東京カリ〜番長・水野仁輔さんが選ぶ カレーの思い出。
#その15
こんにちは。
カレーの取材をするため、
ロンドンに滞在し始めて3か月になります。
ロンドンでは、日本のカレーのルーツを探しています。
(編集部註:“あしたの『カレーの教科書』
 〜イギリス編”
をどうぞ。)
探し物はなんですか?
見つけにくいものですか?
そう、とっても見つけにくいものなんです。
日本のカレーはイギリスから伝わったとされていますが、
それがどんなカレーだったのかを
明らかにした人はいないんですね。
不思議なことだとあるとき、ふと思ったんです。
これだけカレーが好きな日本人が、
生みの親とも言えるカレーについて詳しく知らないなんて。
だから、ロンドンにやってきました。
でも、見つからないんです。
はじめから、見つからないだろうと予想していました。
イギリスでは廃れて消えてしまっているというのが
僕の仮説だからです。
見つかれば仮説は崩れる。
見つからなければ仮説は立証される。
探しに行って見つからないほうがいいなんて、
変な取材です。
さらに手がかりをつかもうとあれこれ探っているうちに
カレーという存在そのものが
僕はわからなくなってきました。
インドからイギリスに伝わったカレーは何なのか?
イギリスから日本に伝わったカレーは何なのか?
そもそもカレーとは何なのか?
様々な人に会って話を聞いたり、
大英図書館にこもって
連日調べ物に明け暮れたりしてますが、
謎は深まるばかり。
正体を知りたいカレーを探しに行って見つからなくて、
意図しなかったの謎に包まれて途方に暮れる。
完全に予定が狂ってますが、異様に充実しています。
それで思い出す言葉があります。
将棋ファンの僕が大尊敬する羽生善治棋士の言葉です。
「青写真とは違う自分になっていたい」
苦しく楽しい探求はまだまだ続きそうです。

071
完全自炊中年/44歳

僕が子供のころの実家のカレーは、
たぶん「バーモントカレー」を
ベースにしたものだったと思います。
今から考えると、普段ちゃんと料理する母にとっては
比較的手抜きのメニューだったのではないでしょうか。
しかし母には手抜きでも、子供にとってはカレーは特別。
それはカレーがなんといってもカレーだから‥‥
ということもあるけれど、一つには、サラダに必ず
「缶詰のホワイトアスパラガス」が出たためでした。
嫌いなヒトもおられるようですが、僕はあの、
幾分薬くさいような、フニャっとした歯ごたえのあれが、
なにか特別な珍味のように感じられて好きだったのです。
しかしそれも、
市場にグリーンアスパラが出回るようになって、
地位を追われ、いつの間にか顔を見せなくなりましたっけ。
もうひとつは普段の夕食時には決して飲ませて貰えなかった
炭酸飲料、「キリンレモン」(瓶)がカレーの時にだけ
必ず飲ませて貰えたということもあります。
もしかして母にとってカレーは
ある種の「お子様メニュー」だったのかもしれません。
こうして書いていると、今ではもう捨てられてしまった、
黄色いプラスティックの柄のついたスプーンで
食べていたっけなあということまで思い出します。
匂いの記憶は長く残ると言いますが、
カレーはその香りゆえに、
色々な思い出を想起させやすい
食べ物なのかもしれませんね。

カレーの相棒にはいろんなものがありますが、
ホワイトアスパラが好きだったとは、すごい子供ですね。
きっと今でもカレーを食べるとホワイトアスパラが
ふと頭をよぎったりするんだろうなぁ。
僕にとっては、キャベツの千切りです。
2杯目以降のおかわりで必ずトッピングするのが
水野家のルールだったことは、
ほぼ日の鼎談でも話した記憶があります。
自分の家では当たり前だった食習慣が、
ほかでは全く違っていた、という話はよくありますね。
僕にもたくさんあります。
イワシやシシャモなどの焼き魚は頭を残すと怒られました。
エビの尻尾も残すと怒られたから、いまだにみんなで
エビフライを食べたりすると、
僕だけ器の中に何も残りません。
隣の人の器の中に残ったエビの尻尾を見て、
ああ、水野家のルールだったなぁ、
と懐かしく思い出します。

072
きゆせろ/女性/38歳

実家がお店だったため、
お店の人も含めて10名以上の大家族でした。
カレー、おでん、煮込みうどん、ラーメン、
何もかもドラム缶のような大鍋に
ナミナミ作っていましたが、
母親がレトルトは食べさせない! 
というポリシーの持ち主で、
カレーは常に小麦粉を炒めてカレー粉を投入し
ルーから作る、という物でした
(今思うとカレーというよりカレー風味の
 あんかけとシチューの中間のような料理でしたが)。
中学生の飯盒炊爨の時に、カレー鍋の係りになった私は
自宅のドラム缶鍋(家ではそれがカレー鍋です)を
持ち出し、あまりの巨大さ(当時の身長の半分くらいの
高さがあったと思います)に班の皆は沈黙、
さらに忙しい自宅では
小学生から食事当番に組み込まれていた為、
一応一通りの食事は作れるのに、
“カレールー”というものを見たのが生まれて初めて。
その使い方どころか、
その食品の意味がわかりませんでした。
結果、カレールーを使ったカレーという、
この世で一番簡単な料理の一つであろう料理に惨敗し、
ものすごく不味い食物が出来上がりました。
たぶん鍋の大きさに比べてルーの量が
圧倒的に足りなかったんだと思います。
とても食べられず、私たちの班は、別の班の残飯カレーを
分けてもらって食べましたのですが、私にとっては
カレーの定義は、母親独創のなんちゃってカレーがカレー。
レトルトのカレーは、今まで食べていたカレーと
似ても似つかぬ初めての味。
カレー??? ルー??? 
他の班に恵んでもらったカレーを食べながらも、
美味しいけどこれはカレーじゃないよねぇ?
と訊いたのですが、クラスメートには
質問の意味すらわかってもらえませんでした。

カレーで惨敗とは、ずいぶん大変な体験をしましたね。
「美味しいけどこれはカレーじゃないよねぇ?」
という反応は、
インド人が日本のルウカレーを食べた時と全く同じです。
市販のルウで作るカレーって、おいしいんです。
だって、日本人のおいしいと思うポイントを
長年にわたってあれこれと詰め込んで来た結果ですから。
ただ、それが料理としていいかどうかはまた別問題ですね。
子供のころは、毎日でもいいから食べ続けたい! 
と思っていたあの味ですが、
大人になってからはほとんど食べません。
ただ、ときどき食べると、言葉が出ないほど、
しみみじと、うまいなぁ、と思うんですね。
これはもう、記憶の味。脳のどこかが
反応してるんだと思います。
習慣的に食べ、すりこまれてきたあのカレーの味が。
カレー粉と小麦粉を炒めたカレーは、それはそれで、
僕にはない、すごく羨ましい記憶の味です。


073
いちひさ/女性/32歳

専業主婦で料理好きな母に育てられたので、
大学進学で一人暮らしするまで、
外食はほとんどしませんでした。
家で食べるカレーは、ゴロゴロ大きなジャガ芋と
ニンジンに牛肉、煮溶けたのはタマネギだけ、が当たり前。
19歳の時、はじめてレストランで
出てきたカレーを見てびっくり!
なにこれ? 具がないよ?
なんて手抜きなお店なんだ(怒)。
ぼったくりか? こんな大量のルー部分を野菜なしで
どうやって食べれば(涙)。
そんな思いが頭を駆け巡りました。
それから数年、外食でカレーを食べなかったのですが、
最初の衝撃を乗り越えて再会した
外カレーは美味しかったです。
最近、会社近くのバーがランチに出すカツカレーを
毎週食べてます。
ルーにはやっぱり具がないです。
外カレーと家カレーは別の食べ物ですね、私の脳内では。

