「遊ぶ広報」が目指すがんばらない観光地 「遊ぶ広報」が目指すがんばらない観光地
世界遺産:石見いわみ銀山で、
その土地に根ざした暮らしをしている松場忠さんと、
風のように全国を飛び回っている紀陸武史さん。
まちの人も、訪れる人も、これから来る人も、
たのしみになるような
仕組みをつくったふたりに話を伺いました。

まちおこしは誰かががんばりすぎると、
つかれてしまいます。
がんばらない観光地は、日本各地を救う気がします。

担当は「ほぼ日」下尾(しもー)です。
第1回 がんばらない観光地を目指して
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──
石見銀山で新しい取り組みをされている、
松場忠さんと紀陸武史さんにお話を伺います。
まずは、それぞれ今まで、
どんなことをされてきたんでしょうか。
松場
僕は妻の実家のある石見銀山の群言堂に勤めています。
豊かな自然と、なつかしい町なみの残る地に根を下ろし、
「生き方、暮らし方」そのものを提案するような、
ものづくりを続けています。
紀陸
僕は、自分らしい旅の体験を通して、
自分らしく生きる素晴らしさを
世界中の人に提供したいという思いから、
株式会社Huber.を設立し、
ガイドで世界がつながるようなことができないかと、
風のように全国を飛び回っています。
──
そんなおふたりが、ご一緒に仕掛けられている
島根県にある石見銀山ですが、
2007年に世界遺産に登録されました。
そこから、たくさんの方が
訪れるようになったんでしょうか。
松場
一時的にオーバーツーリズムは起こりましたが、
コロナもあり、今は落ち着いています。
ただ一方で、人口が減少していく中で、
僕らは移住してもらえるような
まちづくりを考えたいと思っていました。
その土地に根ざした人間としての視点と、
紀陸さんたちの、日本各地を巡っている
風の人としての視点が、風土として
混ざっていけばいいと思ったんです。
紀陸
ガイドって旅の体験価値をものすごく
ふくらませる要素を持っているんです。
まちを本当に好きにさせる力があるので。
一方で地方は人が流出することに困っている
ということに気づいて、ガイドの体験を
移住やまちづくりに転用できたらいいなと考えました。

ただ地方で地元の人と、外の人が仲良くなるには
定期的に外から人が来て交流する機会と
それを促す仕組みが必要だと感じるようになりました。
──
一時的な交流だと、
点と点で終わってしまうということですね。
紀陸
そうなんです。
そんなとき、ちょうど地域おこし協力隊の
インターン制度という2週間から3ヶ月滞在をする、
お試し移住の枠組みが、総務省から出たんです。
──
その枠組みを使って、
具体的には、どのような仕組みを
つくられたんでしょうか。
紀陸
「遊ぶ広報」という仕組みです。
ルールは3つ。
・13泊14日で、まちに滞在していただく。

・地元のガイドが案内するツアーに参加する。

・まちの魅力をSNSで発信する。
そうすると、滞在補助費が出ます。
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──
なぜ2週間だったんですか?
紀陸
たまたまその制度が
2週間からがスタートだったんです。
まずはそれに合わせてみようと始めました。
松場
僕も最初は2週間も
滞在してもらえるのかなと思ったんですが、
ダメだったら一緒に大田市に
謝ろうと覚悟を決めてはじめました。
──
すごいですね。
でも2週間って微妙に長くないですか?
紀陸
でもそれがすごいポイントなのだとわかりました。
13泊14日って、旅行者気分が抜けて、
単なる観光や旅行じゃなくなるんですよ。
松場
もう少し、暮らす準備をはじめるんです。
食材はどこで買おうとか、
調味料はどうしようとか、
ずっと外食だったらつらいよなとか、
移住するつもりはなくても
まちに、ちょっと移住した気持ちになるような、
ちょうどいい体験ができます。

