高橋宗正+糸井重里 対談

写 真 に 何 が で き る ん だ ろ う ?
そう、くやしく思いながら
仲間と75万枚の被災写真を洗って展示した
写真家・高橋宗正さんの話。

東北の震災で被災した「写真」を
きれいに洗って複写して、
持ち主のもとに返却している人たちがいます。
写真家の高橋宗正さんと、その仲間たちです。
写真仲間やボランティアの学生さんなど
みんなで「75万枚」もの写真を一枚一枚、
泥を落としてデータ化しました。
東京からはじまって海外で展覧会も開きました。
彼らの活動は一冊の本にもなりました。
でも、高橋さんが
この活動をはじめたひとつのきっかけは
震災直後に抱いた
「写真に何ができるんだろう?」という思い。
もっといえば
「‥‥何も、できなかったんじゃないか?」
という「くやしさ」でした。
プロジェクトを進めていくなかで
その思いは、どう変化していったんでしょうか。
本を真ん中において
糸井重里と、対談していただきました。
第6回
写真は、あったほうがいい。
 
糸井 つまり高橋さんは、2011年に写真を洗い、
2012年には展覧会で各地を回って
貯金をなくして(笑)‥‥。
高橋 はい(笑)。
糸井 2013年につくっていたのが
ここにある『津波、写真、それから』という、
写真と日記が混じったような本。
高橋 展示であちこち回っていると、
いろんな人と自然につながってくというか
交流することになるんですね。

ニューヨークの展示を見てくれた人から
半年後にメールで
「ハリケーンのサンディが来て
 写真がけっこう流されちゃったので
 洗いかたを教えてくれ」とか。
糸井 へー‥‥。
高橋 で、「俺らは、こんなふうにやったよ」
みたいなことを描いて返信したら、
問い合わせてきた彼女たちも、
写真を集めて、洗って、
失くした人が探しに来られるような場所を
つくったみたいで。
糸井 ノウハウが、海外で役に立ったわけだ。
高橋 そうなんです。

こんなふうにしましたよという
方法や方向性みたいなものを残しておけたら
誰かの役に立つこともあるんだなって
そのとき、思ったんです。
糸井 それで本にしようと。
高橋 インドネシアの大学の先生からも
「こんど東京に行くから、話できないか?」
みたいなメールが来て、
お茶しながらカタコトの英語で話しました。
糸井 うん。
高橋 その人、
「写真を洗うだなんて、お前らえらいね」
みたいなことを言うんです。

「たしかに役に立ったわ」とか答えつつ
「でも、そっちだって
 スマトラの地震で津波があったでしょ?
 そんとき写真どうしたの?」
って聞いたら
たしかに、いろんなNGOとかNPOとか
たくさんヘルプはあったんだけど
「写真を洗うなんて、
 そんなのは、聞いたことないよ」と。
糸井 そうなんだ。
高橋 その意味で「日本人はすげえ」みたいに
言ってたんですけど、
「それは、あったほうがいいものだ」って
みんな強く言ってました。
糸井 あったほうがいい?
高橋 そう、あったほうがいい。

つまり
「写真っていうのは、あったほうがいい」
というのは、みんなが言うんです。
糸井 ああ‥‥。
高橋 本当に、どこの国の人と話していても
そのことは共通してました。

「日本人って、ほんと細かいことやるよね」
っていうのもセットですけど(笑)。
糸井 いや、いま「そうかあ」って思ったんだけど
高橋さん自身が写真家じゃないですか。

だから「写真って、あったほうがいい」って
みんなが言うような仕事をしたのは、
たまたまじゃなく、必然だったんだなあって。
高橋 あ‥‥そうかもしれないです。
糸井 高橋さんの話を聞いてると
「なんか、流れでこうなったんですけどね」
みたいに言うけど、
「写真って、あったほうがいい」
と思ってたから、写真家になったわけで。
高橋 たしかに。
糸井 で、あったほうがいいって思っていたから、
「お焚き上げ」も嫌だったんだ。
高橋 あー‥‥そのとおりです(笑)。
糸井 どうしても捨てられないなあってところに
写真の凄味があるわけだからさ。
高橋 だって嫌ですもん、捨てちゃうの(笑)。

だから、そういう意味でも、
ぼくらがやったことを本にして残しておけばと
思ったんですけど、
やっぱり‥‥批判もいただいたりして。
糸井 あ、そう?
高橋 まあ、他人の写真を展示して本にしてますから、
「売名だろう」とかって‥‥。
糸井 それはね、言う人は言うからしょうがないし、
高橋さんが
ちょっとづつ「言われない人」になるんだよ。
高橋 言われない人?
糸井 つまりさ、このあいだ「ほぼ日」から
谷川俊太郎さんが詩を書いて
松本大洋さんが絵を描いた
『かないくん』って絵本が出たんだけど。
高橋 はい、見ました。
糸井 あれ、谷川さんだってさ、
かつては、そう言われたんだよ、きっと。

詩で食っていけること自体が
批判された時代だって、あるんだから。
高橋 そうなんですか。
糸井 小林秀雄だって何やかやと言われて
「俺は、女房子どもを
 食わせていかなきゃならんから」って
宣言してましたよ。
高橋 そうか、そういうものなんですね。

ただ、そうやって批判する人の気持ちも
わからなくはないんです。

展覧会を見に来てもらえばわかりますし、
本を読んでもらってもいいんだけど、
こんなことをしている高橋宗正さんです、
みたいな記事だけだと
被災者を利用してるように見えるかもって‥‥。
糸井 そこに気がついてるだけでいいことですよ。
そんなのは、ぜんぜん。
高橋 そうですかね。
糸井 そうだよ。
高橋 そう言ってもらえると、なんだか。
糸井 ええと、じゃあどうですか最近は?
貯金のほうは(笑)。
高橋 えっと‥‥ええとですね(笑)、
また、こんど展覧会でスペインにも行くし‥‥
みるみる減りつつありますね。
糸井 でも生きてはいられる‥‥んですよね。
高橋 生きてはいられます。

スヌーピー展のオフィシャルカメラマンを
やらせてもらったりとかして。
糸井 よかったです(笑)これからも見てますね。
今日は、おもしろかったです。
高橋 ほんとですか?
糸井 うん。また、会いましょう。
高橋 ありがとうございます!

<終わります>
2014-06-06-FRI
 
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撮影:阿部健   協力:IMA

(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
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