肉体言語で考えてごらんよ。安宅和人×糸井重里
安宅和人さんをお迎えして、
糸井重里と10年ぶりに対談をしました。

ヤフーやLINEといった会社をグループ化した
Zホールディングスで働き、
新人を積極的にチームに入れている安宅さんは、
同時に慶應義塾大学で学生に指導することも。
デジタルネイティブないまの若者を
よーく見てきた安宅さんと、
これからの時代の若い人の生き方について
糸井重里とたっぷり語り合いました。

ITの世界でデータを扱う安宅さんですが、
ご本人の育ち方は正反対な、自称「野生児」。
全身を使って体験してきたことが、
いまでも役に立っているそうですよ。
※この対談を動画で編集したバージョンは

 後日「ほぼ日の學校」でも公開します。
(6)疎空間と密空間。
糸井
ぼくはいま、地方に興味を持っていて、
都市と地方を行ったり来たりできる
時代なんだってことを、
なんだか忘れている気がするんですよ。
安宅
JINSの田中さんがやっている、
前橋の町おこしを手伝っていると聞きましたよ。
糸井
田中さんといっしょにやってることは、
そういうことなんでしょうね。
安宅
ぼくも群馬の山奥でいろいろやってましてね。
「利根沼田地区」っていう
利根川の源流地域なんですよ。
糸井
ほおー、よさそうですね。
安宅
みなかみ町、川場村、片品村、沼田市、昭和村という
5つの市町村があって、
そこがどれもいいところなんです。
ただ、このままいったら
都市にしか住めない未来が来ると思っていまして、
何らかの形で解決をしたいんです。
人口密度50人以下の「疎(そ)」な空間を、
「疎空間」とぼくらは呼んでいるんですけど。
糸井
疎空間!
安宅
そう、都市と地方じゃなくて
我々の区分では都市と疎空間なんです。
疎空間でも経済が回るようにして
空間価値を落とさないように、
むしろ価値を上げるようにできないか
という運動をやっているんですよね。
最初の実験地として利根沼田地区からはじめています。
糸井
安宅さんが『シン・ニホン』の本を書いてからの
具体的な活動をされているんですね。
ああ、興味あるなあ。
クルマを持っている人が少ない時代だったら、
疎空間には行くだけでも大変でしたよね。
でも、いまの都会は「密空間」ですから。
写真
安宅
超密です。
糸井
密空間のよさっていうのは、
人手がすぐそこにあることですよね。
売りたいと思ったら買い手がいる。
買いたいと思った売り手がいる。
その近さが密空間の素晴らしさなんだけど、
疎空間では、人のいない空間に
自分が考えなければならない問題が含まれています。
疎空間と密空間では問題の種類が違うんです。
ただ、人類の体は疎空間の時にできている。
安宅
ああ、間違いないです。
糸井
だから、肉体ができた歴史っていうのが
密空間になったからといって
肉体を急激に変化させるわけにはいかないんです。
安宅
なるほど、それで混乱に陥っているんですか。
糸井
そう、陥っている。
っていう風に考えてみると、
密空間で稼ぐ方法があったり、
自分の時間に自由が作れることを前提にするならば、
時間の流動を作ればいいんですよね。
それは養老孟司先生のおっしゃっていた
参勤交代に近くなるんですよね。
つまり、都市と地方とに
ふたつの住処を作るといいということです。
安宅
ああ、たしかにぴったり!
糸井
昔だったらふたつも家を持てないよって
言われていたんですけど、
持つ方法を考えればいいわけだから、
行政もそういう風に動くしかないと思うんですよ。
東京にいる人も疎空間にいる人も、
その間にある前橋のような街にいる人も、
それぞれの地域が全部
あった方がいい場所としてありますよね。



