最新の記事 2002/10/31
 
第1回 桑田のノート
糸井 長いペナントレースの中で、
逆風が吹いた時というのは、
それまでがトントン拍子だと、余計に
「あの方針は、間違っているのかなぁ?」
だとか、迷いが出るものですよね‥‥。
藤田 ええ、出ます。
糸井 そういう迷いが出た場合、
藤田さんは、「迷い」は「迷い」として、
どっちつかずのままで、行くほうですか?
藤田 ‥‥まあ、打開策は
いろいろ研究しますけど。

野球チームなら、
そのためにコーチもいるし、
そういうときの頼りになるのが
コーチの手足ですから。

やっぱり学ぶというのは
マネるところからはじまりますから、
だから、まずイイものを見て、
マネをすることですね。

いいものを見て、マネをして、
それを取り入れていっているうちに
自分のものになりますから。

だから、「俺が最高だ!」なんて
いっているのでは進歩ないと思うんすね。
何だっていいから、マネるんです。
糸井 へぇー‥‥。
藤田さんも、そうしてきたのですか?
藤田 ええ、ぼくはよくマネしました。
糸井 それは選手時代からですか。
藤田 ええ、もう若いときからそうです。

だからね、
よくある話ですけど、
ひとつのチームに、エースがいるでしょう?
そのチームには、似たようなピッチャーが
どんどん同じような格好で、育ってくるんです。
糸井 あぁ‥‥。
藤田 だから、一緒に並んでやっていると、
かっこうや、カタチまで似てくるんですよ。
だから、ぼくはエースの背中のほうに、
これからの若い選手をつけてピッチングさせた。
糸井 そこから、学ぶんですね。
藤田 そう。
前の人のタイミングだとか、
腕の上げ方だとか、
足の上げ方だとか‥‥似てくるんです。

口で方法を教えていくよりは、
エースが投げているのを見て、
一緒になって投げているほうが、
早く育つんですね。

あれもマネで、育てる一つの方法なんです。
糸井 犬を飼うときに、
先に飼っている犬と、あとから来た犬がいて、
おしっこのトレーニングを
前の犬が教えるというのがありますよね。
‥‥あれですね!
藤田 あれなんです。
不思議ですよ。
糸井 ということは、
「マネされるばっかりのほう」にまで
至らない限りは、エースじゃないんですね。
藤田 そうです。
糸井 今、巨人でいうと
エースは、誰なんですか?
藤田 今のエースですか。
今は、成績からいえば上原ですよね。
糸井 マネされるところまで‥‥?
藤田 精神的なものだとか
全体的なものからいくと、桑田だと思うんです。
フォームからいっても、
組み立てからいっても、
物の考え方や、野球に取り組む姿勢、
そういうものまでを見ると、桑田です。
あれは立派なエースだと思います。
糸井 じゃあ、今のジャイアンツには、
精神的なエースと稼ぐエースと、
2人いると、藤田さんは思うわけですね。
藤田 そうです。
糸井 一時期、桑田をかばったのは、
あの時代、けっこう、
監督としては考えられたでしょう?
藤田 桑田のふだんの野球に対する取り組みかたや、
生活を見ていますと、
ほんとうに大事にしてやりたい‥‥。

あれだけの素質を持って、
あれだけの生活をしている人間って
野球界には、いないですから。

一時期、桑田に対して、
首脳陣から、ああしろこうしろと
言おうとした時があったんですよ。
練習方法だとか、コーチと多少ありまして。

その時、桑田がぼくのところに
「ちょっと話を聞いてくれますか」
と来たとき、抱えてきたノートが‥‥
(腕をひろげて)こんなに、あるんです‥‥。

桑田は、高校時代からずっと、ずっと、
自分の1日の過ごしかた、
練習方法、何を食べて何時に起きて、
何時に寝て、きょうは何をした‥‥
それをぜんぶ控えていました。
ノートを、ぼくのところに、抱えてきたんです。

それを見たとき、ぼくは、
「こいつにはもう、一言も言うまい」
と思いました。
それぐらい自分を律する力というのがスゴいですね。

不幸にも、マスコミが善玉と悪玉とを
2つ作りあげてしまった時に
一時、悪玉の方に入れられちゃったものですから、
あんなにいい子をね‥‥それはかわいそうでした。

あれは、ぼくは尊敬します。
みごとな人間です。
糸井 桑田が、悪玉の報道の渦中に
入れられた時って、まわりとしては
「どうカバーするか」
みたいなことがあったと思うんですけど。
藤田 カバーのしようがないんです。
ああいうように大騒ぎになってしまうと。
「そうじゃない!」とこちらが何度言っても、
新聞に出てしまうんですから。
かわいそうでした。

ああなってしまうと、
何かの機会があったときに、
「桑田はそんな人間じゃないよ」
と個人的に話をするしか、手がない。
糸井 しかし、桑田は
よく何回も乗りこえましたよね‥‥スゴい。
藤田 あれは、強いですね。
糸井 強いです。
あんな人は、やっぱりいないんですか。
藤田 あそこまで徹底して
やり遂げているのはいないね。
糸井 それを監督に
わかってもらえているというだけで、
桑田のほうも、きっと、うれしいんですよね。
 
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