おいしい店とのつきあい方。

022 シアワセな食べ方。 その13
父の愛した目玉焼き。

先日、父が定宿にしていたホテルに
ひさしぶりに泊まりました。

頻繁に出張をしていた街のホテルで、
年間20泊はしていたでしょうか。
30年近く変わらずずっと。
近くに新しく、もっと快適なホテルができても
かたくなにずっとそこ。

「あのホテルじゃなくちゃいかんのだ」

と、あまりに頑固にいうので
一緒に泊まることにした。
古い時代の建物で、小さな窓の薄暗い部屋。
調度はしっかりしていて
サービスも決して悪くはないのだけれど、
父がそこまで執着する理由はほとんど感じなかった。

寝て、起き、朝食。
メインダイニングのフランス料理店で待ち合わせよう‥‥、
とチェックイン時に打ち合わせをし、
約束の時間のちょっと前にボクは到着。
注文をし終えた頃合いで、約束の時間通りに父の登場。

「サカキ様、いつもの通りで
よろしゅうございましょうか?」

とお店の人に聞かれて
「しかるべく」と父はこたえる。

しばらくしてやってきた皿の上には、
まさに父の好みのサニーサイドアップがあって、
父はシアワセそうに食事をはじめる。

なるほど、この朝食が
「このホテルでなくてはならない」理由だったんだ、
とボクは合点。
父はそれからもずっとこのホテルに泊まり続けました。


ボクにとっては20年ぶり。
かつて朝食をメインダイニング、コーヒーショップ、
和食レストランと3ヶ所で提供していたココも、
合理化のためでしょう‥‥、
コーヒーショップだけが朝から営業。

とはいえ朝食バフェではなく
和朝食をふくめたフルラインナップの朝食メニューを
用意してテーブルサービスでというのがありがたい。

ただ予約制。
ホテル経営も大変なんだなぁ‥‥、と思いながら
朝食をとるためコーヒーショップへと足を運びました。

アメリカンブレックファストを選びます。
オレンジジュースとコーヒー、
薄切りのパンを「よく焼き」の
ドライトーストにしてもらい、
目玉焼きは好みの焼き加減を伝えて待ちます。
オレンジジュースを飲み干し、
トーストにバターを塗り終えた頃合いで
お待たせしましたと声がする。
注文した通りのボクの好みに
よく焼けた玉子の状態に感心しながら
ゆったりとした気持ちで朝をたのしんでいました。

ほぼ食べ終わろうかというタイミングでした。

「失礼ですが、サカキ様のお父様は
ヨシオ様ではいらっしゃいませんか?」

と声がする。
みるとコック服をきた
恰幅の良いシェフがたっていました。

そうだと答えると、数年前にお亡くなりになったと
風のうわさに伺いましたと、頭を深々を下げ、そして一言。

「お父様とはフライドエッグの好みが
違ってらっしゃるんですね‥‥」

と。


朝食の予約票にボクの名前を見つけて、
もしやと思って、
これを用意してお待ちしておりました‥‥、と、
古いノートのページを開いてボクに手渡す。
そこには父の名前と目玉焼きの焼き加減に関する
詳細な説明と、レシピ。
その状態を表すフライドエッグの絵が
描きそえられておりました。

シェフはなつかしそうに話を続けます。

「当ホテルの調理長が代々引き継ぐ、
お得意様の料理の好みを書いたノートで、
私が引き継いだのは
今から15年ほど前になりましょうか。
引き継ぐときには、1ページ、1ページ、
丁寧に説明を受けたのですが、
特にこのページのコトは時間をかけて
先代料理長は説明をしたものです。
この方は玉子の焼き加減の好みが
はっきりしてらっしゃって、何度焼き直しをしたことか。
こうして書類に残しても、焼き手が変わると、
今日はいつものと違う人が焼いたのか?
と当てられるので、
宿泊予約にサカキ様の名前を見つけたときには、
よほどのことが無い限り、
自分が朝のシフトに入って玉子を焼いたくらいでした。
先代調理長が引退して、はじめて私が焼いたときには、
私自らご挨拶をかねて
目玉焼きを運んで提供させていただいきました。
焼き加減はいかがですか? と伺うと、
『8割方合格だね』っておっしゃるもので、
残りの2割を教えてくださいと申し上げました。
すると、底の焦げ加減が少々弱いことと、
玉子の黄身の芯がまだ冷たかったこと、
白身の一部が生焼けであったこととか、
それはもう次々、お気に召さないところの指摘が続いて、
『それじゃぁ、ほとんど不合格ということですね?』
と思わず言ってしまいました。
するとニッコリ笑顔になられて、
『でもおいしい。何より来月、
またここに泊まることがたのしみになりました』
って激励されました。

好みがはっきりされた方に
料理を作るコトは大変だけど、たのしい仕事です。
本当に鍛えていただきました」

‥‥、と、思い出話に花をさかせました。

食べることに対してのみならず、
仕事や生き方に対してもこだわりと執着心を
遺憾なく発揮した父。
そんな父も、自分のこだわりに反した目玉焼きを食べ、
にもかかわらず、心から喜んだことがあります。

来週のお話といたしましょう。

2018-04-05-THU