2優勝しても「赤字」?

──
あらためて、優勝するにはどうすればいいか、
教えていただけますか?
袴田
「来年2017年の末までに、
民間資本だけでロボット探査機を開発し、
月面に送り込み、
着陸地点から500メートル以上移動させて、
高解像度の動画や静止画を
地球に送信すること」ですね。
──
その課題を、いちばんに達成したチームに
優勝賞金「2000万ドル」が与えられる、と。
袴田
はい。
──
ちなみに、4年前にも聞いたことなんですが、
仮に、このレースに優勝しても、
ローバーの開発費用や、打ち上げ費用などが、
全額回収できるわけでは‥‥。
袴田
ないです。
──
ない。
袴田
やはり、着陸船まで開発するチームの場合は
回収できないですね。
すべて民間で、どんなに安くやろうとしても、
数十億円はかかると思うので。

僕らはローバーの開発に専念していますので、
ちょっと事情はちがうのですが。
──
でも、そこが、すごいですよね。

つまり、言ってしまえば
「優勝しても赤字」ってことですけど、
「それでもやる理由」が
「夢」とかじゃないっていうところも、
おもしろいなあと思います。
袴田
そうですね。

優勝賞金だけで十分にもうかってしまう、
それで満足してしまうことは、
このレースを主催しているXPRIZE財団さんや
スポンサーのグーグル、
そして何より僕ら参加者のやりたいことに、
マッチしていないんです。
──
つまり?
袴田
はい、このレースをきっかけに、
宇宙開発の分野で
イノベーションを起こして、
さまざまな宇宙事業や産業やビジネスを
生み育てていきたい。

僕ら参加者も、主催者のXPRIZE財団も、
そう思っているんです。
──
優勝が「ゴール」ではない、と。
袴田
そう、われわれが本当にやりたいこと、
XPRIZE財団やグーグルが
参加者に期待していることにとっては
優勝は「スタート」でしかない。

このレースに参加して、
あわよくば優勝することをきっかけに、
自分たちの宇宙事業を
ググーッと前に進ませることが
レースに参加する大きな意義なんです。
──
一過性の賞金稼ぎではなく、
その先に「将来への展望」を見据えた、
持続的なプロジェクトである、と。
袴田
優勝して賞金をせしめたら
もう何もやらない‥‥ということでは
たいして、おもしろくないですから。
──
じゃ、それぞれの参加者は、
それぞれに、
将来への事業展望を持ってるんですか?
袴田
僕らがローバーを運んでもらう
アストロボティックが、いい例ですね。

彼ら、月へのフェデックスになりたい、
将来的に、
月へ物資を輸送するようなビジネスを、
やりたいと言っているので。
──
へぇー‥‥。
袴田
もし、そんな月面輸送サービスが、
安い価格で提供できるようになったら?

NASAなどの国家機関からも
この月面探査機器を運び上げてほしい、
というオファーが、
どんどん、出てくると思うんです。
──
なるほど。
袴田
今、ヨーロッパは
具体的に、着手しようとしていますし、
おそらくアメリカも
これから日程に上げてくるはずですが、
将来的には、
「月面基地」ができるはずなんです。
──
おお。
袴田
そうなった場合、
月へ安く物資を輸送するビジネスって、
すごく重要になってきますよね。
──
袴田さんたちのチームでも
「月へのフェデックスになりたい」
みたいな構想が、
何か、言葉になっているんですか?
袴田
そうですね、HAKUTOというのは
あくまで
今回のレースのためのチームなんですけど、
その背景にある
「ispace」という会社のビジョンとしては
「Expand our Planet, Expand our Future」
というものがあります。
──
どういう意味ですか?
袴田
そうですね、最終的には
われわれ人類が
宇宙空間に生活圏を築いていくことを、
実現したいなと思ってます。
──
宇宙に住む‥‥というと
今の僕らにとっては夢のような話ですけど、
実際、その実現へ向けて
活動している人々がいるって、すごいです。
袴田
ただ、われわれ人類が
宇宙空間で生活をしていくにあたっては、
そこに「経済」が存在しなければ
ならないと思うんです。
──
「宇宙ステーション」という
物理的な「すみか」があるだけじゃダメで
持続的な生活を組み立てるには
「経済」という「仕組み」が必要だと。
袴田
そう考えると、
まずはじめに考えなければならないのは、
「どうやって宇宙で資源を採るか」

