HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
03 選手に一軍昇格を伝える/

いよいよなのです。
早くも二軍監督として、
もっとも嬉しい初仕事の瞬間がやってきたのです。

「次のクールから、上に行ってもらう」
と、重々しく言うべきか。
「おめでとう! 明後日から一軍やでー!」
と、笑いながら言おうかな。
おそらく選手にとって一生心に残るはずの初昇格の瞬間です。
どんなふうに伝えるのが、彼にとって一番いいのでしょう。

きっと本人は緊張した顔で、
背筋を伸ばして僕の前に直立するでしょう。
僕はきっと手を差し出して、
力強く彼と握手を交わすのです。
がっちりと合う二人の目と目。
そこでひとこと。
「一年間、ずっと上におるんやぞ‥‥」
短い付き合いながらも、
巣立っていく我が子を見送るような僕に、彼は真剣な顔で、
「ハイ!」
と応えてくれるはず。

ああ、もう誰か妄想を止めて~!

ということで、
ドラフト1位・吉田正尚外野手の一軍合流が内定し、
あとは「発表OK」のGOサインを待つばかり。
僕は嬉しくて嬉しくて、
かたわらに常に寄り添ってくれている田中雅興マネジャーに、
「まだ記者の人たちにはわからんように、
 言ってもいいタイミングがきたら教えてな」
とお願いしました。
何しろ今日はどういうわけか、行く場所行く場所、
僕の動線上に必ずマスコミ関係者がいるのです。
しかし、これは悟られてはいけないミッション。
サプライズパーティーだって、
事前に本人が知ってしまったが最後、
嬉しくも面白くもおかしくもありません。
驚きと喜びに満ちた瞬間の表情を最初に見られるのが、
二軍監督の特権ではありませんか。

ところがなんだか様子がおかしい。
吉田選手が特打
(とくだ・決められた練習メニュー以上に
 バッティングをする)を始めたら、
まわりに記者さんやテレビカメラが群がり始めたのです。
いくら注目選手といっても、何かが違う。
僕の野性がそう告げています。
そのうち「もう伝えてもいい」ということになったものの、
吉田選手のまわりには他の選手もいます。
まさかここで言うわけにもいかず、
彼だけを食堂に呼び出すことになりました。
しかし、そのあとを追うマスコミの人々‥‥。

まさか。

(福良さん‥‥言うたな‥‥)

すべての謎は解けました。きっと福良監督が、
「あー、吉田上げるから」
と、報道陣に言ったに違いありません。
そして、吉田選手は食堂に来る前に、
「さっき福良監督が上げるって言ってたよ」
「おめでとう」
などと、すでに報道陣から取材を受けていたのです。
「えっ、ほんとですか?」などという、
初々しいリアクションは、
とっくの昔に奪い取られていたのでした。

ああ~、大失敗です。
マスコミが吉田選手を囲み始めた時点で僕が気を回し、
先手を打っていれば。
マネジャーに言って、彼を早々に連れ出すべきだったのです。

やがて食堂に入ってきた吉田選手に、
僕はいったいなんと言うべきか。
で、出たのがこれ。

「もう、聞いた?」
「ハイ」
「‥‥なので、次のクールから一軍ね」
「あ、ハイ」

やってもーた‥‥。


2016年2月4日   壮

※そして、なんと、その吉田選手。
 右脇腹に張りが出たということで、8日から二軍に‥‥。
 いやあ、厳しいですねぇ。(ほぼ日・永田)



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