おさるアイコン ほぼ日の怪談2005

怪・その7
「鏡の中の」

友達と二人で車で旅に出かけた。
晩秋と初冬の狭間。
日も暮れ国道沿いの蕎麦屋で夕食を済ませた後、
マイナーな温泉街の旅館の中で
乏しい予算と相談の上、安そうな宿を探した。
探し出して3軒目、素泊まり一人3,500円という
リーズナブルな価格設定の川沿いの宿にたどり着いたのは
10時過ぎ。
値段に相応なふるい建物であったが、
川べりに温泉がありなかなか良い宿に思えた。
部屋は2室続きの和室だった。

「川沿いの温泉までは階段で降りてください。
 24時間いつでもお入りいただけます。」
温泉好きの僕らにはありがたいおもてなしだった。

一日中車内で一緒だったこともあり、
話すこともあまりなく、温泉に入りに行くことにした。
仕度を整えていると、当時気になっていた女の子から
電話がかかってきた。
友人はそんな僕に気を使って
「先に行くわ。」とジェスチャーで示し、
準備を進めていた。

友人に先に行ってもらい、女の子と電話をしていた。
電話をしながら部屋の鏡をみていると、
友人が映っていた。
「何か忘れ物をしたのか」と思いながら
特に気に留めず会話を続けた。

電話を終えると友人が帰ってきた。
「風情があっていい湯だったよ。早く行って来い。」
といわれるまでもなく、川沿いの温泉に向かった。

ひんやりとした空気の中、
川のせせらぎを聞きながら入る温泉は
格別の趣があった。
のぼせない程度に長湯をして階段を上った。

部屋につくと、友人が青い顔をして
僕の顔を見つめてきた。
「どうしたの。」
と聞くと友人が
「お前どこに今までどこに行っていた。」
「温泉やで。」
すると

「おれ今まで彼女と電話してたんだけど、
 その間途中で帰ってきたお前が
 ずっとその鏡に映っていたんだ。」
と。

僕は先程友人が鏡に映っていたことを思い出し
そのことを話した。

誰かに見られているような感覚を覚え、
背筋が凍りついた。
鏡を見ないように車の鍵を取り、部屋を飛び出し、
朝までファミレスで過ごした。

(ヒロピー)


「ほぼ日の怪談」にもどる もう、やめておく 次の話も読んでみる
2006-08-09-WED