第5回 うん、僕はアイヅチストですね
糸井 僕の一番親しい仲畑貴志というコピーライターが
サン・アドという会社にいたんです。
そこにいた品田正平さんという
とても人に教えることもじょうずな、
人格も立派なコピーライターのかたが
仲畑くんのところに
「これを読んで書き写すと文章が上手になるぞ」
とチャペックの「園芸家12ヵ月」
ポンと置いておいてくれたらしいんです。
文章表現などを学ぶんだったらこれだぞと、
品田さんが言ったということの意味が
ほんとうによくわかる本なんです。
重松 うんうん。
チャペックには、「山椒魚戦争」とか
たくさん長編もありますけれども、
短い、ほんと断片のような文章に
すごくいいのがたくさんあるんです。
短い言葉って短い分だけダラダラ書けないから、
ひとつひとつの言葉が持っている比重が高い。
チャペックって、新聞でずっと
コラムを書いていたんです。
だから、すべてをびっしり書けないメディアで
書き続けたことが大きいんです。

だから星新一さんってすごいなと思うのが、
小学生でもわかるまさに手垢のついた言葉なんだけど、
やっぱりゆるがせにできない強さがあるんですよ。
そうじゃなかったら、あの枚数で、
しかもあれだけの作品数を書けないわけですよ。
大人にとっての星新一さんといったら、
小学校時代に読んだなで
終わっているかもしれないけど、
もう一回戻ってみたら、
何か別の味わいがあると思うんです。
糸井 僕、星新一さんの本、
1001編のすごく分厚いやつ。
ここにおすすめで出そうか悩んだんですよ。
すばらしいですよね。
重松 小学校時代までさかのぼってもいいんだけど、
若いころや子供のころに読んで好きだった本って、
絶対に読み返していいんですよ。
なにかしらの好きな理由があるんだもん。
案外、一冊の本を好きになったり、
ひとつの言葉に胸を打たれたりする部分って
いくつになっても変わらないと思う。
だから僕は40歳を過ぎても
やっぱり永ちゃん格好いいな、
「成りあがり」格好いいなと思っている部分は
おそらく変わっていないと思うんですよ。
結構それって忘れがちだから、
ガキのころ、若いころに出会った言葉と
もう一回出会い直すって
大事なんじゃないかと僕は思っています。
糸井 うん、まさにそのとおりとしか言いようがないです。
星さんの作品にふれたのと同様に
誰でも一度は病にかかると言われている太宰治。
彼から離れられるということはないですね。
どこまで行っても太宰治はいますよね。
これは驚きますね。
重松 自分が親になってみると
「桜桃」が理解できるわけですよ。
歳を重ねることで印象もどんどん変わっていくから
何度でも出会ってほしいですね。
で、最後の「21世紀の国富論」の原丈人さん、
これはどのあたりがおすすめですか?
糸井 僕が最近出会った、この人の話を聞いていると
きりがないというおもしろさを持っている人です。
人の会社に投資する人だったり、
人に会社を作らせる人。
アメリカにいて、日米の経済交渉なんかするときには、
アメリカ側のデスクに座っている人なんです。
重松 慶応からスタンフォードを出て、
シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリスト。
投資家のひとりらしいんですが‥‥。
糸井 そう聞くとちっともおもしろくないですよね。
考古学をやるためにお金が欲しくて、
お金を得るにはどうしたらいいかと思って、
お金を得るための勉強をしに
スタンフォードに行ったんです。
で、投資家になって大金持ちになり、
中継システムを作ったと思えば、
それらを使った教育システムを開発して
バングラディシュで教育を
普及させるようなことを‥‥って
しゃべっていくときりがないです。
だってそもそもは鉄道模型作る人の
助手だったりするんですよ。
原さんと何ができるだろうか、
というのが今年のテーマのひとつなんです。
でね、ときどき、怒りを感じている節が見えるんですよ。
重松 それはなぜ?
糸井 日本のいろいろな変なリーダーたちへの怒りなんです。
たとえばいま、
共和党の経済顧問をやっているんですよ。
何でかというと、
自分が言っているようなことをまともに言うと、
コミュニストだとアメリカでは思われる。
コミュニストだと思われると、
もう全部がお釈迦になっちゃう。
でも、共和党の経済顧問をやっていると
絶対コミュニストだとは思われないわけです。
そういう2手、3手先を読む
囲碁の打ちかたみたいな用意周到さがあるんです。
重松 理由がきちんとしてるんですね。
糸井 ものすごくうまいんです。
そういう話をする機会がないから、
いろいろと話をしてくれる。
重松 話ができる場を糸井さんが作るんですね。
相づちに徹するとか。
糸井 うん、僕はアイヅチストですね。
重松 アイヅチスト(笑)。でも、わかります。
相づちってやっぱり人の話の肯定ですからね。
相づちを打つ力のほうが大事ですよ。
僕は言葉で生きている人間なので、
やっぱりそういう人と人の対話での言葉だったり、
本の言葉というものによって、
皆さんの人生の中で何かが大きく揺らいで
突破口がバーンと開いたりするといいなと思います。
糸井 本にしても物事にしても人にしても、
興味あることを探すというのは運もあるから、
本当に探している人は探せるし、
探してない人は探せないんですよ。
「おもしろいことないな」と言っている人は
本当にそう思っているんでしょうね。
でも、ないなじゃなくて、本当に探してないだけ、
単純にそういうことだと思うんですよ。
だから1年過ぎたあとで
「俺の1年ってこんなにいろいろあったんだ」
と思うのがいちばんおもしろいんです。
僕なんか、歳をとるにつれてそうなってきてます。
逆に若いときのほうがおもしろいことを探すのが
下手だったなと思うくらいです。
しり上がりにおもしろくなりますよ。
重松 うんうん。
おじさんになるのも捨てたもんじゃないな
というのが僕の最近の基本姿勢なんです。
やっぱり自分を肯定しておかないと。
糸井 自分に相づちを打つかのごとくね。

今日で、この連載は、おわりです。
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ご愛読ありがとうございました!
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写真提供:活字文化推進会議