HOBO NIKKAN ITOI SHINBUNHOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

全貌不明・・・・ドイツ人がつくった果てなき映像百科事典 エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ全貌不明・・・・ドイツ人がつくった果てなき映像百科事典 エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ

かつて、この地球上に存在する
文化・習俗・儀式‥‥についての百科事典を
「映像でつくってしまおう」という、
宇宙みたいなスケールの試みがありました。
1950年代にドイツ人がはじめた、
エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ、
略して「ECフィルム」が、それ。
バリ島の米つき、ルーマニアのパン焼き、
タイの刀鍛冶、ブラジルの仮面舞踊。
それらの「ようす」を、延々と淡々と撮影し、
可能な限り「観察」に徹した科学映像。
伏線も、オチも、どんでん返しも何もない、
「静か」で「地味~」な映像に、
どうしてあんなに、惹かれるのでしょうか。
日本で唯一、ECのフルセットを保有する
下中記念財団の下中菜穂さんを中心に、
ECの歴史について、その魅力について、
目玉の飛び出る「お値段」について‥‥など、
あれこれ語っていただきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。さあ、どうぞ。

もくじ

出席者のプロフィール

川瀬慈(かわせ・いつし)

アフリカ研究・映像人類学、国立民族学博物館。
エチオピアで出会った吟遊詩人や楽師の音楽に衝撃を受け、
その魅力を伝えようと映像制作を開始。
「記録」と「表現への欲望」の間で揺れ動く自身の経験から、
研究者と映画や現代美術の作り手との対話の場づくりも行う。
ECの母胎があったドイツ、ゲッティンゲンの
民族誌映画祭審査に関わるなか、EC関係者と交流を重ねる。
過去のEC上映会では、「アフリカの音楽と芸能」の回や、
生物学映像とコンテンポラリーダンスを合わせた回を企画。
川瀬さんのウェブサイトは、こちら。

下中菜穂(しもなか・なほ)

造形作家・出版業・紋切り研究、エクスプランテ
幼少期からの自然観察と拾い物と自由研究好きが長じて、
江戸時代の「紋切りあそび」に出合い、
そこから見える文様の文化、
祖先の自然観や暮らしぶりにぞっこんに。
世界中、切り紙があると聞けば出かけていき、
その魅力を本やワークショップを通じて伝えている。
百科事典の平凡社の創業者一家に嫁に来たことから
ECフィルムの 存在を知り、
ECアーカイブを
現代の目で「虫干し」する上映会を開始し、現在に至る。

丹羽 朋子(にわ・ともこ)

文化人類学、人間文化研究機構総合人間文化研究推進センター。
インテリアブランドIDEEに勤めた際、
中国の魔性の魅力にはまり、北京留学をきっかけに研究の道へ。
黄土高原の穴居ヤオトンに寄宿しながら、
暮らしやフォークアートをフィールドワーク。
下中菜穂と同地の切り紙「窓花」調査を展覧会と本にまとめる。
EC上映会チームに参加。
研究者仲間と立ち上げた
多分野のフィールドワーカーをつなぐNPO「FENICS」でも、
科学映像であるECを楽しく活用する策を思案中。

佐藤有美(さとう・ゆみ)

コミュニケーションデザイン・もの書き、cotoconton
今までに世界30カ国以上+日本全都道府県を旅したり、
かれこれ15年以上、
チンドン屋として道の上を練り歩いたりして、
まちを見つめ体感する天然フィールドワーカー。
祝祭や祈り、音楽を求めさまざまな場所をめぐる。
現在は主に「こども」をテーマに、
こどもと一緒に国内外へひょいっと出かける。
ECをより多くの人に見てもらい人類の遺産として残すべく、
コミュニケーションデザイン全般を担当。

第4回

ドキュメンタリーが映し出すもの。

下中
奥野さんが、
「これはおもしろい!」と思った映像、
何か、ありましたか?
──
僕は、いくつかしか見ていないんですが、
なかでは「養蜂」が、よかったです。

蜂の巣から、
はちみつとして使える部分を切り取って
手動の機械でギリギリ絞って‥‥
という手順自体も興味深かったんですが、
作業員のおじさんが
「グリーンの襟つきシャツにベスト、
 ブルーのパンツ」という、
作業着とは思えない出で立ちだったのも、
「なんでだ?」って(笑)。

