吉本ばなな&糸井重里 対談
ほんとうの
おとなになるために。
第3回
感受性は呼吸の中に入ってる。
吉本
海の宿にいて、15人くらいのおとなが
みんなダラッとしてる。
なのに糸井さんが入ってきて
ちょっと声を発すると、
みんながちょっとピシッとなるんです。
それは、緊張するとかじゃなくて、
その人たちのいいところが出てくるという感じ。
とても印象に残っています。
糸井
それは、まほちゃんが
子どもとして、そう思ったの?
吉本
うん。
「あ、すごい。おとなが変わった」と思いました。
糸井さんが有名だから気を引きたいとか、
そういうんじゃなくて、
つられて、ちょっとシャッとなる感じ。
糸井
ということは、俺がシャッとしてたってこと?
吉本
うん、そうだと思います。
糸井
可笑しいなぁ(笑)。
吉本
でも、そうだったんですよ。
糸井
うん‥‥じつは、それと似たことを
お父さんに言われたことがあります。
それは、「そらさない」という言い方だった。
糸井さんは「そらさない人」ですね、と言われました。

「そらす」ってのにはいろんな意味がある。
「はぐらかす」という意味もあるし、
「人の気をそらす」という意味もある。
それを両方兼ねた意味で、
「糸井さんはそらさないんですね」と
吉本(隆明)さんがおっしゃったんです。
吉本
はぁあ、なるほど。
糸井
そのときもよくわかんなかったんだけど‥‥
つまり俺は人のいる場所に
「社会」を持ってきちゃう、ということなんだろうか。
吉本
いや、そういう意味じゃなく、あくまで、
みんなの中の「ちょっといいところ」が
「ちょっと」出てくる、という感じなんです。
いっぱいじゃなくて、
「ちょっと」なんですよね(笑)。
糸井
それは、すっごくうれしいですね。
吉本
うん。それが活気を生んでいくんだと思う。

糸井さんの会社って、前はもう少し
クローズドだったでしょう?
べつに前が悪かったんじゃなくて、
そういう時代だったから、
内向的な人が多かったと思う。
糸井
そうですね。
吉本
それが「ほぼ日」をはじめて
会社がオープンになりはじめたとき、
「あ、きっとそういうふうになるんだ」
と思いました。
糸井
あぁ‥‥人って、
意外と遠くから見てるんだね(笑)。
吉本
はい、遠くから見てます(笑)。
みんながちょっとずつ
いいところを出し合ってる感じが、
「あ、あのときの、
 海の宿で起きてたことと同じだ」
と、「ほぼ日」について、いつも思う。
糸井
うれしいなぁ。
大プレゼントをもらったような気がします。
吉本
糸井さんのもってる宝物みたいなものは、
そこだと思ってます。
ちいさいときからずっと、そう思ってました。
糸井
ちいさいときからそんなふうに(笑)。
でもそれ、いったい何なんだろうなぁ。
ぼく自身が日曜日の午後にゴロゴロしてるときには、
その気配はきっとないと思うんですよ。
吉本
うーん、いや、あると思います。
糸井
そのときもあるんですか(笑)。
吉本
あると思います。
だって、海でも、糸井さんはべつに
ゴロゴロしてたし。
糸井
あ、そうだね(笑)。
吉本
娘さんが
「お父さんが寝てるから退屈」とか言って、
私たちのとこにやってきたりして。
糸井
そうだね(笑)。

そういえばぼくには、「海」で
娘に関する想い出がひとつあってね。

宿に泊まって、朝方、寝てるでしょ?
娘は部屋で自分だけが目を覚ましてるんだけど、
ひとりで海に行くこともできないし、
ぼくを起こしても悪いと思って、
ひとりで天井を見ながらちいさな声で
歌をうたってたんです。
吉本
キューン(笑)。
糸井
ぼくは悪いなと思ってたんだけど、
まだうとうとしたりしててね(笑)。
でも、起きなきゃな、と思って起きる。
「行こうよ行こうよ」と言われても、
きっとぼくは動かないんです。

さっき話に出た
まほちゃんが吉本さんから受けついだという
「好み」で言うと、
ぼくは要求されるものに弱いんです。
我慢してる人がいて、こっちが気づいて、
「それはこうしなきゃ」って思うほうが、できる。
そういうのが、好みといえば好みです。
「要求すればもらえると思ってるのが甘い」
って、思っちゃうのかなぁ。
吉本
うーん‥‥いまは、要求する人が
多いんじゃないでしょうか。
糸井
うん、多いね。世の中全体に多い。
吉本
だからじゃないでしょうか、
糸井さん、うんざりしてるんですよ。
糸井
でも、それはみんながあらゆる場面で
「要求したほうがいいですよ」
という教育を受けてきたことが影響してるでしょう。
吉本
うん。
「ダメもとで言ってみたらどうですか?」
っていつも言われる。
糸井
「お互いにはっきり言い合いましょう」
とも言われるね。
でもそうやってほんとうに言い合ってたら、
家なんか一軒も建たないですよ。
日あたりひとつとっても
「こっちはこのくらい我慢するよ」という話をしないで
「お互いに思い切って、言わなきゃだめだよ」
という教育を受けているから、
思い切って言った結果、そのままになってる。
まほちゃんは、要求云々はしないね。
吉本
あんまりしないかも。
糸井
叩かれたら「痛い」って言う、
という感じはするけど。
吉本
昔はあったけど、それも
おばさんになったらなくなりました。
デリケートな面がなくなったので。
糸井
あぁ、いいね。
吉本
すばらしい。年をとるってすばらしいです。
糸井
デリケートでいることって
ある時期には自慢だったりするから。
吉本
うん。まわりもそれを私に要求してきましたし。
糸井
あぁ。そうだよね。
吉本
「あんなデリケートな文章を書いてるんだから、
 デリケートな人物でいてください」
という要求はいっぱいありました。
自分でもそうなのかなと思ったときもありましたよ。
糸井
そうなんだ(笑)。
過剰に「デリケートじゃない」ぶる必要も
ないけど、いいね。
今回のまほちゃんの本には
デリケートとか感受性について
とりたてて触れてないね。
吉本
触れてないです。
でも、子どもには、デリケート、あって当然だから。
糸井
あって当然、そうそう。
感受性は、呼吸の中に入ってますからね。
吉本
うん。
(つづきます)

2015-12-14-MON