BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

“埋蔵好奇心”を発掘せよ!
(シリーズ全4回)

第1回 海底に眠るドラマ

第2回 “発見”に魅せられた人々

第3回
■人は「知」を欲する
糸井 井上さんの著書を読んで思ったのは、
ベースのところでそれほどお金を使ってないんですね。
井上 考古学の発掘の場合、
6割近くが人件費になってしまいます。
私が学んだバス博士が素晴らしいのは、
全部、自前でやってしまうところですが、
そうなると潤沢な資金とはいえません。
ですから限られた予算で、どうやりくりするか。
ウル・ブルンでも、断崖絶壁の岬に
中古の柱みたいなものを組み立てて、
最後に蚊よけのネットを張ったような
実に簡易で粗末な合宿所で寝泊まりするんですよ。
水はもちろん電気もない。
自家発電のためにジェネレーターをまわしたりして。
糸井 まさにアウトドア・ライフだ。
井上 地震で海に沈んでしまった海底都市の
ポート・ロイアルの調査では、ジャマイカ政府の
バックアップがありましたけど、いずれにしろ、
あまりお金をかけないようにはしています。
糸井 井上さん自身も、海底調査だけでは生活できないでしょう。
井上 ですから、行政が主催する陸のほうの考古学的な発掘調査も
やっていましてね。本当は海だけやっていたいけど。
糸井 陸で稼いで、海にもちだす、と。
中谷 それでも井上さんをつき動かすのは、
やっぱり知的イマジネーション、知的好奇心ですよ。
僕は大学時代、図書館の本を「ア行」から最後まで
全部読んでやると無茶なことを考えて、
途中で挫折したんですけど、
アリストテレスまでいったとき、
彼はいいことを言ってると思いました。
つまり、「人間は生まれながらに知を欲する動物だ」
みたいなことを書いてる。
人間はなんで無謀な冒険をしたいのか、
ペチカ前の話になぜあんなに喜ぶかというと、
知的イマジネーションなんです。
井上さんが海に潜ったり、糸井さんが埋蔵金に
夢中になるのも、いまだ見果てぬ夢というか、
知りたいという欲求が強いからじゃないでしょうか。

そういえば、ホモサピエンスも「知識の動物」
という意味ですし。人間にとってウキウキ、
ワクワクすることは最大のテーマ。
セックスだってワクワクはするけど、
「知りたい」という欲求のほうが、もっと強くて、
興奮することなんでしょうね。
糸井 人類の進化が証明しています。
はじめアフリカで発生したおサルさんたちの一部は、
ジャングルからサバンナに行った。
ジャングルだったら四つんばいで歩いてても身を隠せるし、
獲物に近づくこともできる。だけどサバンナでは
そうもいかない。それで遠くから襲ってくる連中を
見張ったり、獲物を探すのにまず高さがほしくなった。
そういう具合に少しずつ進化して人間になったんでしょう。
それまではライオンが獲物を倒し、内臓とかいいところ
だけを食べたあとで、ハイエナが残りをついばむ。
サルはそのあとで、ようやく出ていったらしいんですよ。
だから人間はよく
「ハイエナみたいな奴だ」と言うけれど……。
中谷 ルーツはハイエナ以下だった。
糸井 つまり徹底的に弱い動物であったがゆえに、
知恵を働かさなければならなかった。「知」というのは
生きていくための唯一の武器だったんですね。
中谷 まず、サバンナに向かったおサルさんたちの一群が
偉かったですね。なぜかというと、ジャングルにいれば、
「こんなにたくさん実がなってる、ラッキー!」って、
楽しかったと思うんです。
そこへ、「他にもっとすごい世界があるかもよ」っていう
井上さんのようなサルがいて、「ウーッ、俺も行く」
って奴も出てきた。そうして現状に安住することなく、
知的好奇心と勇気を持って
ジャングルを抜け出した連中だけが人間に進化した。
糸井 さらにさかのぼれば、水中にしか生物がいなかった時代に、
陸に上がったバカがいる。
中谷 すごいですね、きょうは人類史を語る。(笑)
糸井 生物史と人類史の二段フィルターを経ると、
僕らがいかに知と好奇心の動物として
生きているかがわかる。だから、月にも行こうとするし。
中谷 長い目で見ると、ジャングルを抜け出したサルの一歩が
月につながっているわけですね。その第一歩がなければ、
われわれも今、こんな座談会をやってないで、
「ウウーッ、アアーッ」なんて言いながら、
パパイヤ食ってた。
糸井 多分、冒険というのは“ご機嫌じゃない”人の
することですよ。人間は、子宮にいるときは
完全な「ご機嫌」で、生まれた途端に「不機嫌」が始まる。
中谷 −−それは知の冒険の始まりでもある。
ご機嫌のまま、冒険しないでいると、
人類はサルにもどっちゃいますね。
糸井 だから井上さんみたいな人のことを、尊敬を込めて
「バカだな」と言うのは、
生物としていいなぁと思うからです。
井上 このあいだNHKで
人類学者のラインハルトさんという人が、
南米のアンデス山脈で少女のミイラを発見したという
紹介があって、探検の魅力について語っていたんですよ。
発見すること自体、面白いんだけど、
その少女がどういうことを語りかけているか、
いわゆる謎解きの楽しさがあると言っていました。
これまでわかっていなかったことを推理し、検証しながら、
ああじゃないか、こうじゃないかと試行錯誤しながら
最後に結論を出していくスリルと興奮。
私自身もそういうものがエネルギーになっていますね。
糸井 知らないことを探る魅力……。
井上 先ほど少しお話しした
ジャマイカのポート・ロイヤルという海底都市は、
300年前の巨大地震で海に沈んでしまった町なんです。
発掘していくと、煉瓦づくりの床とか壁とかが出てきて、
要するに、水底にポンペイの遺跡みたいなものが
残っている。私たちの調査の前に発掘した人が
銀の懐中時計を見つけて、針はなくなっていたけれど、
レントゲンで調べたら11時43分を指す針の跡が
確かめられました。

