カレーライスの正体
第12回
日本のカレーをおいしくする
7つのテクニック(1)
2017.4.23 更新
# 日本独自のカレーの作り方

 150年の歴史の中で、日本のカレーがどれだけ独自の手法で進化を遂げてきたのか、具体的に実感している人は少ないだろう。そもそもそんなことに興味のある人がどれだけいるかわからない。目の前においしいカレーがあって、お金を払えばそれを食べられるということが重要なのだ。あるカレーを食べた時にそれがそのおいしい味わいにたどり着くまでの軌跡を振り返る人がいたらそっちのほうが変だ。

 しかも我々は、長年、少しずつ進化し続けているカレーを継続的に味わっている。ある意味、成長を間近で見ているわけだが、その分、変化に気づきにくいということもあるだろう。20年ぶりに同窓会で再会すれば、「お互い老けたよなぁ」なんて感慨も生まれるだろうが、毎年のように会う友人なら「いつまでも変わらないね」と思うのと同じだ。

 日本のカレーは少しずつ進化してきた。それが150年続いたわけだから、昔と今を比べれば相当な変化を遂げたことになる。まるで別物になったようなものだ。じゃあ、具体的にどこがどう変わったのだろうか。日本でカレーをおいしくするために重要とされているプロセスは、色々とある。

1. 玉ねぎをアメ色になるまで炒める
2. ブイヨンをひく
3. 長時間をかけて煮込む
4. スパイス30種~40種をブレンドする
5. カレー粉と小麦粉をオーブンで焼く
6. 隠し味を駆使する
7. ひと晩、寝かせる

 大事なことは、これら7つのプロセスは、すべてが日本で独自に生み出された手法であり、日本のカレーでしか重視されていない。意外に思えるかもしれないが、インドその周辺諸国をはじめ、世界中に存在するカレーにおいて、僕の知る限り、この7つのポイントのどの一つをとってもことさらに重視する傾向は存在しない。カレーをおいしくするために日本人だけが良かれと盲信しているのだ。このことは突き詰めれば突き詰めるほど頭は混乱する。気を付けなければ夢に出てきてうなされてしまいそうだ。

# 玉ねぎはなぜアメ色になるまで炒めるのか

 まず、玉ねぎをアメ色になるまで炒める行為について。日本のカレーつくりにおいてこのプロセスは神格化されている。ここを避けて通れない。大量の玉ねぎをみじん切りにしたりスライスしたりして、中に含まれる水分を80%~90%ほど脱水していく。それも弱火でじっくりと時間をかけて。10個の玉ねぎを切って気の遠くなるような炒め作業を続けた結果、出来上がる炒め玉ねぎの容積は玉ねぎ1個分にまで減るわけだから、その状況だけを客観的に見たら虚しくなるだろう。

 ただ、その結果、ジャムのような甘味が生まれ、これがカレーをおいしくしてくれる。玉ねぎは本来、生の状態でも炒めても糖度は変わらない。ただ、辛味や独特の風味など、甘味の実感を邪魔する要素が加熱によって減るために甘く感じられるのだ。要するに、玉ねぎを加熱しても甘味が強くなるわけではないが、甘味を感じやすくなるというわけだ。

 それならば、そんなに頑張って玉ねぎを炒めなくても砂糖やはちみつを加えればいいじゃないか、と思う人がいるかもしれない。玉ねぎを炒める時に砂糖を加えて一緒に炒めるとアメ色になりやすい、と主張する人もいる。それらはどちらも違う。砂糖を加熱したときに起こるのは、キャラメル化である。玉ねぎを炒めた時にも同じキャラメル化は起こっている。

 ただ、それとは別に、メイラード反応というものも起っているのだ。メイラード反応は、たまねぎに含まれる糖質とアミノ酸の両方が化学反応を起こしておいしさを作る。肉を焼いたときに表面がこんがりして、生肉にはなかったおいしさが生まれるのと同じ原理である。この反応が重要になる。

 ちなみにインドでは、玉ねぎをアメ色になるまで炒めない。表面をこんがりさせてメイラード反応は起こしているが、玉ねぎの中に潜んだ水分までを飛ばしていくような作業はしない。結果、脱水は50%にも満たない例がほとんどだ。フライドオニオンを使うレシピはよくあるが、日本人の炒め玉ねぎ作業とは似て非なるものである。

……つづく。
2017-04-23-SUN