ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 福島 大木代吉本店 篇
第2回 杜氏の勘と、科学的根拠と。
── お醤油屋さんと酒蔵さん、
同じ醸造でも、ちがう部分はあるんですか。
河野 ありますよ。
大木 お醤油屋さんの場合は、
原料や素材のよさを極限まで引き出すという
やり方ですよね。
河野 一般的な清酒の考え方は、その対極。
── つまり、お醤油とお酒では、真逆?
大木 やはり「うまみ成分」に対する考え方が
根本的に異なるんですよね。

お醤油はうまみを「引き出す」方向ですし。
河野 さっき、雄太さんも言ってましたが
お酒の場合「うまみを出さない」のが主流。

お醤油で「うまみ」と呼ばれているものは
お酒の世界では「雑味」になる。
── じゃ、大木さんのやってることって‥‥。
河野 いまの酒蔵のメインストリームからすると
ほとんど「タブーへの挑戦」ですよね。

異端中の異端じゃないかと思いますけど。
大木 たしかに、業界内では、いまだに
亜流の会社と思われているフシもあります。
── 同じようなことをしている酒蔵さんって、
他には、ないんでしょうか。
大木 少ないと思います。

ただ、心あるものづくりをしている方々と
お取引させていただけるようになって、
社会的な認知や信用も
少しずつですが、
得られてきているのかなと思います。
酒井 最近では、料理酒の世界でも
「本物の味」があるんだ、という捉え方も
されるようになってますしね。
── 酒蔵さんというと、
職人的な杜氏(とうじ)さんのさじ加減で‥‥
みたいな印象があるんですが、
実際のところは、どうなんでしょうか。
大木 当然、杜氏の存在は大きいです。

長年培った「経験」と「勘」で
いま、酒の発酵状態がどうなっているのかを
「見た目」や「香り」から判断できるのは
杜氏だけですから。
── 日々の繰り返しの賜物なんでしょうけど、
見た目や香りって、すごく感覚的で
何というか‥‥不思議な世界に思えます。
大木 酒の状態を目で見て、においを嗅ぐことで
さまざまな情報を引き出すんです。

杜氏の見極めは、本当にすごいと思います。
── はー‥‥。
大木 今年、つくりたい酒母があったので
ひと冬ずっと、ひとりで取り組んでいたんです。

あるとき、ガスのようなにおいがしたので
雑菌でも入ったんだろうかと心配になり
杜氏に聞いたら、
「それは別になんでもない、心配ない」と。
── ほー‥‥。
大木 発酵が旺盛で酸素不足だったらしいんです。

言われたように酸素を取り込んであげたら、
みるみる、改善しました。
── なんか、お酒のお医者さんみたいな。
大木 まさに、そんな感じです。
河野 顔色を見ながら、毎日、付き合って‥‥
ほんと子どもを育てるように、ですよね。
── 大木さんご自身は、杜氏さんでは‥‥?
大木 ないです。大木代吉本店の「経営者」ですね。

私は、どっちかというと
醸造のプロセスをデータ化したり、
数値で検証していく、
というやり方でやっているのですが
「勘」と「経験」で酒を見る
杜氏がいるからこそバランスが取れています。
── 逆に、杜氏の人は
数値を見たりとかって、嫌がるものですか?
河野 昔ながらの考えの杜氏さんは、嫌いますよ。

だって「勘」や「経験」が
数値やデータで完全に裏付けられちゃったら、
存在意義が脅かされちゃいますから。
── 業界全体では、
そういう、科学的な管理や検証というのは?
大木 若い蔵元では、やっていますね。

杜氏さんに酒造りを任せっきりのところは
やっていないと思います。
── ただ、データだけになってしまっても
うまくはいかないんでしょうね、きっと。
大木 それは、もちろんそうです。
やっぱり「熟練の杜氏の見立て」がなければ。
── 科学的根拠と、杜氏さんの勘と。
河野 昔は、それこそ寝ずに微生物の相手をする、
命を削るような仕事だったんです、杜氏って。
大木 今でも、発酵中のタンクに転落すれば、
「命はない」ですけどね。
── えっと、それは‥‥どうしてですか?
大木 発酵というのは
糖を分解して二酸化炭素を生成します。

