それは本当に夢のような3時間でした。
駐車場で下駄を借り、
少年のような気持ちでレストランまでの道のりをたのしみ、
ピカピカの靴でもてなされ、心づくしの料理をあじわう。
今日のようなことがなければ、
おそらく永遠にはいることができなかったであろう
厨房の中を通って、車に乗りこみ笑顔でお店をあとにする。
支配人と調理長が頭を下げて見送る姿に手を振りながら、
みんな、ため息つきながらこれから
2時間ほどの家路のコトをぼんやり思う。
そして車は急な坂道をかけおりて、
駐車場へと戻っていきます。
あぁ、今度はいつこれるだろう‥‥、
とレストランの方を見上げて驚きました。

今日のお客様はすでに全員、到着されたからなのでしょう。
テントはきれいに片付けられて、
数時間前のことがまるで夢のように感じる。
駐車場の入り口近くに色鮮やかな傘が2つ。
案内係の和服の女性がそれをもち、
ボクらに向かって手を降り、そして頭を下げる。
最後の、最後のお見送り。
夢の中には悪夢もあって、けれど
「お願いだから、さめてくれるな」
とココロから願いたくなる夢もある。
そんな夢を見させてもらって、
ボクらは本当にうっとりしました。
ゴルフのスコアの話をする人などひとりもおらず、
車の中は今日の食事の話のコトに花が咲き、
幸せな空気でずっと満たされていた。
ボクが仕組んだコトではなかった。
けれど、ボクは男を立派にあげることができたのですネ。
それがなによりうれしくて、
ボクは早速お礼の手紙をお店に書いて、
「雨が降るたび、そこが恋しくて仕方なくなるに
 違いありません」としめくくった。
「秋のもみじも、初霜の季節も
 それぞれ趣きぶこうございます。
 季節を肌でお感じになりたいときに、
 私共を思い出していただければ、
 それで十分、しあわせでございます」と返事をもらった。






アプローチの長いお店は
驚きに満ちたお出迎えができるだけでなく、
ココロに残るお見送りにも適しているというコトでしょう。
特にお見送り。
終わり良ければすべて良しって、
レストランでのステキな時間にもあてはまること。

実はあの見事な接待において
唯一、残念だったと後悔するのが、お見送り。
あのときボクが車の中にいるのでなくて、
駐車場の入り口で傘をさしつつ、
頭を深々下げる立場であったなら、
どれほど気持ちが伝わって、
あの接待は完璧なものになったろうにと、悔しく思う。
一緒の車にのらなければ、足をなくして帰れなくなる。
だからボクも「見送られる人」になってしまったんだけど、

本来ならば、ボク「も」
一緒に見送ることができれば最高。
だから、そこで接待をしようかと思ったお店に
問い合わせの電話をするとき、こんなコトを聞いてみます。

大切なお客様なので、
お客様をお見送りをさせていただいてから
お勘定をと思っているのですが、
差し障りはございましょうか? と。
「ええ、それは問題ございませんが」と否定するでもなく、
ありきたりの反応を返すお店は、
候補リストの下の方にそっと置きます。
「お見送りですかぁ‥‥」
とまるでつれない返事の店は、
忘れることにいたしましょう。
「それでしたら、私共も一緒に
 お見送りさせていただきますので」
と答えるお店は、接待の極意を知っているお店でしょう。
そもそも、お客様をお見送りしてから帰るという
この方法ならばお勘定を払うところを
お客様にみせることなく、
とても自然に接待を完了させるコトができるので、
僕はオススメ。

ちなみに接待側に見送られて
店をあとにする幸せに欲したときの心がけ。
お客様たるや、見送られているコトを背中に感じつつ、
後ろをふりかえることなく凛々しく、
まっすぐアプローチを歩いて帰る。
そして最後に、ふとふりかえり、
そこにいまだにずっと頭を下げている。
あるいは手を振り、笑顔でニッコリ
こちらを見送るホストを認めて、
はじめてすべてが完了する‥‥、それが接待。
ふりかえろうか、ふりかえるまいかと、
しばらく逡巡できる程度の距離がそこには必要なんです。





ドラマティックなお出迎えと、ロマンティックなお見送り。
とはいえ、ちょっとした工夫で、歩いて何分もかかるような
「物理的」に壮大なアプローチをもたなくても
ココロに残るお出迎えやお見送りを
することができるんだということを教えてくれた名店が
かつて東京にはありました。

小体な板前割烹。
厨房をみわたすことができる、
すわり心地の良いカウンターで、
心尽くしの料理が仕上がる一部始終をみながら
食事をたのしめる。
季節の素材のおいしさを邪魔せぬ程度に、
けれど的確な調理をほどこし料理ができる。
カウンター席8席ほどで、
それにテーブルがひとつあるだけ。
もともと客席数が限られている上に料理もおいしく、
予約をとるのがむつかしいお店のひとつではありました。

けれどこの店を利用したお客様のココロに
一番残ったものは、お見送り。
お店は3階にあったのです。
小さな店にふさわしい、
小さなビルでワンフロアーに一軒だけ。
エレベターが一基あって、
エレベーターを降りるとお店の入り口のドアの前には
小さなエレベーターホールがあるきりという、
必要なスペースだけが用意されてる建物。
お店のスタッフはご主人と、
アシスタントの板前さんが2人。
男性だけ。
調理人だけでもてなす店で、だからお出迎えはなし。
ドアをあけて、
「予約しておりました、サカキでございます」
と告げるとニッコリ。
カウンターの中からご主人が
「お待ち申し上げておりました」と笑顔で答える。
それがここのお出迎え。

食事を終えてお勘定をします。
食べたもの。
受けたサービス。
そして気持ちのよいしつらえに見合っただけの請求額で、
来てよかったなぁ‥‥、と思います。

そして店を出、エレベーターに乗る。
ご主人とアシスタントがひとり、エレベーターの前に立ち、
どうもありがとうございましたと言いながら
エレベーターのドアが完全にしまるまで
頭を下げてお見送りする。
その丁寧な様に、うれしく思い、
シアワセな気持ちをのせてエレベーターはユックリ
一階に向かいます。
古いビルの古いエレベーターです。
ガコンと動いて、ユックリ、ユックリ。
ウイーンと鈍い音を立てながら鉄の箱が一階につき、
再びガコンと止まってドアが開くとビックリ。
そこにはさっきまで3階で頭を下げていたご主人と
アシスタントの姿がある。
外階段を駆け下りてお客様を待ち受けて、
それから再び、ずっと頭を下げて見送る。
表通りまで20歩ほどの距離でしょうか。
もう、見送られているボクたちはウレシクてウレシクて、
また来ようと思うのです。

一生懸命考えたのでしょう。
ビルの中。
しかも小さなどこにでもあるビルの中にあるお店という、
そのハンディキャップに負けずに
お客様をよろこばせてさしあげようと思う気持ちが、
空間を超えたアプローチを
作り出すことに成功したという事なのでしょう。
で、その話をとある銀座のクラブで披露していたら、
お店のママがぽつりといいます。

あら、それでしたら、
もっと長くて果てないアプローチっていうんですか‥‥?
お客様を出迎え、お見送りする方法を
わたくし、存じ上げておりますわ。
手紙を出しますの。
またお待ち申し上げておりますって。

たしかに、たしかに。

ところでボクがそのとき選んだ、鉄板焼きというお店。
果たして接待に向いているのか。
接待向けのレストランって、
どんな料理、どんなサービスのお店なのか。
来週から考えてみようと思います。




2013-07-18-THU

 


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN