ほぼ日刊イトイ新聞

ねむりと記憶。 meet unrelated ‘F’ 池谷裕二+糸井重里


第13回 夢を見るロボットと、脳を大きくしすぎた人間。

糸井
眠りの研究は、どんどん
重要視されて、増えていると考えて
いいでしょうか。
池谷
はい。睡眠は、昔から
重要視はされていました。
重要視という意味では、変わっていないですが、
わかってきている、という意味では
増えている、と言っていいと思います。
糸井
特にここがわかったのが大きい、
というエポックは?
池谷
最近の発見では、
「深い眠り=ノンレム睡眠」について
わかることが増えてきたと思います。
浅い眠りは、目もカクカク動いて
夢を見るから、
ずいぶん前から研究が進んでいました。
ですから、これまでは
記憶の定着にはレム睡眠だけに関係があると
言われてきたんです。
深い眠りのほうは、
何もしてないだろうと思われていた。
なんたって、深い眠りだし、
脳波も比較的単純だし。
でもフタを開けてみたら、違いました。
それは、ここ5年くらいのことです。

あとは、睡眠に関係あることとして、
去年くらいに発表された、
おもしろい論文があります。

あるロボットを作ったんですが、
そのロボットは
自分の体の構造や性能についての理解を
自発的に「こうなっている」と、
習得していくように作られました。
コンピュータに自己組織化の
簡単なプログラムを入れて、
自分で率先して学習していくようにしたんです。
ムカデみたいな形をしていて、手が動きます。
間違えました、ムカデじゃない、
ヒトデです、すみません(笑)。

そのヒトデロボットは、4本足なので、
星形じゃなくて十字形なんですが、
「自分の体はこうなっているから」と、
4つの足をうまく使って動くことを
自分で学習して歩いていました。

そうやって自発的に動けるようになった後に、
足のうちの1個を、研究者が
「バン!」と壊す実験をしたんです。
そのロボットは、
自分で学習するプログラムが
埋め込まれていますから、
3本足になったら、なったなりに、
その3本の足を使って、
なんとか動くようになるんです、そのうちにね。

壊れてから動けるようになるまでのあいだ、
ロボットに何が起こっていたかを調べたら、
あることがわかりました。

それは、生物の睡眠と同じような活動が、
電気回路のなかで起こっていたんです。
そんなわけで、「ロボットは夢を見るか」という
タイトルの論文になりました。

この論文が出たとき、僕は
これはちょっと、一歩先、行ったな、
と思いました。
つまり、人工知能への道程の先が見えてきた。

糸井
人工知能も、もうすぐなのかな?
しかも人間は、コンピュータに比べて
何かと遅いし。
池谷
そうなんですよ。
人間のほうがスピードが遅い。

しかし、ここに重大な問題もあるんです。
もしも人間の脳回路を、
コンピュータの基盤回路で
まったく同じように再現できたとしましょう。
脳をまねした回路を、
電気回路で作るわけです、そっくりそのままね。

しかし、それを起動したら、びっくり。
自己熱で、一瞬で融解するんです。
糸井
ああ、電気回路は熱を発生するから。
池谷
パソコンの、あんなにちっちゃい回路ですら
ファンで冷やしていますが、
人間の脳にはファンがついていませんよね。
人間のエネルギー効率のよさはすごいんですよ。
人間の脳のエネルギーは、おそらく
電球1個くらいがボーッとつく、
あのくらいしか電力を消費していない。
あとはほとんどノイズに近いレベルの揺らぎを
うまくエネルギーに変えて活動しています。
そういう意味では、
電気回路で人間の脳を真似るのは
まだまだかな、という感じはあります。
糸井
じゃあ、人間の脳を作ることができるのは
まだ先のことですね。
池谷
はい。同じものをそっくりそのまま作るというのは
まだ、できそうにないですね。
人間の脳って、いろんな意味で
特殊だなと思います。

人間は、動物から発生してきました。
つまり、動物の基盤の上に
どんどん進化してきたんです。
でも、人間の脳って、
何かひとつ、ほかの動物とは違うなおかしいな、と
思う点があるんです。
糸井
人間の脳が。
池谷
たとえばサルに、
「これはモノですか、それとも動物ですか」
と判断させて、
ボタン押させる実験をしたとします。
サルは、これをすごく上手にできます。
人間もできますよね。
でも、人間は、訓練をしても限界があるんです。
スピードで差が出ます。

サルはものすごく早く
ボタンを押すことができます。
いろんな仕事をやらせてみるとわかりますが、
サルの判断力はすごく早いです。
人間は遅い。サルの何倍も遅いです。

