おさるアイコン ほぼ日の怪談2006

怪・その6
「踊り場にいる」

20年ほど前の話です。

その頃、私の幼馴染の親友は、
近くの団地に住んでいました。

友だちの部屋は、3階にあります。
その子の家に遊びに行くとき、
私はいつもひとりでたんたんと足音を響かせて
灰色の狭い階段を上りながら、
狭い踊り場を3回折り返して辿り着きます。

そして、その日はよく晴れた夏の日の午後でした。

いつもは階段の上ばかりを気にして
顔を上げて足を進めていた私ですが、
その日は、なんというか、
やたらと折り返した狭い踊り場が
気になって仕方ありませんでした。

もう一度、折り返して階段を上り終えたら。
そうしたら友達の家のドアに辿り着けるという
安心感もあったのでしょう。

何気なく、最後の階段を上り終えようとした私は、
手すりからその下にある踊り場を
見下ろしてしまったのです。

そうして、身の毛もよだつものを見てしまいました。

そこには、踊り場の下の階の最後の階段から
顔だけを覗き込ませて此方を見上げている、

目と歯をむいて笑う、白い顔と指がありました。

坊主頭の大人の男のひとでした。

白い指が、こいこい。と私を招いていました。

その後のことは覚えていませんが、
後でその友達から聞いた話しでは、
私は半ば錯乱したように
その子の家のドアをこぶしで叩き、

○○ちゃん。開けて!開けて!!

とさけんでいたそうです。

友人は慌てて扉を開けて招き入れたものの、
私は泣きじゃくって暫く話にならなかったそうです。

そして、私が帰るときもあまりに怯えるので
その子とお母さんに手を引いてもらいながら
団地を後にしたそうです。

それから数年間、私はいくらその子の家に誘われても、
団地の近くで遊ぼうと誘われても断り続け、
遊ぶときは専ら私の家か団地から離れたところで
逢うようにしていました。

そして、また数年が経ち、
その子の家族が1戸建ての家に
引っ越すことが決まったある日、
私はその子の家に招かれ、団地に遊びにいきました。

やはりよく晴れた夏の日でした。

日も暮れかけた帰りしな、
足取りも軽く団地の階段を下りていると、
ものすごい悪寒に襲われました。

そして、私は唐突に思い出したのです。

何故、数年もこの団地を避けていたのか。

そして、最後の階段を下りかけたその瞬間に、
見てはいけないと思いながらも振り返り階段の踊り場を
見上げた次の瞬間、
全速力で駆けて団地を後にしました。

泣きながら、なぜ振り返ったのかと
ものすごく後悔しました。

だって。

その振り返ったその踊り場の手すりに、私は見たのです。

ほの暗い蛍光灯に照らされた、
ゆっくりと上にのぼっていく白い頭頂部と、
手すりを這う白い指先を。

それ以来、団地のみならず、どこであろうと、
私は階段の踊り場が怖くて堪りません。

見上げたら。振り返ったら。

あの得体の知れない白い人が覗いているかもしれないと
想像してしまうからです。

(タロウ)


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2006-08-07-MON