波を送る放送。
NHKや民放など、私たちが一般に
「テレビ放送」と呼んでいるものがこれ。
衛星放送とは、人工衛星を使って
電波を送受信して行なう放送のこと。
衛星放送の中で、放送を目的とした放送衛星
(Broadcasting Satellite)を使うのがBS放送。
通信を目的とした通信衛星
(Communication Satellite)を使うのがCS放送。
放送専用の衛星を使うBSは高画質なのに対し、
CSは本来、通信用であったため、電波が弱く、
画質は落ちるとされていたが、
技術の進歩で画質は向上して、
今や通常放送での差はない。
また多チャンネルで専門分化した番組を提供するのが
CSのセールスポイントとなっている。
CSの運営管理事業を行なう会社をプラットフォーム
といい、パーフェクTVとJスカイBが合併した
スカイパーフェクTVと、ディレクTVがある。

 

第2回 テレビは二極分化する

第3回 マニアな楽しみ

第4回 新しい幸福感を探して

1999-04-08-THU

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