賀  2013年あんこの旅     ─── 糸井重里より、新年のご挨拶を添えて。
第3回 小豆ジャム。
糸井 と、まあ、
私とあんこの関係については、そんなところです。
‥‥なにか質問でもあれば。
観客A (挙手)ひとつ、よろしいでしょうか。
糸井 なんでも訊いてください。
観客A 糸井さんはいつからそうして
あんこに呼ばれるようになったのでしょう?
あんこ好きになったのは何才のころなのか、
昔のお話をうかがえますでしょうか。
糸井 なるほど、その質問ですね。
‥‥私には若くして亡くなった、
祖父というのがおりました。
まったく会ったことはないのですが。
観客A はい。
糸井 たしか30代で亡くなったんだと思います。
で、聞いたところによると、
その人は人柄も温厚で、
勤勉で、たいへん理知的な人だったと。
観客A ええ、ええ。
糸井 亡くなるとそんなふうに言われることは多いのですが、
その分を差し引いても、
ずいぶんとみんなから好かれる存在だったそうです。
観客A 人徳がおありになったのですね。
糸井 そういう人なのですが、
どうやらひとつだけ、大きな欠点があった。
観客A ほぉ‥‥。
糸井 その欠点というのは‥‥
全観客 はい。
糸井 甘いものを人にあげなかった。
全観客 あーー(笑)。
糸井 死んだのちに、
タンスの奥から甘いものが出てきたそうです。
‥‥という伝説がありまして、
それを聞いたときに、
「あ、わかる!」と思ったんです。
観客A 理解できた(笑)。
それは、おいくつぐらいのときに?
糸井 物心ついて‥‥小学生のときですね。
小学校の中学年ぐらいのとき。
「あ、わかる!」と思ったその瞬間、
あんこ世界にスッ!! と入ったんです。
観客C ‥‥いまの「スッ!!」に、
ものすごい力強さを感じました。
糸井 若いだけに、勢いよく入っていきました。
観客D あんこ世界に。
糸井 あんこ世界に。
‥‥でもまだ、やっぱり若かった。
なんて言うんでしょうねぇ‥‥
あんこによって、
抱えているものが違うんだなぁっていうのは、
最初はぜんぜんわからなかった。
徐々にわかってくるんです。
このあんこが抱えている世界。
そっちのあんこが呼び入れようとしている世界。
それぞれに、違うんですよ。
観客E へええーー。
糸井 たとえば、
川沿いの水車小屋のような場所に
笑顔でたたずむ、あんこもあります。
かと思えば、
田んぼの真ん中の、ぼーーっとしてるところに、
ぽてんと置いてあるだけの、あんこもあります。
全観客 はははは。
糸井 門を開けてもらって、
庭の中に入ってからけっこう歩いたのに、
え? まだ歩くんですか?
どこまで私は歩けばいいでしょう?
っていうような、こう、
奥深ーい石畳を、ずーっと歩いていったところに
すっと居住まいよく置いてある、
そんな、あんこもあります。
全観客 わははははは。
糸井 あんこの世界というものは、かほどさように、
ミクロコスモス、
小宇宙の集積なのです。
「ああ、あんこの旅というものは、
 こんなにも多種多様なものなのだなぁ」
ということがわかってきたのは、
どうでしょうかねぇ‥‥
50を過ぎてからでしょうか。
観客F はあーー!
「ほぼ日」をはじめた後ですね。
糸井 そうですね。
これからもまだまだ、出会うんだと思います。
‥‥以上、質問へのお答えになってますでしょうか。
観客A ありがとうございました。
糸井 どういたしまして。
観客B (挙手)あの、すみません。
糸井 なんでしょう。
観客B これは質問ではないのですが、
わたしたちの中では有名なあのお話を
あらためて聞かせていただけますでしょうか。
糸井 ‥‥あのお話、というのは?
観客B 「小豆ジャム」のお話です。
糸井 ああ‥‥(苦笑)。
観客B 記録に残しておきたいと思いますので、
この場でぜひ、お話しいただけるとうれしいです。
全観客 (クスクス)
糸井 何か? おかしいことが?
観客B いえ! すみません、つい。
糸井 どうかひとつ、真面目にお願いします。
観客B 失礼しました、お話よろしくお願いいたします。
糸井 (ひとくちお茶を飲み)‥‥話しましょう。
私は、ジャムづくりをする人間でもあります。
ジャムについても、かなり親しみを感じています。
果物の種類はたくさんあるので、
いろいろなジャムがつくれます。
実際にいろいろつくりました。
どんなジャムをつくるか考えるときに、
ぼくはいつも、パンに塗っておいしいものは
すべてジャムになると考えるんです、まず。
観客B はい、なるほど。
糸井 とくに、バタートーストにのせるイメージを
いつもするんですよ。
バターの軽い塩気と脂っけと、
その果物の甘みや酸味。
いっしょに食べるとほんとにおいしい。
観客B わかります、おいしいです。
糸井 で、ある日ぼくは、
バタートーストに小豆のジャムをのせたら、
これはうまいだろうなぁと、自然に考えました。
観客B ‥‥普通に、思いついた。
(こみあげるものをこらえている)
糸井 はい(真顔)。
観客B そうですか(こらえている)。
糸井 あ、これ、つくろう。
それ以外のことは、なーんにも考えてなかった。
全観客 (こらえている)
糸井 つくっているものが、
最後にどうなればいいのかもわからなかった。
全観客 (こらえている)
糸井 ただ、一生懸命、ていねいに煮ました。
小豆のジャムとして。
観客B はい(声が震えている)。
糸井 そして、瓶に詰めました。
観客B 瓶に詰めた(震えている)。
糸井 はい。
瓶に詰めて、蒸気で消毒をして。
まじまじとその瓶を見て、思ったんです。
全観客 ‥‥‥‥。
糸井 ‥‥‥‥これは‥‥
全観客 ‥‥‥‥。
糸井 ‥‥これはあんこだな。
全観客 ぶわはははははははははは!!
糸井 うーーん‥‥。
全観客 わはははははははは!
糸井 小豆ジャムっていうのも、
それはそれであるらしいんだよ‥‥。
観客B ポイントは、最後まで一度も
あんこを思い出さなかったことですよね。
糸井 無意識に、しみ込んでるんだよ。
観客B いやぁ、ありがとうございました(笑)。
糸井 みんながなぜ笑うのか私には理解できませんが、
機嫌がいいのはたいへんよろしいことです。
ご期待にそえましたでしょうか。
観客B 最高です、ありがとうございました。
糸井 どういたしまして。
観客C それではそろそろ、
実際にあんこのお菓子を食べながらの
お話とまいりましょう。
糸井 ああ、いいですねぇ。
具体的に食べていくわけですね。
それは、とてもいい流れだと思います。

(つづきます)
2013-01-03-THU
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