それが歴史の証言というか、
まさに大地震がそこを襲った時間だったんですね。
金目のものより、そういうものの発見のほうが、
私たちには面白い。
中谷 それ、わかりますね。
井上 沈没船ひとつでも、実際にありそうだということになれば、
当然、自分の目で確かめたくなる。
つぎに、学問的に調査してみたくなる。
金貨が1枚見つかれば、それには年号が打ってあるから、
仮に1170年だとすると、その時代の状況はこうだから、
この船はこういう目的で航海していたんだろうかとか、
いろいろ関連づけて推理が広がります。
中谷 最近、僕が好きな言葉が「私・大航海時代」というやつ。
コロンブスなんか、なぜあんな無謀なことをしたのか。
それまで彼らスペイン勢はイスラム勢力に
負けていたじゃないですか。その中で、いっちょ俺も
一旗あげてやるぞと思ったとき、コンセプトとして
黄金の獲得とキリスト教の布教の二つが混じり合い、
なおかつルネッサンスの三大発明があって、
偉大なる大遠征になった。だけどそれだけじゃなく、
「何かもっといいことがあるかもしれないじゃん」
と遠い世界を夢見たかったんでしょう。
そういう知的好奇心が世界を動かしてますね。
井上 歴史を振り返ると、みんなそうですよね。
中谷 なぜ彼らが危険を冒してまで新しい地を求めるのが
好きなのかと考えたとき、
去年、スペインをずっと旅していて理由がわかりました。
太陽が日本と違う。
要するに闘牛をやってもいい太陽というか、
一瞬のうちに砂の中に血が吸収されてしまうほど
強烈な太陽で、ドライなんです。
だから闘牛自体が美しい。闘牛が始まる瞬間も、
場内は太陽の光と影が真っ二つに割れているしね。
闘牛には死がつきまとうけど、きっと彼らは常に生と死を
感じているのが好きなんですよ。
ハイリクス、ハイリターンみたいなタイプですね。
やられたほうの南米の人は、
たまったもんじゃないでしょうけど。
糸井 僕が思うのに、精神がサラリーマンじゃなかった
という問題なんですよ。毎月、お手当がある暮らしなんて、
昔はなかった。日本の武士はお手当だけど、
刀を下げていて、いつも命を張っているから
お金をもらえるという感じでしょう。
でも今のように全員が確実に食料を確保できるような
時代になると、捨てるべき命について考えるのが怖くなる。
さっきのスペインの生と死で言えば、
「死」を忘れないと生きていけなくて、
身を危険にさらしてまで冒険したくはない。
「沈没船を探そうよ」と言っても、
ほとんどの人は、「やりたいけど、
やっぱり会社辞めるわけにはいかないしさ」ってね。
中谷 でも大蔵汚職とか、今、この国がつくってきたいろんな
システムが壊れようとしていますね。
そうすると、もう一回システムをつくり直すとき、
知的冒険をする人間が
コンセプトをつくるしかないんじゃないですかね。
糸井 そこなんです。
だから、これからは井上さんの時代よ(笑)。
そして、井上さんみたいな人に冒険をしてもらうためには、
いかに周りがそういう人を支援するかという仕事が
また必要になってくるんですね。
つまり「井上頑張れ。俺は金を稼いでくる」
「よし、俺は行政に話つける」とか、
そういう組織、集団がないといけない。
そういう意味で僕が理想とするのは
『アポロ13』の世界なんです。