地域を知るには長く滞在することで
感じられる空気や人との交流があると思うので、
結果的に2週間というのは、
それをフレッシュに感じられる、
マジックスケールのように感じています。
紀陸
訪れる方は2週間滞在ができる方で、
20代から40代がほとんどですが、
これは移住の潜在層なんです。
とっかかりを探していた方も多く、
実は行き先を求めていたこともわかりました。
──
やってみた結果、
わかったというところも、
おもしろいですね。
紀陸
本当にびっくりしました。
「50人来てくれた!」って。
松場
50人の13泊14日は、
宿泊数でいうと650人泊を
ひとつの地域に生み出すので、
少しずつ、地域づくりが変わっていくんですよ。

観光って今、どんどん高付加価値化して、
例えばラグジュアリーホテルをつくろうとか、
単価の高い1泊2日を提供しようというやり方を
地方でも推進しています。

1泊2日で5〜10万円、
これからは20万円とかの
宿泊体験も出てくると思います。
そうすると、それだけのことを
やらなきゃいけなくなっちゃうんですよ。
──
お金が高くなればなるほど、
支払った分のサービスを受けたい
と思うお客様が増えてしまいそうですね。
松場
でも、そっち側って、
ものすごくパワーゲームになっていくというか、
強い人たちが勝っちゃう世界になっていくんです。

一方で地域というのは、
そういうわかりやすい贅沢じゃなくて、
長期滞在型の宿泊をすることで、
もっと身近な「生活観光」という贅沢を提供できます。
暮らしぶりを観光してもらうという
観光地経営モデルを生み出せると思っています。
──
そういえば観光地に行くと、
のんびり過ごすよりも、
どれだけ名所を回って帰れるかを
考えがちかもしれません。
松場
とかく日本の観光は
スタンプラリー型になっていて、
全部がエンタメ化してしまうんです。

それよりは砂浜でゴロゴロしていた3時間とか、
温泉に行って1日数回出たり入ったりして
ゆったりすごした1日とか、
もっと「過ごす」ということをキーワードにした
カタチに変わっていかないといけないと思います。

エンターテインメントが必要な場所は
実はそんなに多くなくて、
より地域に根差した文化や価値観が、
ちゃんと伝わる仕組みや社会になっていくと、
もっと地方って元気になるんだろうなと、
すごく思います。
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──
泊まりに行く人の目線からすると、
13泊14日行くと滞在補助費が
もらえるということですよね?
いくらぐらいもらえるんでしょうか。
紀陸
1日5000円で、
14日間の滞在なので
7万円です。
──
そんなに!? すごいですね。
松場
そのまちで
こういう風に使ったよということを
レシートを出していただいて証明できれば、
その分を確実にお支払いします。

その地域の行政からの仕事として
受けているので、ちゃんと地域に
お金が還元できるような仕組みになっています。
紀陸
ちなみに、地域に移住して、
ゲストハウスをオープンしましたとか、
飲食店をオープンしましたとかいっても、
なかなか人が来ない地域に移住しているから、
事業を伸ばすのは、とても難しいんです。

その人が何軒も業態を拡大するという例は、
ほとんどなくて、それは当然のことなんですね。
立ち上がるところまでの仕組みはあるけど、
その先の支援の仕組みがないんです。

ところが、この「遊ぶ広報」の取り組みで、
2週間滞在する人が50人訪れるわけです。
その滞在するお金も支援するので、
それは地域の事業者さんにとっても、
移住したその後の人たちにとっても、
事業支援、ファンづくりの良い機会になるという、
うれしい仕組みになりました。
──
まちおこしと聞くと
イベント型で、まちの人たちが疲れるし、
行く人も繰り返し行くわけじゃないから、
最終的に数年でやらなくなってしまう
というイメージがすごくあったので、
今回のシステムは、みんなうれしくて、
続けられて、いいですね。
松場
みんな、がんばらなくて済む、
というのが大事だと思っていて。
ぼくも、昔はイベントをたくさんやっていて、
繰り返しつづけると、
しんどくなることも知っているので、
イベントを強制化することをやめて、
「がんばらない観光地」をつくりたいですね。

もっと静かだけど、ワクワクしたり、
ゆるやかな化学反応が起きていったり、
じっくりしっかりその地域に根付いていくほうが、
期待値が、変に高すぎたり、低すぎたりせず、
ちょうどいいところにつながっていくと思います。
(つづきます)
2025-09-15-MON