昔の人の発想では「ここにしか住めない」でしたが、
その発想をどう脱することができるかが
これからの新しい暮らし方じゃないでしょうか。
そう考えると人間が肉体も取り戻せるし、
近くに人間がいることで得られるものもある。
ネットで繋がってすぐ隣に
ニューヨークの人のお話は聞けますし。
なんでも同時にできて、
「いまは、どこにいたい時間なの?」
という考え方ができるようになっていますよね。
どちらにしても、肉体は昔のままですから。
安宅
一連の議論の核心に到達しつつありますねえ!
我々は疎空間で肉体が生まれ、
その実態なのに密空間で生活していると。
糸井
情報の話もそうですけど、
肉体の話について極端なことを言うと、
すごい役者って食堂のメニューを読んでも
人を泣かせられるっていう言い方があって。
誰かが言い出したんだと思うんですけど、
役者が感情を込めて「カツ丼」って言うと
「うわあっ、カツ丼かーっ!」ってなる。
ちょっと想像できませんか。
安宅
わかります、わかります。
糸井
でも、そこにはカツ丼という文字しかありません。
カツ丼をよく知っている人なら
想像することでよだれを流すことはできます。
でもカツ丼、ラーメン、チャーシュー麺っていう、
その音律というか、リズムと声の質で、
なんだかいい話を聞いたような気がする。
安宅
そう受け取ったならいい話なんですよ、たぶん。
糸井
もっと言えば、
ぼくらはビートルズの英語がわからないのに、
いいなあって言ってきたわけですよ。
イーグルスの「ホテルカリフォルニア」って歌が
すっごい暗い歌だってことも知らないで、
ホテルカリフォルニアいいぜ~って歌だと
思っていましたからね。
人の心や肉体に届いている部分って、
意味よりも、火を見たときの感動みたいな
肉体感なんじゃないかって思うんです。
これ、安宅さんがいま考えていることと
相当に重なっているんじゃないでしょうか。
安宅
ええ、重なっていますねえ。
ぼくは糸井さんが生み出されてきた莫大なことばに
多大な影響を受けながら生きてきました。
多くのことばはなぜか届かないのに、
糸井さんのことばは届いたわけです。
糸井
ああ、それは嬉しいです。
安宅
なぜか、すごく届くわけですよ。
ぼくの高校生ぐらいのときに
「おいしい生活」や『TOKIO』がありました。
どうして心に届くんだろうって考えてみると、
糸井さんがことばに重さを込めて
使われていたこともありますけど、
技術を超えた込め方が違ったんだと思うんですよ。
だって、技術はみんなが持っているのに、
ほとんどの人のことばは
そこまで響いてこなかったわけで、
そのあたりってどうされていたんですか。
写真
糸井
技術は必要ではあると思いますし、
ぼくの中に無意識の技術はあったと思います。
ただ、届くとか届かないとか心が動くっていうのは、
ぼくが上手なわけじゃなくて、
作家や詩人といったアーティストたちは
ぼくなんかよりずっと届くものを
持っているんだと思うんです。
ただ、ぼくの場合は
ことばを届ける商売だったんですよね。
届くか届かないかについて、
ある種、専門の業者だったんだと思います。
安宅
そう思いますし、その通りだと思うんですけど、
私の感じたものにはそれ以上の貫通力がありました。
「意味がわかる」を超えているんですよ。
糸井さんのことばは射程距離が長くて、
遠めのところに打ち込まれたんです。



何年か前、落合陽一くんと話したあるときに、
子どもや若い人に与えることばっていうのは、
鍼治療みたいだっていう議論をしたんです。
非常に深く鍼を打ち込むと、
20年後とかに「あっ!」となるという話で、
ふたりで盛り上がったんです。
糸井さんの作られてきたことばっていうのは、
鍼治療と同じなんですよね。
商業的な文脈であるにも関わらず、
遠くに打ち込まれているから
いまでも残っているんだと思います。
糸井
うん、うん。
安宅
広告の文章っていうのは、
もっと目先の変容を求めると思うんです。
ところが糸井さんの場合、
社会にずっと共鳴音みたく残りやすいのは
どういうことなんでしょう。
糸井
それは安宅さんのところに届いて
響いたものを例に出しているからで、
ぼくが作ったコピーの中にも届かなかったし、
ダメだったものはいっぱいあるんですよ。
うまくいったケースだけを語っていただいているんで、
そう見えているんじゃないかなあ。
安宅
そのうまくいったケースは、
相当遠く、かつ持続的射程をもって
打ち込まれているんだと思うんです。
糸井
いまだとお笑いの人たちのことばですよね。
特に松本人志さんみたいな人が
ボツンと言ったことって、
想像した文脈じゃないところに置きますよね。
「あ、そっちの方がおもしろいんだ!」
というとこに連れていきますよね。
問いかけのフィールドそのものを変えて、
別のフィールドを作ることによって、
「あっちは野球場だったね、これサッカーだけど」
みたいなことをしているんです。
安宅
ギリギリつながるようなパスをスッと出す。
糸井
まさしく、最初に話していた安宅さんの
「問題はどこにあるんだ?」
ということだと思いますよ。
以前、松本人志さんが
全国お笑い共通一次試験っていうのをやっていて、
ぼくも誘われたんだけど、本当に難しかった。
「4Bや5B、6Bよりも濃い黒い鉛筆は?」
という問題で、ぼくだっていい答えを出したいの。
で、そのうちの答えのひとつが
素人が考えたもので「鬼B」だったんです。
それ、負けるでしょ?
安宅
いやぁー、「鬼B」いいですねえ。
糸井
くやしいんですよねーっ。
ぼくだって「鬼B」に会いたかったですよ。
そんなんだらけなんです、世界って。
ぼくはその人たちにずっと
コンプレックスを感じながら生きています。
「鬼B」が作りたいと思いながら、
それがなかなかできなかった。
ぼくにいちばんできることは、
こうして誰かとしゃべりながら、
今までなかったものを
いっしょに「ここかな?」って言いながら
置いていく仕事がいちばん好きなんです。
安宅
その距離感が達人的なんですよねえ。
(つづきます)
2023-05-24-WED