第3回 呼ばれ方。
徳光 糸井さんは、
それこそ30代、40代のときは、
その時代の若者たちを
引き連れて歩いてらっしゃました。
そして、いまだって、
若い人たちがこれだけ集まってる。
これはいったい、何なんですか。
糸井 え(笑)?
徳光 俺たちなんて、
「とにかく若い奴らについてかなきゃ」
と思うばかりなんですから。
携帯電話も持ってないぐらいです。
糸井 いまもですか?
徳光 いまも持っていません。
パソコンもできないし、
完全に乗り遅れてます。
だけど、自分の中では
「これは乗り遅れてるんじゃない」
と思いたい。
俺の信じるところでは、
「きっとこれは、
 体にいいわけない」
一同 (笑)
徳光 そういった屁理屈を常につけてる
わけなんですけど、
糸井さんは確実に、
「いまの若い人たちと同じ歩調で歩いてるな」
というふうに思うんですが。
糸井 自分では、ただ
後ろに乗っかっているだけなんだろうと
思います。
「新しいもの」ということについては、
ぼくはいつも運転してないですよ。
徳光 そうですかねぇ?
糸井 ぼくはその昔、
「新しいものを知ってる人」として
「11PM」的なテレビ番組の
ゲストに呼ばれることがありました。
昔は、そういうことでしか
テレビが人を呼んでくれない
時代だったでしょう?
徳光 そういう時代、ありましたね。
糸井 司会の方が
「この人に聞けば、
 原宿のことは何でもわかるんだよ」
みたいなことを言う。
ぼくは
「そんなことないんですけどね」
って、本気で言ってるのに、
冗談に聞こえるみたいでした。
原宿のことも新しいメディアのことも、
そんなに何でも
知ってるわけがないんですよ、誰も。
それを商売にしてる人以外はね。
徳光 なるほど、なるほど(笑顔)。
糸井 ぼくはみんながたむろしてる喫茶店で
お茶を飲んでる人のひとり、
ただそれだけだったんです。
当時の原宿で起こっていた
おもしろおかしいことは、
目では見ていましたけど、
研究していたわけではありません。
でも、テレビは
「見た人=何でも知ってる人」
というふうにしておかないと、
呼ぶ理由がないから。
徳光 うーん。
糸井 「どうなの? この辺流行ってるの?」
「流行ってるみたいですね」
「やっぱり流行ってるんだ!」
そういう話になります。
徳光 そうそうそう(笑)、そうだね。
糸井 で、その役は、
ぼくにはやっぱり居心地が悪かった。
徳光 悪かったですか。
糸井 もちろん悪いです。
それはつまり、
「ぼく」じゃなかったから。
徳光 ‥‥それ聞くと、より
親近感を持ちます。
一同 (笑)
徳光 当時はね、あれなんだ、
糸井さんという人は、時代の最先端にいて、
何でも知ってる人だと思ってたから。
糸井重里か泉麻人に聞きゃ
世の中のことはだいたいみんなわかる、
というような感じだったんですよ。

糸井重里という人は
日ごろから平たい目で
いろんなものを取材して、
自分の新たな引出しに
俺たちが見過ごしてしまうことを入れてる、
という感じが
非常にしましてですね、
ある種、やっぱり
嫉妬心を抱いたこともありました。
糸井 嫉妬されるのは、うれしいです。
しかも、その「引出しに入れて」という表現は、
とてもリアルです。
いつもぼくは
前を走ってる人を追っかけてる、
という気持はまったくありません。
徳光 うん、うんうん。
糸井 「俺のほうがお前より何かを知ってる」
「俺がこの◯◯を仕入れた」
そういうことで争っていくのは
自分には絶対無理だと思ったし、
なんだかね、それは少し
貧しいようにも感じてしまったんです。
新しいものを仕入れるほうの人は、
実はなんでもない人なんですから。
徳光 そうですよね。
糸井 だから、ぼくは早く
自分の「呼ばれ方」を変えるべきだなと
思ってました。
ぼくのほんとうの呼ばれ方って、なんなんだ、と。
徳光 おもしろい、おもしろい。
糸井 いや、あのぅ‥‥
ぼくがいまこんなにしゃべってる、というのは
おかしいでしょう。
ぼくは徳光さんの話が聞きたいのに。
徳光 いや、おもしろい、おもしろい。
糸井 いいですか?
徳光 はい。
糸井 じゃあ、いまの流れの中でやりますと‥‥
一同 (笑)
糸井 ぼくはちっちゃい会社の
ただのコピーライターでした。
そのとき上司になった人が
出版社にいた人だったので、
彼の編集者の友人に
「こいつ、おもしろいんだよ」
って、いつも言ってくれたんですよ。
徳光 うん、うん。
糸井 それはとてもありがたいことでした。
編集者たちは、
「そうなんだって? 何が書けるの?」
と訊いてきてくれます。
そこで、ぼくは正直に
「何も書けないんですよ」
と言いました。
編集者たちは
「そういう言い方はよくないよ」
と言うんです。
「『何も得意な分野がない』というのは、
 なんでもできる人だけが言えることだよ」
って。
徳光 あぁ。そうかぁ。
糸井 ぼくは本当は、「そんなの違う」と思うんです。
だけどそのときは「なるほどなぁ」と思って、
ちょっと怒られた気もして悔しかった。
「なんかあるでしょ、
 映画とかさ、レコードとかさ」
みんな言ってくれるけど、
ぼくはどう考えても得意なものはないから、
「本当にないんです」
って、一生懸命に言いました。
でも、まだ生意気に聞こえるんです。

そうこうしているうちに、
間に立ったぼくの上司が、
「こいつってね、こういうやつなんだよ」
と言ってくれました。
徳光 ええ、ええ(笑顔)。
糸井 「書かせるなら、
 ぜんぶ任せちゃえばいいじゃない」
と言ったんです。
徳光 あぁ、その人がね(笑顔)。
糸井 はい。
その人はもう亡くなった人なんですけど、
調子のいい、おもしろい人でした。
そういうことで、
ぼくの最初の雑誌連載がはじまりました。
ファッション雑誌の
『MEN'S CLUB』です。
徳光 それが最初なんですか?
糸井 そうです。
タイトルに「映画」とか「ファッション」とか
テーマがあったほうが
編集側も都合がよかったのでしょうが、
でも、ただ単にはじまっちゃった(笑)。
徳光 何を書いたんですか?
糸井 たとえば、都会の
ロックコンサートについて。
ぼくら田舎から出てきて、
コンサートに何を着て行ったらいいか、
わからないんですよ。
徳光 はぁ、なるほどねぇ。
考えますねぇ。
糸井 よくわからないまま出かけていって、
できるだけ自信たっぷりに歩きます。
でも、結局、
何が本当にかっこいいのかはわかってない。
俺もかっこわるい、みんなもかっこわるい。
たとえば、そういうことを原稿に書きました。
徳光 その仕事のやり方が
糸井さんの中で、きっと、
ずっとつづいてるんだな。

(つづきます)

前へ 最新のページへ 次へ

2010-12-18-SAT