賀  2013年あんこの旅     ─── 糸井重里より、新年のご挨拶を添えて。
第9回 たい焼きの声が聞こえるか。
観客A 「木村屋」のあんぱんは焼きたてがおいしい、
ということでしたが、
そういう意味では、次のこちらも同様かもしれません。
糸井 ほぉ、それはなんでしょう。
観客A たい焼きです。
糸井 ああー、なるほど。
たい焼き。
たしかにそれもそうですね、できたてがベストです。
介添人 失礼いたします。
たい焼きをおもちいたしました。
糸井 ありがとうございます。
‥‥着物のことについては、もう言いません。
介添人 はい。
糸井 なぜなら、私の話もこの長さになると
実際の連載ではけっこうな回数になっていて、
これが掲載されているころにはきっと
お正月の雰囲気でもなくなっているからです。
介添人 はい(笑)。
どうぞお召しあがりください(去る)。
糸井 さて、たい焼き。
これはもう、大福以上に庶民のものです。
超・庶民的、おやつ。
観客B とても親しみやすい印象があります。
糸井 小麦粉を焼いたもので
あんこを挟んでいるわけですからね。
あえて言うならば、
上品めかしてはいない、野卑な食べ物です。
駄菓子の範疇に入ると言っていいかもしれません。
観客C なるほど、駄菓子。
糸井 メリケン粉を焼くっていうのは、
おやつの中ではいちばん庶民的なものなんです。
観客D あー、はい。
糸井 たい焼きのおいしさは、
「小麦粉を焼いたもので、あんこを挟んでいるだけ」
という中での勝負になりますよね。
このすくない要素の中で、
どこをどう工夫してお客さんをよろこばせるか。
「あんこがたっぷりですよ」とか、
「おおきいですよ」とか。
そういう、たい焼きの声が聞こえるかどうかが、
勝負どころなんです。
観客E たい焼きの声‥‥。
糸井 たい焼きの声が聞こえてましたか? みなさんには。
全観客 ‥‥ざわ‥‥ざわざわ。
観客F ‥‥耳を、傾けていなかったような気がします。
糸井 そうですか‥‥。
ぼんやりしないでください、お願いしますよ(真顔)。
全観客 はい(真顔)。
糸井 たとえば、ふくらし粉を入れた、たい焼きもあります。
重曹の匂いがちょっとする、たい焼き。
私はあまり好みませんが、
それはそれでふんわりしたカステラみたいに考えれば
おいしいと言えるかもしれません。
要は、そのたい焼きの場合には、
「ふわふわですよ」が、声になるわけです。
これがうちのサービスですよ、っていう声。
全観客 (うなずく)
糸井 たい焼きは、
いまでこそわりとお金がとれるようになりましたが、
もともとは1個ずつの単価が
あまりとれなかったところからはじまっています。
観客G 駄菓子のような。
糸井 そうです。
自分んちであんこを煮て、
原料費のところから工夫して、
どこでどういうふうに利を得るかを
けっこうかつかつのところで考えながら
やってきたんだと思います。
観客A なるほど‥‥。
糸井 とはいえ、道具も機械もあんまり要りません。
材料もありふれたもので高くはかからない。
ですから、良心の見せ合いでもあります。
観客B たい焼きは、良心‥‥。
糸井 庶民の食べ物としての良心を見せつつ、
きちんと利を得ていく。
そのバランスを考えたうえでの表現が、
各店の「たい焼きの声」なんです。
ですから‥‥聞いてあげてください(真顔)。
全観客 はい(真顔)。
糸井 さて、目の前にあるこのたい焼き。
このたい焼きには、とても馴染みがあります。
これは「浪花家」のものでまちがいありませんね?
観客C 正解です。
麻布十番「浪花家総本店」より調達してまいりました。
糸井 「浪花家」のたい焼きは、膨らみがすくないです。
それで‥‥。
あ、みなさんどうぞ、召しあがってください。
(お茶をひとくち)それで、
なんていうんだろう‥‥
あんこが閉じこもっていないんですよ。
あんこと小麦粉が一体となって、
焦げちゃってるところがあるんです。
観客D (食べつつ)ほんとだ‥‥。
糸井 ね、あんこがあふれてるでしょ。
「わー、小麦粉とまざっちゃって、
 いっしょになって焦げちゃったー」
観客D ‥‥いまのセリフは、あんこのセリフでしょうか。
糸井 当たり前です(凛としている)。
観客D 失礼しました。
糸井 「小麦粉といっしょになっちゃったー」
となって焦げたところがカリッとして‥‥
あれです、ほら、いま流行っている
餃子の「羽」ですか、あの感覚に近いんです。
全観客 ああーー、はい。
糸井 それが、「浪花家」のたい焼きの声だと私は思います。
全観客 (食べつつ、うなずく)
糸井 あと、たい焼きについては‥‥
そうですね、
歴史的なことで言えばとても新しいものだと言えます。
観客E そうか‥‥そうですね。
糸井 あんこの発祥にくらべたら、はるかに最近のことです。
焼くための道具がないとできないんですから。
あきらかに工業以後です。
観客F なるほどー。
糸井 たぶん、たい焼きよりも、
太鼓焼きのほうが先にあったんじゃないかな。
観客F あ、今川焼き。
糸井 そうそう、そっちのほうが道具がシンプルですからね。
もっと言うと、
「きんつば」なら鉄板だけでもできる。
観客G あー、きんつば。
それもご用意すればよかった。
観客B ‥‥あの、すみません、
きんつばって、なんですか?
糸井 ‥‥ああ(観客Bをやさしく見つめる)、
あんこがお好きでないと言っていたあなたですか。
きんつばというのは、
鉄板の上にあんこをのせて、つくります。
観客B あんこを鉄板で焼くだけですか。
糸井 いや、粉をといた生地であんこを包むんです。
あの粉は、小麦? 米粉?
‥‥そのあたりは知りません。
徹底的に調べないのが私の特徴です(雄々しく)。
観客B ありがとうございます、調べておきます。
糸井 たい焼きは、このあたりで。
‥‥さて、次がラストですね。
着物の人、持ってきてください、カモンです。
(つづきます)
 
たい焼き

・浪花家総本店(港区麻布十番)
 「およげ!たいやきくん」のモデルになったお店。
 1匹ずつ焼いていく、
 「一丁焼き(天然物とも)」のたい焼き。
 たい焼き店のなかでは古いお店のうちの一つ。
 1909年創業。
 あんこは、つぶあん。
 予約可能です。
 そのほか、かき氷や焼きそばなども。

 「ほぼ日」のいちばん最初の事務所は、
 麻布十番にありましたので、
 当時はよく浪花屋の焼きそばとたい焼きを食べていました。

2013-01-09-WED
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