E2802「養蜂場所での密の採取」
中央ヨーロッパ 北ニーダーザクセン 1978/1983

下中
ああ、そうでしたね。
──
あと「木靴」にも見入ってしまいました。

木靴って、童話なんかに出てきますけど、
本当に、ああやって、
丸太をくりぬいてつくるんだという驚き。
丹羽
あの手業は、スゴいですよね。
みるみるうちに、サクサクと。
──
靴なんて、いちばん
快適かどうかが問われるじゃないですか。

それを「木」でつくるって‥‥。
丹羽
わたしのオススメの「洗濯」の映像では、
ただひたすらに、
おじさんが洗濯しているんです、川辺で。
下中
ああ、あれね(笑)。見てみよう。

(と、映像を再生する)

E1758「毛織の頭巾付き外套"ブルヌス"の洗濯」
北アフリカ アトラス高地 アイト・ハディドゥ族 1970年

丹羽
ようするに、ただ「川で洗濯してる」だけで
何かが特徴的でもないし、
伝統的でも、芸術的でもなさそうなんですが、
洗濯物を足踏みするおじさんが
何だか「踊ってる」ように見えるんです。
──
洗濯しながら?
下中
そう。見ていて、おもしろいよね。
たしか北アフリカ、アトラス高地。
丹羽
一見、学術的な価値があるとは
思えないんだけど、
でも、あの光景を
映像で記録したいって思った人の気持ちが、
見ていると、わかるんです。
──
つまり「おもしろいから」?
丹羽
はい、洗濯だけどダンスしてるみたいで、
何らめずらしい風習でもなく、
変わり者のおじさんが
ただ踊ってるだけの場面だったとしても‥‥
それが、おもしろいんです(笑)。
──
で、撮りたくなっちゃったと(笑)。
丹羽
無声なんですが
「ぴちゃぴちゃ」って音が伝わってくる。

きちんとした「音楽」とか「舞踊」に
なっちゃう手前の、
そういうものが、はじまる瞬間を、
目の当たりにしたような・・・・。
──
ちなみになんですけど、
ECは「観察・記録・科学」映像なわけですが、
これはいわゆる
「ドキュメンタリー」なんでしょうか?
川瀬
ドキュメンタリーと言ってよいと思います。

ビル・ニコルスという学者によれば
ドキュメンタリーという映像表現には
いくつかのモードがあるようです。
学術映像が好んできたのは
「解説型」や「観察型」ですが‥‥。
──
ええ。
川瀬
マイケル・ムーアのように、
制作者がレポーターになって参加したりする
「参加型」もあれば、
撮影の舞台裏や作品の構築過程を
あえて開示したり、
制作者の主観や感情をぐっと押し出す手法も、
あるんです。

一口に「ドキュメンタリー」といっても
その映像の話法は、さまざまなのです。
──
なるほど。
川瀬
ECフィルムは、そのなかでいうと
「観察型映像」ですね。
──
いや、というのも、さっきの「養蜂」の映像で、
作業員のおじさんが
「グリーンの襟つきシャツとベストに
 ブルーのパンツ」という、
およそ作業着らしからぬ格好をしていたのも、
もしかしたら、
カメラの前でオシャレしてるのかなあ、
だとしたら、それって
ドキュメンタリーって言えるのかな、と思って。
川瀬
その可能性は、ないとは言い切れませんね。

カラハリ砂漠で
動物の毛皮でつくった腰巻を一枚まとった
狩猟採集民の人々が、
子どもの病気治療を目的に
トランスダンスを踊る映像があるんです。
──
ええ。
川瀬
何らかの病気に罹ったちいさい子の前で、
トランス状態のヒーラーが
悪霊を追い払う儀式の映像なんですけど、
国立民族学博物館の先生に言わせると
「1976年の時点で
 このような格好をしているはずがない。
 もう洋服を着ていると思う」って。
下中
へえ、そうなんだ。
──
じゃ、撮影のために「それらしい格好」を?
川瀬
その可能性はないだろうか、と。

