冬の気配を感じると、待ち遠しくなる料理があります。
上海蟹。
その名の通り、上海から香港にかけてのエリアで獲れる
小ぶりのワタリガニに似た河蟹で、
それを蒸してまるごと味わう。
栗の香りのする、スベスベした身。
白くてプルンとハリがあり、
けれど何よりおいしいのが「卵」なのです。
秋の終わりのまだ温かい頃には、メスがおいしく、
どんどん寒くなっていく11月の中頃あたりには
オスがおいしくなってくる。
深いオレンジ色をしたメスの内子は、
ホロホロほぐれて、食べるとネットリ。
口の中でクリームのようになっていく。
小さなひとかたまりの中に
カニ一匹分の旨みと香りを封じ込めたかというような、
濃厚にして華やかな味。
オスのおいしい部分は精巣。
ネットリ歯茎にしがみつき、
頬張った瞬間、口が止まってしまう。
しばらくじっと、顎うごかさず味わっていると
強烈な旨みがじんわり広がっていく。
その驚きに満ちた味わいや、
一年の苦労がすべて吹っ飛んでしまうようなおいしさで、
豪華の一言。

一年の苦労を帳消しにするだけのおいしさの対価は当然、
大人の財布をフル稼働させなくてはならない
レベルであって、だからとびきりの友人だったり
同僚だったりを誘って円卓を囲むことになる。
ゴチソウではある。
けれど「カニ料理」‥‥、
つまりみんなが食べるコトに熱中してしまう
料理の宿命として、
上等な接待には向かない料理の一つでもある。
だから、会話がなくとも一つのテーブルを囲むことで
互いの気持ちが通じ合う、
気心知れた仲間同士で食べるゴチソウ。

‥‥、ではあるけれど。
この上海蟹を接待料理にふさわしく
提供してくれる店がある。
香港の海鮮料理で有名な高級店。
あるいは東京にも数軒。

 


上海蟹が茹で上がりましたと、
うやうやしくもカニをのせたお皿が
一人一皿づつやってくる。
暴れぬように縄で脚やツメを
胴体に括りつけて蒸すのが流儀。
茹で上がってから縄を外して、
それはコロンと丸まって、
朱色の甲羅を上に向けお皿の中にうずくまる。
さぁ、食べようか? と思うまもなく、
サービススタッフがやってくる。
お客様2人にひとり。
お客様とお客様の間に立って、カニを手にする。
手には白い手袋をはき、見事な手際で甲羅を剥がし、
脚を一本一本取り払い、
食べやすいようにお皿の上にきれいに盛って、
どうぞと差し出す。
皿に置かれているのはカニの胴体だけ。
サービススタッフの手元には
ツメと脚の入ったお皿が残るという趣向。

熟練したサービススタッフの手をしても、
カニを食べやすいようにするには
いささか時間がかかってしまう。
甲羅を剥がしたカニの内子はみるみるうちに冷めていく。
だから待たずに、
どうぞ先にお召し上がり下さいな‥‥、と。
もてなす側がゲストに薦める。
勧められたゲストはそれを断らず、
心置きなく先にかぶりつくのが礼儀。
2つ目のカニの解体ショーが終わったところで
サービススタッフはツメと脚の入ったお皿を持って
一旦、テーブルを下がり
カニの胴体がキレイに食べ終わる頃合いで、お皿がひとつ。
中にはカニの身だけがタップリ。
脚とツメの肉をだけを殻から
丁寧にはずしたモノがやってくる。

面倒なコトをすべて代わりにやってくれる。
それで食べ手は心置きなく会話をたのしむことに
集中できるのですね。
上海蟹はお腹を冷やすから、ビールではなく紹興酒。
最後に生姜を搾った甘いお茶を飲むと、
お腹を壊さないですむんですよね‥‥、
とか言いながらカニを食べ終わる頃には
テーブルの上はシアワセなムードで包まれる。




そのテーブルは円卓です。
角のない丸いテーブル。
座る場所によって上下をほとんどもたないテーブル。
料理を提供するにしても、
大皿に盛られた料理をテーブルの上で小皿に盛り分け、
円卓の真ん中に置かれた回転テーブルにのせて
グルリと回す。
一番最初のお皿が主賓の前で止まるように、
もてなす側が回転テーブルを回す。
そして「お先にどうぞ」と勧めることが、
円卓におけるおもてなし。

主賓が座った場所が上席。
その上席の横にはもてなす側で一番責任のある人が座って、
主賓のお世話をする。
もてなす側ともてなされる側が
テーブルを挟んで向かい合うのでなく、
その双方が隣り合わせに座って
もてなし、もてなされるというのが
中国料理の独特で魅力的な接待法なのであります。
とはいえ、主賓が座るべき場所が決まらないと、
おもてなしはスタートしない。
例えば、個室なんかでは、
入り口から遠い席が上席のように
ふるまうこともあるけれど、
例えば北京ダックのような、
お客様の目の前で最後の仕上げをする料理。
ワゴンでダックが運ばれてきて、
皮を熟練の手際で削ぎながら
皮でくるんでくれる作業を間近で見られる入り口近くの席が
料理好きにとっては一番上席だったりすることもある。
上席のヒントは、どのようにお客様をもてなし、
どうして差し上げればお客様が喜ぶか?
ということの中にある。
「ここが唯一の上席である」
という答えがあるわけじゃない。
マークシート型じゃなく、
小論文式の答えを導きださなきゃいけないのが
円卓接待の大変なところであり、
でも成功すると格別なものになるのです。

さて来週は、中国料理的なもてなしのコトを
ちょっと考えてみようと思います。

 

2013-09-05-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN