妻 と 夫 。 01 Ｎさんご夫妻 友だちでも、両親でも、ご近所さんでも、 「妻と夫」を見ていると、 なにかとふしぎで、おもしろいものです。 ケンカばっかりしているようで、 ここぞの場面でピッタリ息が合ってたり。 何でも知っているようで、 今さら「え！」なんて発見があったり。 いつの間にやら、顔まで似てたり‥‥。 いろんな「妻と夫」に、 決して平凡じゃない「ふたりの物語」を、 聞かせていただきます。 不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

──

おふたりが結婚なさったのは、
その、車線越しの再会があってから‥‥。

Ｎさん

３年後です。

22歳のときに、
そうやって、もう一度出会って、
25歳で結婚したので‥‥
でも、結婚しようと思ったのは、
つきあいがはじまって、すぐでした。

──

あの、身もフタもない質問ですけど、
どうしてＮさんは、
いちどお断りした奥様のことを？

Ｎさん

いやあ‥‥何でなんでしょうね。
わからないです。

──

なぜだかわからないけど、
たまに自転車ですれちがう人のことが、
とにかく気になった、と。

Ｎさん

そう、で、おつきあいがはじまったら、
肩肘を張らずにというのか、
一緒にいることが、
とっても自然なことに思えたんですよ。

自分たちにとって。

──

へぇ‥‥。

Ｎさん

当時‥‥犬を飼っていたんですけど、
変な話、親が死ぬと思うより、
なぜだか、
その犬が死んだときのことを思うと、
泣けてくる気がしたんです。

それは、
どっちが大切かとかいう話じゃなく、
自分の素直な感情として。

──

はい。

Ｎさん

でも、その犬がいなくなるより、
妻がいなくなってしまうことのほうが、
つらいことだと感じました。

それが、そのときの素直な思いでした。

──

なるほど‥‥。

奥様

結婚しようっていう話が出たときにも、
「ここから先は、
親よりも一緒にいる時間が長くなるけど、
その相手が俺でいいかどうか、
もう一度よく考えて」って言われました。

Ｎさん

でも、もし結婚してくれるなら、
100歳まで一緒にいようって話したんです。

──

本当にもう‥‥アツアツですね！

Ｎさん

俺は、何の話をしているのか‥‥（笑）。

──

ちなみに奥様、Ｎさんの印象って、
出会ったころにくらべて、どうですか？

奥様

変わってないです。

Ｎさん

だいぶ太りましたけどね‥‥（笑）。

──

長距離ランナーだったんですもんね。

Ｎさん

49キロしかなかったんですよ、当時。
体脂肪率は４パーセントで。

奥様

そのせいか、キリッとした印象で、
最初は、ちょっと怖いくらいのイメージが
あったんです。

まあ、今はお肉もついたかもしれないけど、
わたしのなかの印象は、
あのころから、ぜんぜん変わってないです。

──

陸上部の長距離ランナーで、
交通安全委員会の委員長だったＮさんから。

ちなみに奥様が告白したとき、
Ｎさんに彼女がいなくて、つきあってたら、
どうなっていたんでしょうね。

奥様

きっと、今はなかったと思います。

──

あ、そう思います？

奥様

根拠はないんですけど、そんな気がします。

ですから、高校生のときに
１回フラレといて儲けたなって感じ（笑）。

──

でも、こうして、お話をうかがっていると、
いまやＮさんのほうが、
奥様のことを、
好きなんじゃないかって感じもして（笑）。

Ｎさん

ああ、そうかも（笑）。

奥様

ううん、そんなことないと思うよ。

──

いやあ、すごい‥‥
というか、すごいってことないけど、
すごいって言いたい。

そうなったんですね。
おたがいが、おたがいのことを、
おなじくらい好きになったんですね。

奥様

でも‥‥わたしは、やっぱり、
病気になってからのことを考えると、
感謝しきれないです、主人に。

──

そうですよね、それは。

Ｎさん

別に、妻の病気のことで何かするのは、
わたしは、ぜんぜん苦じゃなくて。

まあ、50にもなって、
惚れた腫れたみたいなことを言うのも、
何とも、アレなんですが（笑）。

──

夫婦というものを考えると、
ふしぎな気持ちになることがあります。

おたがいに別々の場所で生まれ育って、
あるときに知り合って、
まったくの他人なのに、
親より子どもより、
最後まで一緒にいる人になるのが、
となりにいる
血もつながってないこの人かと思うと。

Ｎさん

そうですよね、たしかに。

選んでるし、選ばれてるんですよね。
世界でひとりの人を、おたがいに。

奥様

そういえば、わたしたち、
ふたりで暮らしたことってないんですよ。

結婚当初は実家暮らしでしたし、
そのうちに、娘もふたり、生まれたので。

──

あ、そうなんですか。

Ｎさん

でも、上の娘は就職しましたし、
そのうち、ふたりが自立して出ていけば、
はじめて
ふたりだけの暮らしになります。

──

やっと、って感じですか？（笑）

奥様

ええ、やっとっていうか‥‥
はじめての感覚なので楽しみですね（笑）。

──

でも、ふたりで100歳まで生きるとしたら、
あと50年あるってことですよね。

Ｎさん

そう、まだ折り返し地点なんです。

奥様

よく冗談で、
「わたしはあとに残されるのイヤだから、
先に死んじゃうね」
って言ったりはしてますけどね。

「あとはよろしく！」って言って（笑）。

──

そんな（笑）。

Ｎさん

あの‥‥いつか何かの本で読んだんですが、
「人の死には、ふたつある」んですって。

──

へえ。ふたつの‥‥死？

Ｎさん

何でも、
「ひとつは肉体が滅んだときで、
もうひとつは、人に忘れられたときだ」
って、その本には。

──

ああ、なるほど。

Ｎさん

だから、４年前に１回目の発作が起きて、
３回も
妻の心臓が止まってしまったときに、
あたまをよぎったのは、
「だいじょうぶ、
俺が覚えていれば、100までいける」

──

ああ‥‥。

肉体は滅びてしまうかもしれないけど、
Ｎさんが、忘れなければ。

Ｎさん

そう、だからこの先、遠い未来に、
もし、妻の言うような別れが来たとしても、
俺が覚えていれば、いいんだって。

──

ええ。

Ｎさん

俺が生きていれば、この人は死なないって。