3最初は「飲み話」だった。

──
レースでは「優勝」以外にも、
いろんなボーナス賞が、あるみたいですね。
袴田
ええ、すごく長い距離を走行したただとか、
月面で水を発見しただとか。

あとは「夜を越す」というのもあります。
──
夜?
袴田
月の夜って
「マイナス150度」くらいになるんですが、
そこまでの低温にさらされると、
たいていの電子機器がやられちゃうんです。

将来的に、月面に基地を建設するとなれば、
そんな環境でも壊れない、
機械としての耐久性が重要になってくるので。
──
「アポロ計画の痕跡を見つけました賞」
みたいなのもありますよね。
袴田
ええ、40年以上も前に
アポロ計画が月に残してきたものって、
いろいろ、あるんです。

着陸船の一部だとか、各種実験装置、
人間が乗るタイプの月面ローバーなんかも、
残されていますから。
──
地球からは見えないけど、
あの、夜空に輝く月の表面には
そんなにも、人類のつくった物があるって、
不思議な気持ちになります。
袴田
月面に40年以上も放置されていた物体が、
いま、どうなっているのか。

非常に科学的な価値があると思います。
──
ちなみに、袴田さんたちのチームは
レースの「中間賞」、
みたいな賞をもらってましたよね?
袴田
ええ、2015年に。

その時点で技術的に秀でていると判断された
5チームに対し、グーグルさんが
「賞金を出しましょう」というものでした。
──
つまり、ローバーの性能が良かったと。
袴田
そう評価されました。
──
下世話な興味でもうしわけございませんが、
いかほど‥‥もらったんですか。
袴田
いえいえ(笑)、
ちゃんと公表されてますから、大丈夫です。

中間賞でいただいたのは「50万ドル」です。
日本円で「6000万円」くらいで
僕たちにとって、とても大きな額でした。
──
それは勇気が出ますよね。
とにかく、すごいお金がかかりますもんね。
袴田
もちろん金額の大きさもそうなんですけど、
実質的に「トップ5」に入れたという、
精神的な面でも、すごく励みになりました。
──
2012年のときに拝見した資料では、
たしか、開発中の探査機には、
車輪のついたローバータイプだけじゃなく、
いろんな種類があったんです。

なんだか、クモみたいな足が生えている、
昆虫みたいなタイプとか。
袴田
ああー‥‥ありましたね。
──
今のトレンドと言ったら変ですけど、
探査機の形状って、
あれから、
どのような変遷をたどっているんですか?
袴田
主には、2種類に絞られています。

4輪もしくは6輪の、
僕らみたいなローバーのタイプが、ひとつ。
──
はい。
袴田
もうひとつはホッパーと呼ばれるタイプで、
着陸船が探査機を兼ねるタイプ。
──
と、言いますと?
袴田
月面に降りた着陸船が
エンジンを吹かしてジャンプするんですよ。
──
つまり、カエルみたいにして、進む?
袴田
そう、結局500メートル移動すればいいので
そういう発想で
挑戦しようとしてるチームもあります。

はじめのうちは、
現実性は高くないなと思っていたんですが、
中間賞を取った優秀なチームと、
ものすごいお金を持っているイスラエルのチームが
ホッパーのタイプを検討していて、
ここへきて、かなり可能性が出てきました。
──
袴田さんたちのローバーも
ずいぶん改善されてきてるんですよね?
袴田
ええ、いちばん大きくは「重量」です。

2012年、裏砂漠で走行試験をしたときは
「12キロ」くらいあったんですが、
最終のフライトモデルでは
CFRPというカーボン素材を採用したりして
総重量「4キロ」を目指しています。
──
軽ければ軽いほど、
月への運賃も、安くすむわけですものね。

ちなみにですが、車輪が
「戦車のキャタピラ」みたいな構造だと、
どうなんでしょうか。
袴田
コンセプトとしては、あると思います。

たしかに走行性能だけみれば、
キャタピラのほうが安定するという判断も
あるんですが、
砂や岩が挟まった場合には
機能しなくなる可能性があると思っていて。
──
なるほど。
袴田
なので、僕らとしては、タイヤ型のほうが、
そういうトラブルもないので、
Google Lunar XPRIZEのミッションに対しては
優れていると考えているんです。
──
ちなみに、ローバーが月面で倒れたら‥‥、
どうなってしまうんでしょうか。
袴田
倒れたら、終わりですね。
ゲームオーバー。
──
まあ、そうか。ふつうに考えれば。
袴田
ですので、重心の設計だとか、
めったなことでは倒れないための工夫を、
さまざま、凝らしてはいます。
──
月面って、言うまでもなくですけど、
デコボコしてて、平坦じゃないですものね。

