2020年3月11日 若い3人、気仙沼へ行く。HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

かつお

1996年岡山県生まれ。
本名、仁科勝介(にしな・かつすけ)。
現在、広島大学経済学部4年生。
2018年3月、日本一周の旅に出る。
2020年1月、1741の市町村すべてを訪れる。
旅の途中の風景を収めた写真集、
「日本よはじめまして」発売中。

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写真だ!

14時46分、黙祷の時間に写真を撮ることだけは決めていた。
だから、前日の3月10日に気仙沼へやって来たけれど、
日付が変わった瞬間に部屋の電気を消して黙祷をした。
窓の近くに立てば、部屋は真っ暗なのに瞼にまちの光を感じる。
もっと耳を澄ませば、雨の中を進む車の音が聞こえてくる。
そこには暮らしがあると、改めて気づかされた。

その場に流れている、ささやかな瞬間を写真で収めること。
今までの旅で続けてきたことを、
気仙沼でもできるだけ同じように、
そのまま続けようと、目標は明確になって朝を迎えた。

朝6時に起きると、天気はすっかり変わって青い春空。
海を見ると、漁船が動いている。
そして朝日が徐々にまちを明るく照らしはじめている。
この瞬間から「写真だ!」とスイッチが入り、
日付が変わるまで写真を撮った。
その間に出会った目の前の一つ一つが、
僕にとって3月11日という物語である。

(かつお)

2011年3月11日、
どこでなにをしていましたか?

2011年の震災のこと。

「プロ野球選手になりたい。」という思いが
まだ消えずにいた当時の私は、
白い練習着を罪悪感もなくドロドロに汚す日々だった。

手首がほんのり日焼けしたことに
気づきはじめる3月は中学2年生の終わり、
あと1ヶ月足らずで3年生。

いつも通り、日が沈みかけた夕方の部活終わりに家へ帰ると、
どこか青ざめた様子の母にすぐ呼ばれた。
それから汚れた練習着を着替えようともせず、
あっという間に居室のテレビに釘付けになった日が
3月11日であったことだけは、はっきりと覚えている。

数時間前に同じ日本、
そして遠く離れた場所で起きた地震、津波の映像と、
1時間前にグラウンドを「そーれ!」と
声を合わせて周回していた
自分の日常との誤差に理解が追いつかず、
母の顔色から読み取れる感情を何度も伺っていた。

(かつお)

ほかのふたりの
2020年3月11日。

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