つまり、宇宙での資源開発を
今後の事業の核していこうとしています。
──
具体的には、たとえば?
袴田
まず、地球から物資を運び上げることに、
もっともコストがかかります。

でも、たとえば、月で「水」が採れたとして、
それをロケットの燃料にできたら
大量の燃料を積んで飛ばなくても、よくなる。
──
宇宙で、ガソリンスタンド経営。
袴田
そうそう(笑)。
たとえば、そういうことですね。
──
そういう意味で、
自分たちの探査機を月へ送り込むことは、
袴田さんたちの目指す
宇宙の資源開発事業の第一歩でもあると。
袴田
実際、今回のレースの中では
水などの資源を「見つける」ところまでは
いかないと思いますが、
水などの資源を「見つけるため」に
今のローバーの技術検証をしていくことが
われわれ「ispace」にとって
重要なレース参加の意義だと思っています。
──
ゆくゆくは、スタンドだけじゃなく
月面に燃料の精製工場が建設されたりとか
そういう未来をも考えてらっしゃる?
袴田
はい。
──
それって、どれくらい近い未来なんですか?
袴田
いろんな人たちが、
いろんなことを言いはじめているんですが、
2030年くらいから
じょじょに、実現されていくかもしれない。
──
え、そんなに先じゃない‥‥というか、
案外すぐですね。
袴田
NASAは「火星」に行きたいんですよ。

で、水を月で燃料として補給して
火星に行こうっていう構想があるんですが、
それを、2030年くらいに実現しようと
最近のレポートで言いはじめているんです。
──
宇宙開発って、
もう、そういう段階に来てるんですか。
袴田
今、宇宙に関する産業は
大きな転換点を迎えていると思います。

日本でも報道されましたけど、
PayPalのイーロン・マスクがやっている
スペースXだとか
アマゾンのジェフ・ベゾスが設立した
ブルー・オリジンなどの航空宇宙企業が
再利用型ロケットを
民間だけの資金で開発して、
比較的、安価に宇宙へ行けるサービスを
提供しようとしていますし。
──
最近、飛行機が安くなったなと思ったら、
宇宙まで安くなるかもしれないんだ。
袴田
彼ら民間企業の存在感が、
宇宙産業の大きな力の源になっています。

NASAも、従来のように
自分たちだけですべてやるのではなく、
先進的な民間企業を
活用していく方向に変わってきている。
変化のスピードが、
ものすごく、大きくなっているんです。
──
宇宙産業全体にとっては
得るものがたくさんあるってことですか。
仮に、優勝できなくても。
袴田
まあ、優勝したいですけど(笑)。
──
まだ、どのチームも
打ち上げには至ってないとのことですが、
予定とかも、ないんですか?
袴田
ええ、規定上、打ち上げの半年前には
いついつに打ち上げますって
XPRIZE財団に報告しなきゃならないので、
少なくとも、
今から半年間は、打ち上げはないです。
──
でも、打ち上げ時期の発表って、
ある種「駆け引き」でもありますよね。
袴田
たしかに、早いうちに明言しちゃうと、
他のチームに出し抜かれたり、
力ワザで、開発を急がれてしまったり。
──
そういう話の流れなのにアレなんですけど、
袴田さんたちは、
いつごろの打ち上げを目指してるんですか。
袴田
はい、具体的な打ち上げの時期については
まだ、発表していません。

が、2017年中に、という感じでしょうか。
──
ほんとに、もうすぐ‥‥なんですね。
袴田
はい。もうすぐ、です。
<つづきます>

2016-06-30-THU