HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
5 はじめての試合

最近、選手がアップを始める頃、
ベンチの隅でこそこそ練習しています。
「サインを出す」イメージトレーニングに余念がありません。
何しろ出されたことはあっても、
出すのは生まれて初めてです。
(これやったらわかりにくいかな?)
(こうしたら三塁コーチに見えづらいかな?)
と、無言のまま、ハエを追うように両腕を舞わせる日々。

そして今日、ついに試合が行われました。
でも、出していたサインは全部ダミー。
三塁の塩崎真コーチと、
お互いのタイミングを図るために動いていたのです。
従って、選手はだーれも気にしていなかったのでした。

今しかできないことを試すために、
本日は「ノーサインデー」です。

サインを出さなければ、選手一人ひとりが、
自分でどんなふうに考え動くのかがわかります。
僕のやり方にはめ込むのではなく、
まずはそこを見せてもらうのが狙いです。
結果として、どの選手も非常に積極的であり、
想像していた以上に
ぐいぐい行ってくれることがわかりました。
また、試合も7回くらいになると、
最初の勢いが少しだけ平坦になってしまうものです。
そこでまた、
「いくでー!」という呼びかけに、
「おっしゃー!」と再度ギアをトップに入れることができる、
そんな選手たちなのだと知りました。
ええチームやー。

それにしても、監督って、こんなに気持ちが高ぶって、
肩に力が入るものなんですね。
選手の時は試合中に、
自分だけの世界に入り込むことがしばしばありました。
チームプレーとはいえ、
他の選手の打席を最初から最後まで
じっと見ていたわけでもありません。
自分のチームの投手の投げっぷりを気にしつつも、
裏でバットを振ったりしていたものです。
そういった個々の集まりが、
これまでの僕にとっての野球でした。

けれど今日。初めて全部見ましたよ。何から何まで。
一球投げて、うわーっ。
一回振って、うわーっ。
声は出さずとも、いちいち力む。
最初から最後まで全力で応援し続けて、
9回にはもうふらふらです。
さらに、選手の交代なども
間違えないようにしなければなりません。
途中でわけがわからなくなって、
ついには紙に書いて提出する始末です。

こんな時、頼りになるのはコーチ陣です。
僕がいっぱいいっぱいなのを悟って、
どんどん助け舟を出してくれるのです。
指導者としてはコーチたちのほうが僕より先輩なわけで、
おかげでひとりで抱え込まず、思い切り今後も甘えていこう、
という気持ちになれました。
ええチームやー。

ところで先日、
ドラフト2位の近藤大亮投手の一軍昇格に際し、僕が
「二軍はクビだ」と言ったことがニュースになっていました。
先日あれほど楽しみにしていた、
しかも挫折した「昇格通告」なのに、
なんでまたそんな言い方を?
とあちこちから不思議がられているので、ここで種明かし。

あの日の練習前、
(さあ、なんて伝えようかな)
と、僕は大変ウキウキしていたのです。
すると、隣にいた吉田篤史投手コーチが、
呼び出されて不安げにやってきた近藤投手に、
「おい、監督めっちゃ怒ってんで!」
と言うではありませんか。
近藤投手の顔も、おのずと引きつります。
つまりこれは吉田コーチの、近藤投手への愛のエールであり、
僕へのお題なのです。
笑点でいえば、吉田歌丸さんなのです。
ここで何か怖い顔をして連携をとらなければ、
座布団はいただけません。
そこでとっさに出たのが、
「お前は二軍クビや!」
だったのでした。

近藤投手の活躍を、いつもより多めに祈っております。


2月24日 壮



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