世界をつくってくれたもの。鴻上尚史さんの巻 世界をつくってくれたもの。鴻上尚史さんの巻
同じ時代に生きているのがうれしくなるような人に
出会うことがあります。
そんな人たちの世界のおおもとは、
いったい何でできているのでしょうか。
幼少期から現在に至る足取りをうかがう
連載シリーズの第3弾にご登場くださるのは
演出家で作家の鴻上尚史さんです。
鴻上さんは「自分で考える力をつける」ことの重要性を
著作でくりかえしおっしゃっています。
インタビューは、ほぼ日の菅野がつとめます。
鴻上尚史さんのプロフィール
第7回 最終回
10年後の自分に頼まれて。
──
いまから振り返って、
若い頃の自分に言いたいことはありますか。
鴻上
ありますよ。
「準備不足で行動するな」です。
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──
え(笑)、そんなことがあったんですか。
鴻上
ありました。
29歳ではじめて映画を撮ったときです。
演劇と映画って、
物語をつくるという点で似ていると思われがちだけど、
ぜんぜん違うんですよ。
いまでこそ外部交流で
どんな業界の人もウェルカムな雰囲気がありますが、
当時はほんとうに職人さんの世界で。
──
映画って、フィルムですよね。
鴻上
そう、35ミリです。
予算も1億円ぐらいかかる。
「やってはいけないぞ」ということに、
ぼくはクランクインしてから気づきました。
──
聞いていて怖いです。
鴻上
「次はここからこう撮ります」
なんて言うと、撮影の人が
「監督。レンズ何ミリですか」
って聞くわけ。
「50ミリ? 35ミリ?」
──
監督用のモニターは、ないんですか? 
鴻上
ビジコンね。
当時、アメリカではビジコンがあたりまえだったけど、
日本は経験を積んだ人が監督になるもんだったから
「ビジコンなんて、なんでつけなきゃいけないんだよ」
「ミリ数を聞いただけで
風景がどこからどこまでおさえられるか、
そんなこともわからなくて映画撮れるわけねぇだろ!」
という世界でした。
──
歯が立たないですね。
鴻上
いろんな意味でダメだなと思った。
これがぼくの、最初の激しい挫折です。
──
だから‥‥
鴻上
準備不足でやるなと(笑)。
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──
でも、そうなのかな。
鴻上
そういうことですよ。
野球を知らないのに
野球の監督をやる人、いないでしょう。
やっちゃいけないです。
いくら「気持ち」とか「思いやり」とか
「ガッツ」とか「強靱な精神」とか言っても、
無理です。
無理なことは無理。
──
そういうとき、どうすればいいんでしょう。
鴻上
1本でいいから、
自分で自主映画を撮っておけばよかったんです。
15分、短編でいい。
それでずいぶん変わったのにな、と
あとから思いました。
だからいま、ぼくはそうとう
いいプロデューサーになれますよ。
監督できそうなのに経験がない人がいたら、
「15分でも20分でもいいから短編撮れ」
とまず言います。
カメラマンも、ビジコンつけることに
抵抗のない人を選びます。
最近はもうほとんどですが(笑)。
──
「ちょっとでも慣れてからやる」
というのは、たぶん、
とても大切なアドバイスですね。
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鴻上
やっぱり事情がわかんなきゃダメだろ、
ってことですよ。
──
知らないことによる、
過剰な怖さや緊張もなくなりますし。
鴻上
そのとおりです。
──
いい気になって、いろんなことを端折って
飛び越えることがありますけれども、
ほんとうはそれは楽じゃないですね。
急がば回れ、しんどいけど少しずつ慣れろ、です。

正義だけを語ることも、
悲劇と喜劇をきれいに分けてしまうことも、
もしかしたら、とても楽な行為なのかもしれません。
ついつい、楽をしたくなりますが‥‥。
鴻上
楽なことって、結局はヤバいことが多いんです。
「あの人は敵なんだよね」と
決めてしまうことが、そもそも安易なんですよ。
敵味方の分類が早すぎる。
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──
それもおそらく、
自分が弱っているからですね。
強かったら敵は要らない。
弱らせ合いをしているのかもしれない。
鴻上
そうね、だからまず、
おいしいものを食べてください。
好きなことして、気持ちを強靱なほうへもっていく。
行動や発言するにも、きちんと準備する。
──
鴻上さんは、お子さんのときから
「あの大音量の放送は変だ」と
思ってらっしゃいました。
私はすでに大人です。
でも、どんな大人でも、いまからでも、
「しんどいけれども考えていこうとすること」は、
遅くないですね。
鴻上
遅いことはぜんぜんありません。
いくつになっても遅くない。
これはぼくがよく言っていることなのですが、
「自分は10年先から戻ってきたんだ」
というふうに考えましょう。

たとえば自分がいま、50歳だとする。
でもほんとうは60歳なんです。
もし20歳だったら、
じつは30歳になっているんです。
そう思ってください。
──
はい。
鴻上
タイムスリップしたか、
ドラえもんに助けてもらったか、
それはわからない。
10年後のあなたに何かがあって、
「10年前に戻してください」と
強く願ったのです。
だからいま、あなたはここに戻ってきた。
そう考えましょう。

10年後の自分が
いまの自分に託したものは
いったい何だったのか。
きっとまだやれることがあるはず、と思ったから
自分をいまこの時点に戻したんでしょうね。
──
おおお。
鴻上
いまは10年前に戻ってるんだと思えば、
「やるか」という気持ちになりますよ。
──
そうですね。
未来の自分が何かに悔やんで
戻してくれたんだと思えば。
鴻上
そうです。
10年後の自分に、
頼りにされる自分でいるためにね。
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(おわりです。ありがとうございました)
2019-11-04-MON
KOKAMI@network vol.17
「地球防衛隊 苦情処理係」
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鴻上尚史さん作・演出の、
サードステージの新作舞台。
出演は、中山優馬/
原嘉孝(宇宙Six/ジャニーズJr.)/駒井蓮/
矢柴俊博/大高洋夫(敬称略)ほか。



ストーリーは、近未来。
地球は異星人や怪獣の襲撃を受けています。
人類を守るために創設された地球防衛軍は、
戦うエリート、人類の希望の星。
しかし、怪獣と戦うたびに副次的な被害が出てきます。
そして「苦情処理係」は、毎日、
住民のクレーム処理に追われることに。
ある日のこと「ハイパーマン」があらわれて‥‥。
「正義の正解」を追いもとめる、
現代の社会感情をユニークに反映した舞台です。



東京公演は2019年11月2日~24日、
大阪公演は11月29日~12月1日。
くわしくは公式サイトへ