BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。


吾輩は猫派である
(全4回)


1日に100回は「可愛いな」と思い、
道行くノラにも無関心ではいられない。
「猫にとりつかれた人々」のフィロソフィとは?

ゲスト
川崎徹
保坂和志

構成:福永妙子
写真:和田直樹
(婦人公論2002年1月22日号から転載)


川崎徹:
CMディレクター。1948年生まれ。
早稲田大学
政治経済学部卒業。
著書に
『ヌケガラ』
『カエルの宿』
『パパといっしょに』
『0』などがある
保坂和志:
作家。1956年生まれ。
90年に
『プレーンソング』で
デビュー、
95年に『この人の閾』で
芥川賞を、
97年に『季節の記憶』で
谷崎潤一郎賞・
平林たい子賞を受賞する。
『猫に時間の流れる』
『明け方の猫』
『草の上の朝食』
『残響』
『世界を肯定する哲学』など
著書多数。
糸井重里:
コピーライター。
1948年、
群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、
小説やゲームソフトなど、
その表現の場は
多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。

第1回
いつもポケットにエサ
糸井 保坂さんは猫のことを
文章にもずいぶんお書きになってて、
川崎さんは僕と住まいが近く、
猫好きぶりについてはもうよーく存じ上げてます。
二人に共通するのは、
猫のこととなると「真剣」で「険しい」んですよ。
川崎さんは猫の話をし出すと、
愛情について語っているんだけど
顔が険しくなるし、
保坂さんの書いたものを読むと、
「猫については真剣に考えざるを得ないでしょう」
という思いが感じられて、
やっぱり文体として険しい。
今だって、ほらもう、
お二人ともすでに険しい顔で‥‥。(笑)
川崎 あのぅ、僕、
自分の私生活のことをこうやって話すこと、
ほとんどないんです。
だから猫の話を外でするのも初めてで‥‥。
糸井 でも、今日は話してね。
保坂 僕はデビューの頃から
小説の中にいろいろ猫を登場させてきて、
必ず聞かれるのが、
「この猫がどういう比喩的な意味を担うか」
ってことなんです。
糸井 あ、僕も同じこと聞きそう。
保坂 でも、猫は猫なんだと。
僕のそばに普通にいるから、
普通の人の普通の動作を書くように
猫を登場させてるだけでね。
猫を書くと特別なジャンルにくくられがちですが、
「恋愛とか事件とか、
 誰かが死んだりするのと同じように
 猫が出てきて何がいけないんだ」
ってことです。
糸井 そうか……。
統計によると、
猫ファンは犬好きより少ないんですってね。
でも、犬より猫の本のほうが
ベストセラーになったりするし。
これ、何なんでしょ。
僕はどちらかというと犬派ですけど、
周りを見渡すと、犬が好きだっていう人より、
猫好きな人のほうが面白いんだなあ。
それで僕は“猫”じゃなく、
“猫を好きな人”に興味がわくんです。
そもそも保坂さんも川崎さんも、
子どもの時から
猫好きってわけじゃなかったんですよね。
保坂 ええ。犬は飼ってましたけど。
それが87年の4月、
僕が今の奥さんとつき合ってる時に、
彼女が現在うちにいる
いちばん上の猫を拾ってきましてね。
子猫であまりにちっちゃかったし、
彼女も忙しかったので、
猫を飼ってる友達に預けてました。
それで彼女は行ったり来たりして、
僕は「そんなのどうでもいいよ」
みたいなことを言ってたんだけど、
1ヵ月後に、ちょっと大きくなったその猫を
彼女が連れ帰ってきて、
それ見たら……もうダメなんですよ。
川崎 可愛くて。
保坂 それ以来ですね。
糸井 川崎さんも僕の知る限りでは、犬派でしたよね。
近所を散歩するのが好きな徘徊中年で、
よその犬と全部知り合いなの。
で、毛の長い犬がいると、お尻に息吹きかけて。
そうすると、
毛に隠れてたお尻の穴が見えるもんだから。
川崎 見えるんですよ。(笑)
糸井 「ウォーン」って犬が声をあげると、
「ほら、恥ずかしがってる」と嬉しがってた。
あの頃は猫じゃなかったよね。
川崎 うん。
きっかけはね、近くの駐車場に
傷だらけの猫がいたんです。
たまたまそれにエサを与えたりして。
糸井 僕もご近所だからその猫を知ってるけど、
汚くてやせ細ってて、ものすごくブサイクなの。
哀れっぽさが過度ゆえに、迫力があるんです。
それを川崎さん、洗ってきれいにしたり、
自宅に呼んでご馳走して帰したり。
川崎 今になって考えると、
ノラ猫をこっちの勝手で連れて帰ったり、
また戻すっていうのはルール違反みたいですね。
今も、いろいろな所でノラ猫を見かけるけど、