中谷 地球に帰れなくなりそうになった
アポロ13号の3人の宇宙飛行士のために、
3万人のスタッフがバックアップするという。
糸井 チームワークで全員がもてるだけの知恵を働かせて、
結局、最後は動物としての勘を頼りに帰ってきたよと。
中谷 あれ、民主主義じゃないですか。上下関係なんかなくて、
すべては宇宙にさまよえる彼らのためと。
糸井 いい「バカ」のまわりにつく利口たちにも、
また大きな喜びがあるのよ。
中谷 糸井さん、通信販売で買ったアポロキャップを
よくかぶってましたね。
糸井 アポロオタクなんです。
中谷 家では「アポロちゃん」と呼ばれてるらしい(笑)。
それはともかく、彼らはなんで宇宙飛行士になったのか。
きっと「私・大航海時代」の人なんでしょう。
マゼランやコロンブスと同じで、俺が宇宙を見てやるぞと。
それと、アポロ13号の素晴らしさは予定調和が
崩れたところにあるわけじゃないですか。
悲劇の中で培われた美しさ。
人生は壊れていくもんだってね。
だからワクワク、ドキドキもある。
多くの人は予定調和の人生を求めるけど、
それが崩れたときの事態を面白がる能力は
あったほうがいいですね。
糸井 今はお金という物差し以外はないと思わされてるけど、
お金に換算できない楽しさもあるわけでね。
中谷 ウキウキワクワクドキドキ、とかね。
鯨尺とか、わけのわからない尺みたいなもので見ると、
人生はきっと楽しいんじゃないですかね。
何か変だぞ、何かありそうだ、不思議だなと
思うようなことに心を開くというんでしょうか。
日常を脱した瞬間に、郷ひろみじゃないけれど(笑)、
アドレナリンも高まる。
糸井 不思議、大好き−−。
中谷 糸井さんのそのコピーが、僕の原点なんです。
糸井 結局、想像力はタダだしね。
中谷 元手はかからないけど興奮する。
糸井 そういえば、コンピューターの世界で、「ハッカー」
というのがあって、日本では悪い意味で使われているけど、
ハッカーとコンピューター犯罪者というのは違うんですね。
どこまでたどり着くだろうといういうのを
実験し続ける奴がハッカーで、
先端企業の優秀な人材はたいていが元ハッカー。
いわば未知の世界への冒険者なんだよね。
中谷 いい意味なんですよ。だから、最初にジャングルを
飛び出したサルも、アポロ13号の3人も、
それぞれにハッカーだったんですね。
糸井 「ハッカー」って、ハックルベリーの「ハック」?
中谷 冒険の……。
糸井 こじつけだけどね。
中谷 ただ、世の中みんながハッカーになったら困りますが。
糸井 だから、役割はあるのかもしれない。
区役所の人まで詩人になって、
税金の督促状に「サクラサクラ、そして……払え」
なんて書かれてあったらイヤだもんね。
カエルがちょっと蕗の葉っぱを持っているような絵なんか
添えてあったら、税金とか、払えなくなるじゃないですか。
中谷 それはがっくりしますね。
われわれの仕事はオーケストラみたいなものですけど、
それぞれのパートは必要で、みんなが指揮者だったら
音楽になりませんよ、口三味線で終わっちゃう。(笑)

(つづく)

第4回 さらなる謎を追って

1999-01-05-TUE

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