おいしい店とのつきあい方。

019 シアワセな食べ方。 その10
不安が不満に変わるとき。

ファストフードのお店ばかりを
経営している友人がいます。

外食産業の経営をはじめてもう30年ほど。
一番最初はテーブルサービスの
カジュアルなレストランを経営していた。
感性豊かで、人使いが上手な奴で、
たちまち支店を作って成功。
50になるかならぬかのときには、
最終的には客単価が1万円を越える
アメリカ料理のダイニングレストランを
経営するまでになった。

けれどそののち。なぜだか急に、
それまでやってたレストランを次々売却。
楽隠居するにはまだまだ早いだろう‥‥、
って茶化していたら、彼は今度は
セルフサービススタイルのカフェをはじめた。
上質な素材に最小限の手間をくわえることで、
スピーディーに提供できる料理にこだわり人気をとった。
まもなく還暦という年齢ではあるけれど、
事業意欲は旺盛で、
次々店を増やす辣腕ぶりも若々しい。


ただ、飲食店の経営において、
若いときには客単価の手頃な店をもち、
経験を積みながら徐々に客単価をあげて行くのが、
成功する秘訣のひとつ‥‥、と言われていて、
それに比べて彼の事業スタイルはまるで逆。
不思議に思って、なんで? と彼に聞いてみる。
彼は答える。

「飲食店で働くというコトは、
どんなに誠心誠意、お客様のコトを思って
料理を作ったりサービスしても、
お客様の期待に完璧に応えることができない仕事。
どうしても不満がでてくる。
昔は理にかなった不満がほとんど。
例えばスゴく忙しいときに、
これだけお客様をおまたせしたら
叱られるだろうなぁ‥‥、って思うときに叱られる。
なんでこんなコトで
叱られなくちゃいけないんだろうって、
哀しくなるようなクレームに
さらされることが多くなった。
そんな職場で、
大切なスタッフを働かせることが苦しくなって、
それで飲食店の経営をやめちゃおうか‥‥、
と思ったこともあったほど。

冷静になって考えてみたんだ。
どんなときにお客様は不満をもつのか‥‥。
お客様がお店にこられて、
食事をし帰っていくまでのどんなタイミングにも、
お客様を不安にさせる何かがおきる。
ただ、確実なのは
『食べているときに抱いた不安』を
お客様は口に出したがらない。
味がおかしいんじゃないか‥‥、
って不安はもしかしたら
自分の感じ方がおかしいのかもしれない‥‥、
って別な不安に向かう。

ところが『食べていないときに抱く不安』は
不満に変わる。
料理の提供時間が私だけ遅いんじゃないか‥‥、
という不安は口に出しても、
あなたの感じ方がおかしいんじゃないかと
反論されることはまずなく、
だから不満になっていく。
だから食べていない時間が短くなれば、
お客様から叱られる機会が減るに違いない‥‥、
と、それでファストフードスタイルの
店にすることにしたんだよ‥‥」

って。

「食べている時」よりも
「食べていない時」の方が不満を感じることが多い。
なるほどなぁ‥‥、と思いました。

例えば父と一緒に食事に行くと
必ず何か一つは不満を漏らす。
大抵それは料理が提供される前のコト。
「料理がでてくるのが遅いなぁ」
‥‥、というくらいならまだしも、
いつも饒舌にしゃべるのです。

「厨房の中のスタッフもサービススタッフも
数が足りないから料理提供が遅れてもしょうがない。
なんでもっとスタッフを充実させておかないんだろう。
そもそも、こんな状態の店で、
お前らみんな別々の料理をたのんだりするから、
遅い料理がなお遅くなる。
オレがたのんだモノを、みんなもたのめば
厨房の作業も簡単になってもっと早く食べられるのに」

‥‥。

まるで父の本業のコンサルタントのような物言いで
ぶつくさ不満を言うのが母はどうにも我慢出来なくて、
大抵こう言う。

「お金ももらっていないのに、
コンサルティングなんてしなくていいの。
せっかくみんなでたのしく
食事をしようと思って来てるんだから、
もっと前向きにとらえることはできないの?

例えば‥‥。

遅くてイライラする‥‥、っていうところを、
『丁寧に作ってくれているんでしょうね‥‥、
時間がちょっとかかっているけど
たのしみでしょうがないわね』って、
口に出して言えば、
ほら、なんだか待つのもたのしくなるじゃない?」

‥‥、って。

レストランでする食事をたのしくするための変換辞書。
あるかなしかが大きな違い。

来週、お話いたしましょ。

2018-03-15-THU