先生が言うには、儀式の「演出」のために、
撮影者が要請したんじゃないか、って。
──
へぇ‥‥。
川瀬
すでに申し上げたとおり、
ECフィルムは、
基本的には演技とかドラマとか主観とかを
徹底的に排除して、
「観察」という撮影方法を確立しました。

そして職業柄、僕は「霊媒」というものを
たくさん見ているのですが、
さっきのカラハリの映像のヒーラーが
「演技している」感じも受けませんでした。
──
ええと、つまり、こういうことですか。

そのトランスダンスの映像については
「演技」ではなさそうだけど、
「演出」は、あったのかもしれないと。
川瀬
そうですね。とくに「衣装」に関して。
──
カメラ、すなわち観察者が入ること自体が
「場」を変えてしまう、ということは、
文化人類学をはじめ、
よく言われることだと思うのですが‥‥。
川瀬
ええ、制作者が客観的な観察を行うことは、
厳密には、
なかなか難しいのかもしれません。
──
となると、
ドキュメンタリーとフィクションの境目は、
どのあたりにあるのでしょう。
川瀬
映画論の文脈からすると、
ドキュメンタリーをフィクションの観点から
分析することも可能なんです。

すなわち、ドキュメンタリーという表現も、
撮影者の狙いやビジョンに基づいて
撮影され編集される「創造物」である、と。
──
必ずしも、
現実をそのまま映しているわけでは、ない。
川瀬
だからといって、
ECフィルムの価値が低くなるってことは、
ないですけれど。
下中
でもそれ、製作者側だけの問題じゃなくて、
カメラの前に立ったら、
撮られる側が「演じてしまう」ことも‥‥。
川瀬
あるでしょうね。大いに。
丹羽
以前、ECのイヌイットの映像を見た
現地をよく知る人が、
「あのシロクマの毛皮でつくったズボンを
 家の中で穿いているのは、おかしい」
と、言っていたことがあるんです。
──
ああ、室内は暖かいはずだから。
丹羽
でもそれ、もしかしたら
「せっかく、撮影されるんだったら」
ということで、イヌイット自身が
自らのアイデンティティを表現するために、
積極的に、
シロクマのズボンを選んだかもしれない。
──
暑いけどガマンして穿いとくか、と。

外からの来訪者に対して
「サービス精神」を発揮するということは、
ありうる話ですよね。
丹羽
文化や歴史を後世に残すプロジェクトだと
説明されていたら、なおさら。
下中
その気持ちは、わかるね。
川瀬
そう考えると、
「観察者が構えるカメラ」というものは
単なる記録のツール以上に
「目の前のものごとや状況やイベントを
 動かすはたらき」
を持った装置であるとも言えますね。
──
以前、原一男さんが
『ゆきゆきて、神軍』を撮っていたとき、
奥崎謙三さんという「主人公」が
「カメラの前で
 どんどん演技するようになっていった」
と、話していました。

ようするに、カメラの前では、
人は「その役」を演じるようになる‥‥と。
下中
写真家で映画監督の本橋成一さんが撮った
『アレクセイと泉』
というドキュメンタリーの撮影で、
ベラルーシに同行したことがあるんですが、
撮影隊がその場を離れて、
わたしと村の人たちだけになったときに、
「あー、終わったー」って、
おばあちゃんたちが、
お酒をついで、乾杯していました(笑)。
──
つまり「おつかれー!」と(笑)。
下中
あのあたりの人たちって映画好きだから、
カメラを向けられると、
つい、詩的なことを言い出したりとか。
──
では、今みたいな、カメラがなかったら
起こらなかった展開も含めて、
「ドキュメンタリー」ということですか。
川瀬
そう思います。これはECの影響ですが
対象の徹底した観察と記録が
学術映像のあるべき姿だと信じる風潮が、
いまもあるんです。

