『明日の記憶』とつきあう。糸井重里、樋口可南子さんへのインタビュー。




第2回 「ただいま」のあとの、樋口さん。
糸井 役に入っちゃうと、
ホテルに泊まったりする時期だって
あったもんね。
樋口 舞台なんかがはじまると、
まあ、舞台は慣れてないこともあったんだけど、
どうしても気持ちの切り替えができないんです。
糸井 「おいらん」のまんまでいたいんだもんな?
樋口 そう。一日暮らしたい。
糸井 いい意味でいいかげんにできる人は、
つまり、切り替えがうまい人は、
器用につづけていけるんだろうけど。
樋口 例えば歌舞伎の人や、
舞台ばかりやってる人は、
ものすごく切り替えがうまいですよ。
出番ギリギリまでスポーツ新聞を見てたりします。
ものすごい心中ものをやっていて、
私は何時間も前から気持ちを入れて
「んもう、がんばんなくちゃ。
 この人とまた新しい一日を」
と思ってるのに
ふと横を見ると、相手役が、
スポーツ新聞を熱心に読んでる!
なのに、舞台に一歩上がると、
一瞬で、す〜っっっごい目して
こっちを見てるわけですよ。
糸井 だから、この『明日の記憶』を撮影してるときには
樋口さんはとうとう歌舞伎の人になっちゃったのか、
と思ったよ。
そのくらい、ちゃんと、
別人格になってない状態で、帰ってきてました。
「ただいま」っていう声がもう、
「樋口さん」なんだよ。
樋口 うん?
いつもちがうってこと?
糸井 うん。いつもは、
「ただいまと言う樋口さんになっている誰か」
なの。
樋口 「戻そうとしている誰か」が
入っているのかな。
糸井 だから、この人は帰ってきてすぐに
おふろに入るよ。
1日に80回くらい入るから。
ほぼ日 80回!
樋口 (冷静に)うそだからね。
でも、その日の仕事をぜんぶ抜かないと、
自分でもだめなんですよ。
お風呂に入んないと、戻んない。
糸井 水溶性なわけよ、「その日の仕事」は。
樋口 溶けるのよ、お湯には。
ほぼ日 ‥‥‥‥はははは。
糸井 それで、ため息をつくわけだよ。
樋口 はぁぁぁぁぁーって。
それで、やっと、自分に戻っていく。
糸井 俺だって、誰だってそうだと思うけど、
すごく真剣になって
歯を食いしばって必死になっている瞬間を
人に見られたいなんて思わないですから、
それは、わかるわけです。
でも、『明日の記憶』のあいだだけは
「樋口さん」のまま帰ってきた。
だから、ある日、
「もしかしておもしろいの?」って
訊いてみたんです。
そんなこと訊くこと自体、
これまでなかったことだよ。
そしたら、
「うん。引っ張られちゃうのよ、
 謙さんに」
って、樋口さんが言ったんですよ。
「‥‥高倉か?」
樋口 ちがうって。
糸井 「‥‥東郷か?」
樋口 無理にひねり出さなくても。
糸井 そうしたら
「そうじゃないよ、
 “渡辺”よ。
 コント赤信号の」
樋口 ‥‥‥‥。
ほぼ日 ‥‥‥‥。
糸井 まあ、とにかく、
「いいのよ、なんだか、いいんだよ」
って言うわけ。
「へえーーえ」って思った。
樋口 うん、うん。

(つづきます!)

2006-04-24-MON



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