『明日の記憶』とつきあう。糸井重里、樋口可南子さんへのインタビュー。




第3回 みんなのまなざしが、高い。
糸井 排気量の小さい50ccのバイクで
ミーン!!って、飛ばしているような人だから、
ひとつのことをちゃんとできてないと不安だし、
自分にも厳しいし、
きっと心のなかでは
まわりにも厳しい人なんです、余裕がないから。
でも、今回は、そんなかんじがしない。
すごくたのしそうだし、
「まわりが、みんないいんだ」って言う。
樋口 そう。
みんなのまなざしが、高いの。
ほぼ日 まなざしが高い!
樋口 みんなの見てるところが高くて、
しかも、
見ているものが同じなの。
糸井 ‥‥そんなこと、ふつうはないよな。
樋口 ない、ない。
ふつうはバラバラしていたり
「ちょっと、誰か遅れてないか?」
とか、そんなことがあったりします。
本来なら、同じ仕事に関わっているんだから
目線は同じはずだけど、
どうしても微妙に散ってしまうものなんです。
でも、この『明日の記憶』は、
みんなが「見上げて」いる。
糸井 きっと毎日、いい試合をして帰ってくる
選手みたいな気分だったんだろうね。
だから、機嫌もよくて、
自分をも、責めてなかった。
俺はこの人の心のなかまではわかんないけど、
いつもはきっと、いろいろ考えてることが
あるんだろうと思う。
樋口 うん。私は反省型だから
「もうちょっといけたかもな」って
思っていることが多いです。
糸井 意外と反省型ですね。
でも根は明るいから。
樋口 すぐ「ま、いっか!」となってしまうんだけど(笑)。
おふろに入ると溶けるから。
ほぼ日 いろんなものが水溶性ですね(笑)。
樋口 でも、今回はね、
毎日が、気持ちよかった。
糸井 こんなこと、聞いたことないよ。
樋口 いい試合だった。
糸井 撮影にだって、いそいそ出かけてた。
いちど青山でロケがあったよね?
樋口 うん。
糸井 そのときに、
「○○で△時にロケやるんだ」
って、具体的なことを言ったんだよ。
そういうことは、普段はいっさい言わないのに。
だって、来るかもしんないし、俺が。
一同 はははははは。
樋口 「樋口がいつもお世話になっております、って
 あいさつしに行きたい」
とか言うの。
糸井 「じゃ、何時ごろ行こうかな」ってからかって、
いつも、ものすごくいやがれてます。
いろんな人に気を使いながら、
「おかし、あるんですよ」とか、言ってみたいわけ。
ほぼ日 やっかいですね。
樋口 舞台の楽屋に来たい、とか。
糸井 そして、舞台を端からそっと見ている、とか。
あこがれなんだよねー。やってみたい。
ほぼ日 嘘だとわかっていても、いやですね。
樋口 すっごく、いやですよ。
そう言われることだけで、いや。
糸井 なのに今回は、ロケ地を言うから、
びっくりしたんだよ。
状況や行動まで漏らすから、
すごく開放されて仕事してんだな、と
気がついたんです。
話は『明日の記憶』だから、
しんどい物語であることは、
わかっているわけですよ。
撮影だってハードだし。
だけど、自分がどっか行っちゃわないような状態で
帰ってくる。
撮影が進んだときに
「その映画、おもしろいの?」
って訊いてみたんです。そしたら
「たぶん、おもしろいと思う」
と言い出した。
その段階で、ちょっとうらやましくなって
手伝いたくなったんだよ。
樋口 「手伝おうか」なんて
言われたことはなかったから、
びっくりしました。
糸井 そしたらそのとき、樋口さんは、
「それはみんな、喜ぶよ!」
って言ったんです。
自分のこととしてじゃなく、
その映画のチームの一員としてそう言った。
こいつ変わったな、
今回はめずらしいケースだな、と思いました。
やがて、どうやら渡辺謙という人が
ものすごく一生懸命やっているらしい、
エグゼクティブ・プロデューサーとしても
そうとう本気である、という話が聞こえてきた。
樋口 最初、私は謙さんが
エグゼクティブ・プロデューサーだと
知らなかったんです。
だから、
「なんでスタッフ会議に出てるんだろう?」
って思っていました。
よっぽど現場のことが好きなのかなぁ?
段取りも、ものすごくよく知ってるなぁ?
と思ってて(笑)。
助監督よりも、いろんな段取りがわかっていて、
「可南ちゃん、次はこういくからね?」
なんて言うわけです。
ほぼ日 主演と、スタッフ側と
両方やるというのは?
樋口 たいへんなことです。
みんな、自分の役をやるだけでも必死なのに。
まして、あんな役をやりながら、
あるときはポーンとスタッフ側にまわって
「次のセリフはだいじょぶね?
 言いにくいところはない?」
って、訊いてくるんです。
たいへんなのに、それがまた、
苦しそうじゃないの。
軽やかなの。
むしろ、楽しそう。
こんなことを、こんなに
自由にできる人がいるんだ、と思った。
それがね、私みたいな
エンジンの馬力の少ない者にとっては
ほんとうに驚きでした。

(つづきます)

2006-04-25-TUE



(C) 2006 Hobo Nikkan Itoi Shinbun