でも、そういう「純粋な方法」だけが、
ドキュメンタリーではないんです、もはや。
──
なるほど。
川瀬
僕自身も、エチオピアで
物乞いして歩く吟遊詩人の観察映像を
撮っているとき、
歌い手たちが、僕のことを歌ったり、
「カメラのほうを見ないで」
とお願いしても、
僕に向かってジョークを言ってきたり、
当初、EC的な観察型スタイルを
目指していたものが
どんどん崩れてしまったことがあって。
──
ええ。
川瀬
仕方なく「観察型」を諦めて、
詩人に向かって現地語で語り、ジョークを言い、
意見交換しあうような
「参加型」の撮影に切り替えたことがあります。
──
いくら「観察」と言ったって、
こちらも人間で、あちらも人間である以上、
どうしたって
「やりとり」は発生しちゃいますよね。
川瀬
そうなんです。
──
以前、とある俳優さんに取材したとき、
映画は「つくりもの」だけど、
自分にとっては、
それを撮っている場面こそが現実なんだ、
と、おっしゃっていました。
下中
カメラの前で演じている人の「現実」は、
「虚構」じゃない。
──
そう。
川瀬
もうひとつ、ECフィルムが
できる限り客観的観察に徹してきた理由に、
「再現可能性」も、あると思います。
──
再現‥‥儀式や、習俗などの、
川瀬
はい。

ある文化が消滅していくと仮定した上で、
それをいつでも「再現」できるように、
記録してきたんじゃないか、と。
──
なるほど。
川瀬
撮影者も一緒になって
自己流で踊っちゃったりしたら、
再現どころでは、なくなりますからね。
──
ECを含めた「ドキュメンタリー」は
カメラが目の前にあることまで含めた現実を、
「その場の現実」として、撮っている。
川瀬
そう、ですから、その意味では、
「できうるかぎり」撮影者の存在を隠蔽し、
最大限「客観的」な
人類の記録を残そうと試みてきたのが
ECであると、言えるのかもしれません。

<おわります>

2016-11-02-WED

アルファコ族による竜舌蘭繊維の糸・紐づくり。

1969年 コロンビア(音声なし)

ゲスト陣がめちゃくちゃ豪華!

ECフィルム、
七夜連続上映会。

EC応援団長である荒俣宏さんをはじめ、
冒険家の関野吉晴さん、
生命誌研究者の中村桂子さん、
民俗学者の赤坂憲雄さん、
タブラ奏者のU-zhaanさん‥‥などなど、
ゲスト陣がやたら豪華な
ECの上映会が7夜連続で開催されます!
会場は、ポレポレ東中野。
EC上映会のスタイルの大きな特徴は
上映後(もしくは上映中)に
ゲストのみなさんによる
「生解説」のようなトークを聞けるところ。
さっきまで見ていた、
あるいは今まさに見ている映像のことを、
より深く知り、
いっそうおもしろく観ることができます。
関野さんが、赤坂先生が、
荒俣センセイが、U-zhaanさんが‥‥
どんなECを観て、何をおっしゃるのか。
ああできるなら、七夜連続で参加したい。
日程やチケットなど、
上映会の概要は、以下のとおりです。
ご興味あったら、ぜひ!
情報は公式Facebookのページでも更新中です。

ECフィルム七夜連続上映会

日程:
2016年11月19日(土)~11/25(金)
時間:
19時~(全日)
会場:
ポレポレ東中野
料金:
一律2000円(トークイベント付日時指定券)
チケットぴあにて発売中(Pコード:556-138)
※前売券は、チケットぴあのみでの販売となります。
※完売の場合、当日券(2000円)の販売はありません。
※各回の上映タイトルは決定次第、
公式HPで発表されます。

豪華ゲスト陣はこちら!

11/19(土)
関野吉晴さん(探検家)
11/20(日)
赤坂憲雄さん(民俗学者)
11/21(月)
荒俣宏さん(博物学者)
11/22(火)
眞田岳彦さん(衣服造形家)
11/23(水)
U-zhaanさん(タブラ奏者)+
長嶋りかこさん(グラフィックデザイナー)
11/24(木)
森枝卓士さん(写真家)+
高田ゆみ子さん(翻訳家)
11/25(金)
中村桂子さん(生命誌研究者)