「あ、病気になってる」とか
「ケガしてるな」という時、
どうしたらいいかという問題があってね。
見ないふりしちゃうか、病院に連れていくか‥‥。
糸井 どうするんですか。
川崎 「ひとりで生きられないというのが
 一つの基準になる」
って保坂さんが書いてらしたことを思い出すの。
で、猫がそういうふうに見えた時は
病院に連れて行く、と一応決めてます。
糸井 保坂さんの作品、相当読んでいますね。
川崎 だいたい読んでる。
保坂 ありがとうございます。(笑)
糸井 川崎さんも保坂さんも、
僕は別々に知ってるけど、
人間に対しては
ものすごくクールな物言いをする二人なんですよ。
「ほっとけばいい」みたいな。
それが猫に関しては急に、
「ひとりでは生きられない」なんて言って。
保坂 人間に対しては、
はっきり言ってそんなに愛情がないというか、
「さびしいとかなんとか言ってないで、
 自分で考えなさい」
という思いがある。
ただ人間と違って猫は、
与えられた環境の中から出ることはできないから、
自分が関われる範囲は
何とかしなきゃと思うんですね。
糸井 何だろ、その心理。
憐憫?
弱い生き物を庇護したりエサやったり、
その行動の根っこに、
性的な何かっていうのはない?
川崎 ないな。
糸井 ないけど、そこまで強く‥‥。
じゃ、性を抜いたリビドーみたいな。
保坂 糸井さんね、やっぱりわかってないから(笑)。
性欲とか名誉欲だとか、
普遍的な他の気持ちと同列に、
猫に対する思いっていうのがあるんですよ。
糸井 何に似てるかくらいは知りたいな。
保坂 一所懸命いろいろなものに
読み変えようとしてるけど、
性欲が何に似てるかって
考えちゃいけないのと同じで。
糸井 あぁ、そう言われるとねえ‥‥。
猫好きの人が猫に対した時の、
この独特のフィロソフィを僕は知りたいんだけど、
わからないのよ〜。
話を戻すと、
川崎さんが駐車場で傷猫を見つけたのはいつ頃?
川崎 8年前ですね。
それで、その猫がいつもいる場所の真ん前に
オープンテラスの喫茶店ができちゃって。
テラスに座ると、
ボロ雑巾みたいなその猫が目に入るわけです。
店のほうは追い払いたいんですね。
糸井 すごみのある汚い猫だからね。
川崎 しかもその時は
ケンカして額に大きな傷があったし。
で、僕はそこへ行って、
「店ができるずっと前からここにいるんだから、
 このコに専有権がある」
と主張しました。
保坂 言いに行くのがすごい。
糸井 その頃から、猫に目がいくようになったのね。
川崎 どこかでノラ猫を見つけたら、
「あ、エサやりたいな」と
自然に思うようになっちゃった。
今日は持ってないけど、
いつもキャットフード持って
歩いたりしてますから。
糸井 保坂さんの場合は、87年に拾ってきて以来、
猫に対する気持ちが
開きっぱなしになったわけですか。
保坂 外の猫にもエサをやるようになったのは
その年の7月くらいからでしたね。
今、思っても恥ずかしいというか、
後悔することがあって。
その頃近所に、
可愛い茶トラのきょうだいと、
サビっていって
三毛の色がグシャグシャになった猫が
ウロウロしてた。
で、僕は茶トラにエサをやりたいのに、
いつもサビが先に食べに来ちゃう。
「俺は茶トラにやりたいんだから、おまえ来るな」
とか言ってね。
今なら絶対にそんなことしないけど、当時は‥‥。
糸井 分け隔てをしてたんだ。
保坂 あの頃は猫を美醜で見てたんですね。
恥ずかしい。
糸井 その段階はもう越えたと。
保坂 はい。
たしかにみんなに「可愛い」って言われる猫と、
もらい手が見つかりにくい柄の猫はあるけど、
でも、そういうことじゃないんですよね。
先に食べに来るのは、
そいつがいちばんお腹が空いてるという
事情があるわけだし。
糸井 猫って、腹へってない時は、
基本的に食わないですか。
保坂 そうでしょうね。
川崎 ノラ猫の場合は
ちょっと食べ過ぎるくらい食べちゃいますけど、
それはやっぱり食える時に食っとくという‥‥。
でも犬にくらべたら口はきれいだと思う。
保坂 僕は別に犬に対して
猫との優劣は感じていないですけど、
ただ犬を、しつけたり訓練する時、
何か上手にできると、
必ずヒョイッと食べさせますよね。
でも、猫はそうやってしつけはできないですから。
天才チンパンジーのアイちゃんだって、
必ずごほうび食べてるでしょう。
なんか程度低いなぁと思って。(笑)
(つづく)

第2回 「猫可愛がり」も複雑なり

第3回 僕の知らないあのコの時間

第4回 ニャンコ先生と由美かおる

2003-09-21-THU

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