怪・その4

「8月の人」

もう30年ほど前の事。

私の知り合いが当時、
古い市営アパートに家族と住んでいました。

彼女によると、このアパートに越してきてから
毎年8月のある時期になると、
奇妙な事が起こるのだそうです。

毎晩ではないのですが、
深夜になると台所あたりから誰かが歩いてきて、
寝ている彼女の部屋に入ってくるのだそうです。

本人も不思議がっていましたが、
深夜の暗がりの中、
その誰かの姿は黒い影に見えるのだそうです。

その影が現れると彼女の身体は動かなくなり、
なんとか動こうと焦る彼女の胸の上に
ずしりと座り、
その重苦しさにもがくうちに
いつの間にか眠ってしまうのだと言っていました。

ある時、彼女の友達が泊まりにやってきて
一緒に寝たのだそうですが、
その時も影は
彼女の胸の上に座っていったそうです。

特に悪さをする訳でもなく、

話しかけてくる訳でもなく。

現れるのは8月のうちの数日間で、
8月を過ぎると現れなくなる。

彼女のはその影を「8月の人」と名付けたのですが、
とある年の8月の事。

彼女のお母さんがふと思いつき、
寝る部屋を交換してみよう、と言い出したのです。

その頃、彼女のお父さんは入院していて
留守だったというのもあり、
その夜はお母さんと
寝る部屋を交換する事になりました。

そしてその日の深夜、例の通りに
台所から静かな足音がして、
黒い影がすうっと
お母さんの寝ている彼女の寝室に
入ってきたそうです。

そしていつものように胸の上に乗ったのですが、
何が違う事に気付いたらしく、

寝たふりをしているお母さんの顔を覗くように

頭をぐっと顔に近づけてきたそうです。

お母さんも怖くなり、
必死で寝たふりをしたそうですが、
やがて影は音もなく胸から降りると
すうっと台所へと帰っていったそうです。

それを最後に「8月の人」は現れなくなり、
その翌年もその次の年も、もうずっと
現れていないそうです。

8月の人が誰だったのかはわかりませんが、

8月の人にとって彼女がなんなのかも

わからないのです。

(独)

こわいね!
2015-08-07-FRI