二酸化炭素は酸素より比重が重いために
タンク内の「もろみ」の表面から
タンクの縁までは、
ほぼ「無酸素」の状態になっているんです。
── つまり‥‥窒息死?
大木 そう。
── じゃ、そういう意味では
「命がけの仕事である」ということには
いまも変わりないんですね。
大木 ええ。
── ちなみに、
醸造を「数値やデータで検証する」
というのは
具体的には、何をどうしているんですか?
大木 ひとつのお酒をつくるのに
「お米・麹・酒母・もろみ・できあがったお酒」
といった要素があるんですが、
これらをチェックし、数値で管理しています。

そのため、酒造りには
ものすごい量の帳簿が必要になるんですが‥‥。
── ええ。
大木 日本酒度、アルコール分、酸度、
アミノ酸、もろみの状態を表すBMD値、
それらをパソコンで管理して
掛け算や足し算をして、調整しているんです。
── ははぁ。
大木 あるいは
大吟醸用につくったシミュレーションで
「AーB直線」という複雑な方程式があります。

これは、アルコール度数の関係なんですけれど
値が理論値よりも「走って」いたら
水を入れて調整する‥‥
というようなことをやっています。
── 杜氏さんの「勘」や「経験」が
ものをいう一方で、
徹底的に「理論や数字の世界」でもある‥‥
というのは、なんか意外でした。
酒井 ちなみに、そういった方程式って、
実験を重ねて、つくり出したんですか?
大木 そうですね。

ただ、これは別名「福島方程式」と
言われているように
福島県オリジナルのものなんです。

他の県では
ほぼ取り入れられていないと思います。
── どうしてですか?
大木 ひとつには
杜氏にすべてを任せているという酒蔵が
まだまだ多いからですよね。

それと、技術的な理由から
この方式が「怖い」と考えるお蔵さんも
あるのではと思います。

アルコールの度数が出過ぎると
「すぐに水を打つ」というやり方なので
「発酵が止まってしまう」のを
心配なさっているのではないかな、と。
── 方程式を使いこなすのも
簡単じゃない‥‥ということでしょうか。
大木 でも、福島県のお酒って
鑑評会の入賞率が、ダントツなんですよ。

ここ5年でも、1位が2回、2位が3回。
── すごいですね!
大木 はい。福島の酒、すごいんです(笑)。
── 独自の方程式を編み出したりとか、
福島の人って、
そういう進取の精神が旺盛なんでしょうか?
大木 そうですね‥‥たとえば福島県には
技術支援センターという
酒蔵を統率する県の研究機関があるんです。

と言っても、かたくるしいものではなくて
親身な先生方が
「いつでも電話ちょうだい」
みたいなことを、言ってくださるところで。
── それは、心強いですね。
大木 今年の大吟醸は、若手中心に仕込んだので
発酵が途中で止まっちゃったり、
お米が融け過ぎちゃったり、
もう‥‥いろんな問題が起こったんですね。

なので、昼夜問わず電話してました(笑)。
── へぇー‥‥。
大木 発酵が止まってしまったときには
「もろみの真ん中に
 30℃のお湯を、何リッター入れて」とか。
── 実践的というか、
すごく具体的なアドバイスなんですね。
大木 そういった意味でも、今年の大吟醸造りは
本当に、おもしろかったんです。
── おもしろかった?
大木 そう、正直なところ例年より、ぜんぜん。

というのも、これまでは
会社の経営は私、酒造りは杜氏‥‥と
完全な分業制だったんです。

蔵元である私が、酒造りに割って入ることは
一切、なかったんですね。
河野 それこそタブーですから。
── そうなんですか。
河野 古い考えでは、蔵元が杜氏に口出しをしたら、
その蔵はダメになる‥‥と。

オーナーと技術者は
絶対的な信頼関係で結ばれているから、
口など出すべきでない、と。
── そういう世界だったんですか。
大木 ただ、今年は、それが必要になりました。

震災以降、若い技術者たちが
すごく積極的に
ものづくりに取り組むようになったので
その伸びしろを
もっともっと引き出したかったんです。
── なるほど、なるほど。
大木 例年、大吟醸を3本仕込んでいるんですが
今年は杜氏に1本お任せし、
残りの2本を、若手中心に仕込みました。
── どんなお酒が、できたんですか?
大木 最終的には
昔ながらの伝統的な大吟醸になりました。

鑑評会で、どう評価されるだろう‥‥と
思っていたんですが、
寺泊の鑑評会で準優勝をいただきました。
── 若手中心に造ったお酒で、準優勝?
大木 私どもの酒造り、間違ってなかったと思えて、
すごく、うれしかったです。
<つづきます>
2012-07-20-FRI
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