第6回 ちっぽけな自分。

糸井 当時のぼくらが
ものすごい不良だったかっていったら
ぜんぜんそうじゃないんだけど、
なんていうか、あのころは、こう、
くにゃくにゃしてたら負けちゃうぞ、
くらいの気分はあったと思うんです。
荒井 うん、そうですよね。
糸井 ねぇ。
たとえば、いまの若い人たちが、
くにゃくにゃしてても
ぼくは別にかまわないと思うんだけど、
当時はそれだとほんとに潰れちゃうような
気がしてましたよね。
なんだろう、あれ。貧しかったのかなぁ。
荒井 時代の空気みたいなものって
ありましたよね、やっぱり。
といっても、ぼくらの世代は
学生運動があったわけじゃないんですけど。
糸井 何年生まれですか?
荒井 56年。昭和31年なので。
糸井 じゃあ、ぼくの8個下ですね。
そのころは世の中も大学も
落ち着きかけてますよね、もう。
荒井 そうですね。
「しらけ世代」とか言われた世代です。
糸井 もう、ユーミン(当時、荒井由美)は
「就職が決まって
 髪を切ってきたとき」
(『「いちご白書」をもういちど』1975年)
って歌を書いてましたよね、きっと。
荒井 うん、そうです。
糸井 そうですよね。
ぼくらにしてみると、あの歌は印象的で。
年下のひとりの詩人の作品として、
こんな表現が出てくるんだなって
ちょっと驚いた記憶があります。
ああ、思いだした。
オレ、それをパチンコ屋で聴いてたんですよ。
で、うまいこと言うなぁって。
荒井 はははは。
糸井 なんだろうね、あの時代の、
はっきりわからないけど
なにかと戦ってる、みたいな感じは。
荒井 ありましたよね、確実に。
なんだかわからないけど、
エネルギーがぐつぐつぐつぐつ
しているような感じが。
糸井 ありましたねぇ。
荒井 ありましたよー、ほんとうに。
いや、完全にそうでしたよ。
糸井 影響を受けちゃうようなものは
見ないようにしようっていうかね。
だから、荒井さんの
ほんとうに好きな本は
買っちゃダメだったっていうのは、
とてもよくわかるんです。
荒井 うん。
糸井 1本芝居観たり、
1本映画観たりするたびに
吐き気がしてくるんですよ、
その、自分の矮小さに。
荒井 うん、うん、うん。
糸井 そんなことは忘れて
日常に戻んなきゃいけないんだけど、
それこそ、うどん食ってても、
誰か女の子に会ってても、
コーヒー飲んでても
そんなことしかできない自分っていうのが
せつなくて‥‥。
荒井 そうですね。
「ちっぽけ」とか言うのが
口癖みたいな感じでしたねぇ。
糸井 じゃあ根底にあるのが
野心なのかっていうと、
野心ではないんですよね。
荒井 うん。
糸井 どうなりたいっていうのが
はっきりあるわけじゃないんだけど、
目の前に具体的にでかい山があるのに、
オレはこのサイズのまんまだっていうのが
もう、悲しくてさぁ。
(つづきます)


見てるだけで幸せになるような色の氾濫と、
いつまでもさわってたくなるような紙。
そして、パラパラと飛ばし読みしても、
心に響く言葉がてんこ盛りです。
(あおっぱじ)

あたたかいお茶をゆっくり読むような、胃とかお腹のあたりが
ほんわりあったかくなるような気分になりました。
このシリーズは第一冊目から読んでいます。
そして落ち込んだ時とかに手にとって
おもむろにページを開いて読んだりしています。
今回の「あたまのなかにある公園」も同じように
時々手にとって長いお付き合いになると思います。
(かのあ)

もうわたくし、このシリーズが家に届くと
あー今年も春がやってきたのね。と思うようになりましわ。
今年は2冊買いですから、会社のデスクにも設置。
知恵袋的な本として、そして心のオアシス的な本として
活用させて頂きます。
(たまきち)



2010-06-18-FRI