外カレーと家カレーは別物です。
何が別なのかというと、たぶん、
お金を払うという行為があるかどうかの違いが
一番大きいんじゃないかと思います。
家カレーだって、お金を払って材料を買って
手間をかけて作っているんですけどね。
食べた後に支払う、というこのふたつの行為が
直結していると、
家とは違う特別な付加価値が欲しくなるんですね。
そして、不思議なことに、具のない、もしくは、
具が単品でシンプルなカレーというのは、
外カレーでは付加価値とみなされることが
結構あるんですね。
「きっと、(家ではできないくらい)具が煮溶けるまで
 煮込んであるんだろうなぁ」
という好印象につながるんですね。
自宅で作るカレーに家族から値段をつけられて、
食後に支払ってもらうシステムを導入したら
ドキドキするでしょうね。
でも、たまにやったら
お互いに適度な緊張感があっていいかも。
「前回のカレーが高く売れたから財布に余裕があって、
 お母さん、今日のカレーにはブランド牛の肩ロース肉を
 入れちゃったわ」
なあんて。


074
最近自分で作る(ルーの)カレーが激まずい/
女性/37歳

ずーっと親が作るカレーしか食べたことがなくて、
たまたま大学の時、友達が一人暮らししてる家に行ったら、
「カレーが残ってるんだけど食べる?」と言われて、
「食べる!」と言ったら、
自分が今まで食べてきたより
はるかにシャバシャバのカレーが登場して‥‥。
最初見た時、
「うわっ! こんな水っぽいカレー、カレーじゃない!」
って思ったんですが、食べたらミョーにうまくて。
聞いたら、ふつうにルーを使って
作っているらしいんですけど、
なんか、新鮮な感じがするんです。ピチピチしてる。
「一晩寝かせたカレー」っていいますけど、
それから、一晩寝かせたカレーを見るたびに、
はかなげな残念感がふんわり心をただよいはじめました。
そして、どーしてもあのときの「ピチピチなカレー」、
食べたいなー、と思うんですけど。
なにをどうしたらいいのかよくわからず、
あれからもうすぐ20年‥‥
人んちのカレーはうまいっすよね、ほんと。

人んちのカレーはうまいっすねー。
人んちで食べさせてもらってるっていう、
ウェルカム感がいいんだろうなと思います。
そのカレーを鍋ごと家に持ってきて家で食べたら、
たぶん、そんなに感動しない味なんじゃないかと。
ピチピチしてる、と感じて、それから寝かせたカレーに
残念な気持ちを感じるようになっただなんて、
かなりのインパクトですね。
僕も誰かにとってそんなカレーを作ってみたいものだなぁ。
でも、この味の印象も実は、その作ってくれた人の印象に
影響されてる部分もあったりするんですよね。
ピチピチと、かどうかわかりませんが、たぶん、
その友達は、すごく新鮮な感覚を持った人に
見えていたんじゃないでしょうか。
だとすると、僕はまず、
自分自身を磨かなくてはいけません‥‥‥‥。

075
ゆと/男性/30歳

思い出というか、長年のカレーへのこだわりです。
僕は大人になっても、
未だに甘口のカレーが大好きなんです。
あの、謙虚に「未だに」と言いましたが、
「未だに」はおかしいんですよ。
いいじゃないですか、甘口が好きでも。
しかし世間様は、ある一定の年齢に差しると、
「甘いカレーじゃ物足りない」と言い出し始め、
「甘口が好きだなんて、味覚が子供だね」
と人の好みにまで
口を出してきたりします。
僕の中から言わせれば、辛口カレーはカレーじゃない。
「カリー」なんですよ。
辛いから「カレー(かれぇ)」だなんて、
つまらない駄洒落だね。
カリーはカリーで好きなんです。
エスニックなグリーンカリーとか、キーマカリーとか。
ライスじゃなくてナンで食べたりするのも
美味しいと思っていますよ。
ただ、僕にとってカレーはカリーと別の料理なんです。
カレーは僕にとって日本料理なんです!
その辺をわかってほしいんだよなぁ。

カレーはかれぇ。おやじギャグというやつですか。
僕は好きだなぁ。
歳をとったせいでしょうか‥‥(40歳になりました)。
でも甘口のカレーも好きです。
昔からある定番のレトルトカレーなんかは、
たまに無性に甘口を食べたくなります。
確かにカレーは日本の代表的な家庭料理ですね。
カレーが日本の家庭料理だとすれば、甘口がいい、
という意見にも必然性が出てきますよ。
煮ものには砂糖が欠かせませんから。
自信を持ってください!
2014-03-26-WED
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