おいしい店とのつきあい方。

018 シアワセな食べ方。 その9
ひとりでもさみしくない。

ボクも東京でひとり暮らしです。
仕事もひとりですることが多く、
だからひとりで外食する機会が多い。
ひとりで外食するのはさみしいから‥‥、
と敬遠する人もいる。
でもひとりで食べるのに適したお店も沢山あります。
カウンターのあるお店。
例えば寿司屋のカウンターでひとりで食事するのは
さみしいどころか粋でどこかカッコいい。

目の前にいる職人さんとのやりとりが
煩わしいと感じてしまうと、
食べる仲間に逃げ場を求められないカウンターは
居心地悪い最悪な場所。
そういえば、最近、観光名所の様相を呈して
すごい行列ができてるラーメン屋さんなんて、
誰からも邪魔されないでラーメンを食べることに没頭できる
鶏のケージのような客席を売りモノにしていたりする。
その非日常感が好きな人もいるのだろうけど、
まるで「お金を払って利用する試食コーナー」
みたいな感じで、
これはレストランとは違う場所だな‥‥、
って思ってしまう。


レストランはコミュニケーションの場。
目の前に座る人のない食卓は、
だからさみしくみえるんだ‥‥、と言う人がいる。
そう言えばボクの父がそういう人で、
ひとりで外食するくらいだったら出前をとる。
あるいはコンビニで弁当を買って
部屋で食べた方がいいと言っては、
旅先で一緒に食事をしてくれる人を探して、
手当たり次第に知り合いに電話をかけてばかりいた。

ボクは父とは違って、ひとりで食事をしていても
あまりさみしいと感じない。
どうやって作るのかなぁ‥‥、とか、
どうやったらこの一皿を
もっとおいしく食べられるだろうとか、
考えながら食べればまるでさみしくはない。
料理が目の前にないときだって、
間もなくやってくるであろう料理の名前を
口の中でつぶやきながら、
それがどんな姿で
どんな器の中に入ってやってくるだろう‥‥、
なんて考えながら料理を待つと、
あっという間で退屈することもまるでない。
だからどんなレストランでもひとりでいけるよ‥‥、って、
父に得意げに話したのです。

すると父はコンサルタントの表情になり、ボクにこう言う。

ファストフードやコーヒーショップはまだしも、
ひとりで利用されることを想定していない
レストランにとって、
お前みたいな客は面倒な客って思われるだろうなぁ‥‥。
お店の人が気をつかう。
退屈してやいないか、
料理の提供が遅いって思っていないか。
チラッと時計をみる仕草にドキッとしたり。
そもそもお店の人に
「気にかけてもらう」ようにふるまうべきで、
「気をつかわせる」客は粋な客とは思われんぞ‥‥、と。

仕事では人一倍、周りの人間に気をつかわせていた父も
レストランではそう思うんだ‥‥、と意外に思い、
ただその確かな指摘に
ボクもお店の人に気をつかわせない工夫を試行錯誤した。

そして数年ほど前のコトです。
父が他界し、長男として
さまざまな後始末をしたそのひとつが、
田舎に住んでいた父が
東京の定宿にしていたホテルに預けてあった
私物をとりにいったとき。
そうだ、ココのレストランのエビのピラフを父が大好きで、
何度か一緒に食べたんだった‥‥、と、
そのレストランに立ち寄った。
印象の強い父のお連れのボクです。
支配人がやってきて、
サカキ様のご子息でらっしゃいますか? と。
はいと答えると、この度はご愁傷様ですと、
それからしばらく思い出ばなし。
むつかしい人だったから、
サービスするのは大変だったんじゃありませんか?
と聞いてみた。
答えは意外。

「おひとりでお越しになるときは、
必ず店が静かな時間を選ばれてらっしゃいました。
お部屋から降りてこられて店内をみて、
混んでいるとそっとお部屋に戻られ、
出直してらっしゃった。
着席される場所は目立たぬ一番隅の席。
ちょうど今、お客様がおすわりの
斜め後ろの席がおこのみ。
判で押したように、アイスティーをまずたのまれて、
野菜のサラダにフレンチドレッシングを少な目に。
メインはエビのピラフ。
キレイにお召し上がりになった食後は
濃い目に落としたコーヒーと、
バニラアイスクリームをワンスクープ。
本をお持ちになって、
料理が来るまでは静かにそれを読んでらっしゃいました。
そうそう、着席されると腕時計をまず外されて、
背広のポケットにおさめて、
これでのんびりできますから‥‥、と。
私達に気をつかわせない、
やさしいお客様でらっしゃいました」

父がたのんだ通りに注文。
メインのピラフを持ってくる支配人の手に、本が一冊。

「『この本はいい本だった。
レストランの人にも勉強になる本だと思うから、
読み終えたもので恐縮だけど置いていきます』
‥‥、と、お父様が残していかれた本なのですよ‥‥」

と。

ありがたいかな‥‥、
『おいしい店とのつきあい方』の一冊目
もっと親父の誘いの電話に応えていれば良かったなぁ‥‥、
と、しんみりしました。
また来週。

2018-03-08-THU