布のきもち。 アートと 手工芸と 量産品の あいだ。  江戸の布・江戸東京博物館 西村直子さん、田中裕二さん篇 HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

第3回 麻と綿、そして羊毛。
── ちょっとお話を戻して、
庶民の着物について聞かせてください。
庶民は、やはり綿のものだったんですか。
西村 江戸以前ですと綿花の栽培は
日本に習慣があまりなかったんです。
外国から入ってくるんですよ。
インドなどから、船で、
輸入作物として来るんです。
── へぇ。
西村 なので、綿は、
歴史的にはそんなに古くはないですね。
江戸──その前の戦国時代、
そのぐらいから入り出したものです。
それ以前は麻の着物を着てたんです、庶民は。
── 庶民は麻なんですか。
西村 麻なんですよ。綿じゃないんです。
今は安いコットンを大量に輸入できますけど。
── 今と逆ですね。
西村 はい、麻って今、高くて、
おしゃれ着じゃないですか。
── そうです、そうです。
西村 ただ、作るのは結構たいへんで、
実際は綿花よりも織るのには手間がかかるし、
保温性はないし、ということで、
綿花が入ってきて、普及するようになったら
麻はあまり使われなくなるんです。
それでも、東北地方などでは、
麻のものを相変わらず着ていたんですけれど。
── あ、そうなんですか。寒いのに。
西村 はい、寒いのに、なんですよ。
── それは、綿が栽培しにくかった?
西村 そういうことですね。
綿は西の方で栽培されます。
日本は、土地としても、気候的にも
ほんとは綿花栽培には合わないんですけど、
それでもやっぱり暖かい方だと育つので、
だんだん商品作物として作られていくんです。
けれども北のほうでは栽培が難しいので、
そちらの人たちは、入手できない。
それで、麻を幾重にも重ねて、着ていたんですね。
── 東北地方に麻に刺繍をした刺し子って、
古いものがありますよね。
西村 ええ、かなり残ってますね。
── あれは今はきれいなもの、
手工芸品として見ますけど、
そもそもは布を重ねたときの
補強のために生まれたんでしょうか。
西村 そうですね、麻は目が粗いですから、
かなり丈夫に作り上げないといけない。
それから重ねることで、
保温力も上がるんです。
── それに装飾性がだんだん加わった?
西村 幾何学模様が特徴ですよね。
繰り返しのかたちが、
今はデザインとしての美しさとして
見られてますけども、
それはほんとに必要に迫られて
始まったんだと思います。
── 補強と保温と、大切に使うきもちと。
そして綿の布が流通するようになるのは
江戸時代から‥‥。
西村 はい、江戸時代になって、
盛んに作られるようになって、
庶民でも着られるようになっていきます。
それでも江戸時代の初めのころは、
若いひとが綿の衣装を着ていると、
最近の者は贅沢だとか(笑)、
そういうこともあったみたいですね。
── 江戸時代にあった布には、
どんなものが他には?
西村 綿の他には、絹ですね。
豊かな町人と武家の方が着る絹。
── 羊毛とかは?
西村 羊毛は、普段着としてはちょっとないんですよ。
生産されてもいないんですけれど、
ところが火事装束に使われてたんです。
── 火事?!
西村 はい。大名が火事のときに着る
火事装束というのがあるんですよ。
── へぇー!!
田中 火事のときに着る衣装。
── 火事のときにわざわざそれに着替えるんですか?
西村 そうそう、陣羽織のような感じですね。
そういうところに、羊毛が使われました。
羅紗(らしゃ)っていうんですけど、
フエルトのようなもので、織りものではない。
もちろん燃えにくいということなんですけれど、
そういったハレの舞台というか(笑)、
そういうときに着る。
── 火事と喧嘩は江戸の華、なんて言いますものね。
火消(ひけし)たちを差配したりとか、
そういうときのボスキャラの衣装としては
とってもよさそうですよね。
田中 赤とか、藍色とかの感じで、
わざわざ派手に、火事場でも目立つように。
西村 そう、色も派手ですね。
田中 大名火消は特に。
西村 町火消は木綿なんですよ。
厚地の木綿。
田中 刺子半纏(さしこばんてん)ですね。
── その刺子も生地を厚くするための工夫ですね。
西村 厚くして、丈夫にして、はい。
── 重かったでしょうね。
西村 ずっしり、ですよね。
で、また、その上で水をかぶりますから。
田中 刺子半纏も結構派手な柄があったりしますよね。
西村 そう。表はちょっと派手にできないんだけれど。
田中 裏が、学ランとかで裏に龍があったりするような。
西村 (笑)。
田中 それにちょっと近いものがありますよね。
── 何か男の人の仕事着って
意外に派手だったりしますよね。
漁師さんの半纏なんて、大漁旗みたいな。
西村 勇壮な感じの大柄な絵が描かれてるみたいな。


2012-02-15-WED

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