先生:寄席のおはやしさん 小口けいさん(おけいさん)  生徒:本願寺出版社のフジモトさん(本願寺)=三味線をはじめて約1年。   「ほぼ日」スガノ(津軽)=ちいさい頃、津軽三味線をやってました。

おけい ヨー・イッ。
♪(こんぴらふねふね‥‥)
ちょっとずつ弾けるようになってきました。
おけい ふたりとも、いまは、
“平ら”(平板なリズムで)に弾きましょう。
平らに弾けるようになったら
ちょっと“うきま”(はねるように弾く)にする。
最初からうきまにすると下品になっちゃうし、
平らのほうがわかりいいからね。ヨー・イッ。
♪(こんぴらふねふね‥‥)
単調なリズムの『金毘羅舟々』であります。
おけい 津軽、津軽。
津軽 ‥‥ハイッ。
おけい 指使い、指使い。
パカパカやってると見栄えがよくないからね。
開放弦のときに離すことは、わかるね?
そして、移動のときは、
ある程度くっつけとくの。
ギリギリまでくっつけて、
「♪いちどまわれば」ではじめて離すの。
やってごらん。
指をちょこまか動かしすぎるという指摘。
おけい そうそう、いいね。
指をよぶんに動かすと、
それだけ労力も使うし、音も切れちゃう。
三味線は、ピアノみたいにペダルもないし、
ギターみたいにビョーンとやって、
音を延ばしたりなんかできない。
そのぶん、指使いでつなぐんですよ。
津軽 ♪(テテンツートン)こうですか?
おけい そう。そこまでしっかりね。
♪(いちどまわれば)
ここまで来れるともっといいんだけど、
それはむずかしいから。
津軽 はい、はい。
かなり、
本格的に教えてもらってます。
津軽 あ、調子が‥‥
おけい ニが高い?
二(真ん中の弦)がちょっと高めです。
おけい 二がほんのちょっと高いと思ったときはね、
糸倉の中でキュッと糸を押さえれば、
伸びて、音が下がるから。
津軽 えええ?
本願寺 ‥‥初耳。
おけい こんなこと、先生は教えてくれないでしょう?
本願寺 教えてくれないです。
おけい 先生はそういうこと、教えないの。
津軽 (やってみる)
すごい! 使える技でした。
おけい それやると、
「あ、きっとこの人誰かに習ったな」
ってわかっちゃうよ。
知らない人、けっこういますからね。
津軽 知らなかったです。
おけい ふつう、知らない。私も言わない。
あとはね、人差し指はしっかり押さえること。
これはミソです。
先生は絶対教えない。でしょう?
ふたり うん、うん。
おけい だけど、先生は絶対、
人差し指をしっかり押さえてるの。
三味線のプロの方というのは、
一国一城の主なもんですから、
お稽古で他の人から何か言われるのは嫌だ、
なんて思っちゃってる。
だけど、「言われる」ってことは
とても幸せなのよね。でしょう?
本願寺 はい。
おけい さっきの津軽、
指をパカパカパカパカやって、
音が切れちゃってるの、
言ってあげたらすぐ直そうとしたじゃない?
開放弦まで粘って指をおさえれば、
音が全部つながるというのを、
はじめてわかったでしょ?
津軽 やってみたら、ぜんぜん違います。
おけい ね? そうなの。
ひとりで弾いてみます。
♪(こんぴらふねふね 
 おいてにほかけて しゅらしゅしゅしゅ)
おけい できるでしょう。ね、できるでしょう。
津軽 我ながら、このことひとつで、
すごく上達したと思います。
おけい ひとつ言っただけで、こんなに早いのよ。
先生は、もったいぶらないで
言ってくれればいいし、
生徒のほうも
言われたほうがいいと思っていればいい。
おけいさんの言葉に、
ちょっとじーんとする我々です。
おけい 本願寺さんは、譜面が読めるのね?
本願寺 はい、いちおう、ですが。
おけい 譜があれば、
洋楽もそうだけど、
表間(おもてま)のほうを強めると
きれいに聞こえるからね。
本願寺 へええ。
おけい ♪(ツントトツットツット ツッテテツテツテ
 チーレチャンチャチャン)イー・ヤぁ。
本願寺 ホントだ。
おけい こうすると行進曲らしくなっていくでしょ?
じゃ、私たちも、
もうちょっと速く弾きましょうか。
テンポよく。
速いと、なおたのしくなるのですが、
気をつけて、ていねいに弾きます。
おけい はい! 津軽、そこ離さないね。
津軽 しまった。
すいません。
だんだん調子に乗ってきました。
おけい そうそう、いいですよ。
津軽 でも、なかなか
出囃子っぽくならない。
おけい いや、そんなことないわよ。
いまは糸(弦)を1本で弾いてるから、
旋律だけでしょ?
2本をまぜて弾くと、
こういうふうになるんだよ。
(お手本演奏)
おけいさんのふだんの演奏。
津軽 出囃子だ!
おけい 出囃子になると、こうやって
“かんどころ”もちょっと変えるわけ。
津軽 これはおけいさんについて
ちゃんと覚えないと無理だなぁ。
おけい チューニングや押さえる場所が違っちゃうと、
特に三の糸(いちばん細い弦)、
響かなくなるでしょう。
民謡の場合──まぁ、長唄でもやる人いますけど、
東ざわりという、音を響かせる器具を
三味線につけることがあります。
だけど、私はそれはしないで、
正しい音の高さで、正しいツボの位置を
自分の耳で確かめながら会得していくのが
いいと思ってるんです。
津軽 耳から覚える。
おけい そうです。
譜面をいくら読めたって、
理論がいくらわかったって、
それはそれ。
こうして「サシ」でやって、
「この音はどういう音になるのかな」
と、耳をたよりにやっていくことでしか
できないことがあるわけです。
そうしている人は、
(おけいさん、ミッキーマウスマーチの
 一節を弾く)
こうやって、
いろんな曲のオーダーがあっても
応えていけます。
ジングルベルでも、ミッキーマウスの唄でも、
譜面にすると、きっと
いま弾いたような譜割りには
なってないでしょうね。
だけど、耳から聞くと、こうなんです。
本願寺 なるほどなぁ‥‥。
おけい この音楽を三味線で置き換えるには、
自分の3本の音でどのへんを使うんだろう?
お囃子さんがそこで
「その曲はどういう曲だったかな?」と
イメージを持てるかどうか、なんです。
三味線には、これだけの棹の長さがあるから
それができるんですよ。

おけいこのようすを、
動画でごらんください。
(つづきます)

即興弾き

寄席では、落語のほかに
曲芸、独楽、奇術、紙切りなど
さまざまな芸が登場します。
このBGMとしても、囃子は演奏されます。
とくに、紙切りでは、
お題に合わせて曲を弾くことも
要求されます。
三味線の棹の中で表現できる音階を
すぐにイメージして弾くことができるか、
また、そこにいるメンバーが
ひと息でそれに
合わせることができるかが勝負。
お囃子さんのセンスが問われる瞬間です。


2010-05-11-TUE