現時点で、500メートルを進むのに
どれくらいかかると、想定されていますか?
袴田
僕たちのローバーは、けっこう速くて、
人間が歩くくらいのスピード、
つまり「時速5キロ前後」で進むんですが、
そうですね‥‥
5、6時間あれば到達できると思います。
──
障害物を避けたりしながら。
それって、地球から操作するんですよね?
袴田
はい、ゆくゆくは
探査機にAI(人工知能)を載せる方向で
開発が進むと思うのですが、
今回のレースについては、そうです。

アメリカのアストロボティック社から
ローバーを遠隔操作することになるかなと。
──
いやあ、こうして聞いてくると、
話がいろいろ具体的になってきているので、
こっちもなんか、ドキドキする‥‥。

そもそもですけど、袴田さんは、
どうやって、このレースを知ったんですか?
袴田
もともと宇宙に興味があったので、
まだコンサルティング会社に勤務していた
2007年当時から、
「あ、こんなレースやるんだ!」と。
──
でも、その時点で「参加しよう」とは?
袴田
ぜんぜん。「そうなんだ」くらいで。

でも、2009年の夏に、
「いっしょにやりませんか」と誘われまして。
──
へえ、誰にですか?
袴田
ええと、知人の結婚式の披露宴で、
たまたま、隣に座っていた人なんですが‥‥。
──
えーと、つまり、どういうことですか?

結婚式で、隣の席に座った人と
その話で盛り上がっちゃった、みたいな?
袴田
まあ、言ってみれば、そんな感じですね。

彼は国の機関に勤めていて、
宇宙開発、
それも、月面探査ローバーの開発研究を
やっていた人だったんです。
──
なんと。
袴田
その場には上司のかたもいらっしゃって、
結婚式のおめでたい席で
「民間で
 月面探査ローバーをつくろうじゃないか!」
と、盛り上がってしまいまして。
──
はじめは、いわゆる「飲み話」だった。
袴田
ええ、ま、そのようなものです(笑)。
──
でも、開発にかかる何億円ものお金とか、
ローバーをつくる技術とか‥‥
「やってみたいなあ」と思ったとしても
「いやいやいや、無理でしょ」って
自分でブレーキかけちゃいそうですけど。
袴田
お金に関しては、
自分、コンサルティング会社にいたので
仕事の延長上で
アイディアを考えることはできたんです。

そして、技術面に関しては
東北大学で宇宙ロボティクスを研究している
吉田和哉教授が
ローバーを開発してくれることになって、
実現性も高いだろう判断しました。
──
挑戦を決め、仲間を増やしていった。

でも、結婚式での「飲み話」だったものが
打ち上げの一歩手前までくるとは、
いやあ‥‥なんというか、感服しました。
袴田
平坦な道のりでは、なかったですけど。
──
現時点での課題とかありますか、何か。
袴田
資金的には、
もう少し集めなければならないですね。

技術的には、かなり進捗していますが、
開発中のフライトモデルを
スケジュールどおりに完成させること、
それが、いちばんの課題です。
──
今日、お話をあらためてうかがって、
「優勝できたとしても
 ガッポリもうかるというわけじゃなく、
 むしろそれからがスタート」
というところが、
このレースのキモだなあと思いました。

未来に対して、楽しみがあるというか。
袴田
はい、そうですね。

あくまでもレースは「きっかけ」であって、
僕らのチャレンジは、
そのあとにも、続いていきます。
そこが、僕らも、おもしろいと思ってます。
──
レースといえば、ふつう観客がいますけど、
僕ら一般人も見られるんですか、
月面に降り立ったあとの、レースの展開は。
袴田
グーグルがスポンサーですから、
おそらくですが、YouTubeなんかも使って
レースの様子を
見ていただけるようには、なるかなあと。
──
それは楽しみです。今後も応援してます!
袴田
はい、ありがとうございます。
優勝できるように、がんばりますね。

<おわります>

2016-07-01-FRI