そういう意味では、サルの脳のほうが
効率がいいんです。

人間の脳は、きっと大きくなりすぎたんです。
いろんなこと考えてしまう。
画像を見て、これはライオンであると考えて、
そして、ボタンを押す。
単純反射的には、どうしてもいかない。
糸井
しかし、サルの早いジャッジは
命取りになりますね。
池谷
そのとおりです。
予期していないことをされると
サルは弱い。

私たちの生命にとても必要な脳の部分に
脳幹(のうかん)があります。
脳幹の上に大脳が乗っています。
生命の上では、脳幹のほうがメインで、
つまり、脳幹さえあれば、
とりあえず生きていけます。
この意味で大脳皮質は、もともとは
飾りのようなものでした。



「生命維持のために必要だから眠りなさい」とか
「逃げなさい」と
脳幹が大脳皮質に指令を送るわけです。
ところが、進化の過程で
大脳皮質がどんどん拡大していきました。
それが、哺乳類です。
そこにクリティカルポイントが
やってきました。

大脳皮質がどんどん大きくなって、
大きくなりすぎちゃうと、
大脳皮質のニューロンの数が
脳幹のニューロンより圧倒的に多くなってきます。
そうすると、大脳皮質のほうが、
権力を持っちゃうんです。
関係性が逆転する。
大脳皮質から、脳幹に命令が行く。



これが起こっちゃったのが人間なんです。
これは、人間しか起こっていないことです。
糸井
この説明は、ひじょうに
わかりやすいですね。
これが、人間というものなんですか‥‥!
池谷
だから人間は
理詰めになっちゃうし、
あるいは、ときに無意識が勝ったときに
大脳皮質としてどう説明していいか
わからなくなるんです。

糸井
だから人間は、
国のために死ねることになる。
池谷
そうです。これが起こっているのは人間だけです。
サルはまだ、脳幹が命令を出しているから
こんなことはありません。
ネアンデルタール人は
おそらく言葉を持っていなかったと思うんですが
このあたりは微妙な
臨界点だったんじゃないでしょうか。
突き抜けなさそうで、でも、突き抜けそうで、
ちょうどバランスがよかったんでしょうね。
いちばん幸せだったのかもしれません。
糸井
中沢新一さんが言っている
アルタミラの洞窟の話を思い出します。
洞窟に壁画を描いた人は、
職業的な絵を描く人だったかどうかも
わからない。
けれども、その描写が持っているものの豊かさは
すごいという話。

池谷
中沢先生は、あの頃に
人類のすばらしさの頂点を迎えたと
おっしゃっていましたね。
糸井
大脳皮質に
上位を取らせたのは、言語体系ですよね?
言語体系というものが
自分を阻害するほどの力を持っちゃった。
池谷
はい。言語体系に頼りすぎちゃって、
脳幹が大脳皮質をコントロールしきれなくなった、
いわば、悲しさがあると思います。
ある意味で悲劇です。
糸井
いま、内臓感覚を大切にしたくなってる感じが
僕にも、みんなにもきっとあります。
脳幹と大脳皮質の戦争のせいで、
有利になったのは、いまの人間だけ。
池谷
そうです。
合理化や効率化、論理化で
説明しようというのは
大脳皮質のほうで、
脳幹は無意識、つまり、直感やセンスのほうです。
糸井
近代的知性が、ある意味
生命の敵になることもある。
これは冗談じゃないよ、と思っても、
まちがいじゃないかもしれない。
この簡単な図はものすごくわかりやすいですね。
池谷
人間の大脳皮質は、
ちょっとニューロン多過ぎですね。
一説によれば140億もあるといいますから。
糸井
そのうちのほとんどは使われなくても、
豊かだったかもしれないですね。
「必要に迫られて」大きくなったんだと思うけど、
もしかしたら必要じゃなかったかもしれない。
池谷
大脳皮質を大きくしていったほうが
有利だったことは確かだと思います。
しかし、大きすぎてしまったときのことを
予期しなかったわけです。
逆転現象という相転移。
こうした予想外のことが
起こってしまったんですね。
糸井
だからこうやって、眠りについても
悩んじゃったりしてさ。
池谷
そうですね。
研究も、したりして(笑)。
糸井
ははは。
いやぁ、いつもながら
最新の情報を混ぜ込んで
こんなにもおもしろくわかりやすく
お話しくださって、ありがとうございました。
池谷
こちらこそ。
糸井
また、近いうちにお会いしたいです。
ありがとうございました。



(おしまい)
これで、池谷裕二さんと糸井重里の
睡眠についての話はおしまいです。
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2007-12-12-WED

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