何しろゴルフの帰り。
今日一日の打ち上げに、
ちょっと贅沢なお店にお連れしますからと伝えていたので、
さすがにみんなジャケットを着て
カジュアルながらもオシャレな装い。
けれど足元ばかりは、
歩きやすい靴をと、使い古した靴ばかり。
ボクにいたっては、くしゃくしゃの
トップサイダーのデッキシューズを履いていた。
磨くことなんて暫く忘れて、泥だらけ。
その靴が泥を拭われ、ホコリをはらわれピカピカになって、
お待ち申し上げておりましたと差し出される。
足元だけがまるでよそいき。
こちらへどうぞ‥‥、
と案内されてボクらは個室に通されます。






氷がギッシリ詰め込まれた
銀色のワインクーラーの中にシャンパン。
まずは一献と、グラスに注がれ、シュワッと乾杯。

前菜がわりに、今日の魔法の裏側を
うかがうことはできませんか?
と、挨拶にきた支配人に話の話をききます。

靴をお預かりした駐車場の一番奥から、
一直線にレストランの勝手口まで
かけあがる階段があるのです。
お客様にはお見せすることのない舞台裏。
うつくしいお庭を見ることができぬ道ではありますが、
そこを使うと1分足らずで
レストランの入り口に到着できる。
私どもの個室には、畳をはった和室もあります。
当然、お客様は靴を脱いでおあがりになる。
お預かりした靴を磨いてさし上げるため、
靴磨きのすべてを熟知したスタッフがひとりおります。
いくつものブラシ。
いくつかの靴墨を器用に使いわけることで、
どんな靴も生まれ変わったように
キレイにしてくれるのです。
レストランとは、お客様が生き返ったような
気持ちになっていただく場所であるべき。
ついでに靴も生き返ってくれれば
それにこしたことはございませんでしょう‥‥、と。

そうそう、うちには染み抜き名人の
スタッフもいるのですよという彼に、
無粋にも「人件費だけでも大変なモノでしょうにネ」
と上司がポツリ。
いえいえ、ずっと有名なホテルで
シューシャインをやっていた方が定年退職で、
うちに手伝いに来てくれているのです。
働く機会があることがシアワセだからと、
申し訳ないような条件で働いていただいている。
染み抜き名人の方も
クリーニング店を営んでいらっしゃった方。
この庭の手入れをしていただいている人たちも、
園芸好きの方々や引退された植木職人の方だとかと、
舞台裏にいくと、私なんかまだまだ若造。
がんばらなくちゃと、
背中が伸びるような気持ちになるんですよ‥‥、と。

それにしても今日の趣向には感心しました。
雨の日なのに‥‥。
いや、ここに来るときには雨が降るようにと
次回からも祈りたくなるようなすばらしい経験。
本当に、感心しました‥‥、とお客様がいい、
一堂、頷き口々に素晴らしかったと感想をいう。
支配人がそれに応えてこういいました。

私たちは毎日、その日の天気やお庭の状態にあわせて
どの道を使ってお客様をご案内しようか話し合い、
それを全スタッフと共有することから
お出迎えをスタートするのです。
あじさいが可憐な花をさかせるとき。
もみじが燃えるようにうつくしい秋。
夕日が低いところに沈む冬の日。
雨が降ったり、あるいは底冷えする日があったり。
それぞれお客様にみていただきたい
お庭の景色が頭にうかび、
それぞれお客様にして差し上げたい出迎え方を
私たちは知っている。
だから毎日。
どの道をどのようにご案内しましょうか‥‥、
と決めることからのおもてなしなんです。

その話を聞きながら、
まるでフライトプランのようだ、とボクは思った。
毎回、空の状態に合わせてどんなルートや高度で飛ぶのが
一番、お客様にとって快適なのかを決めて
みんなでシェアすることで、
安全でステキな空の旅がいつも守られる。
すばらしいなぁ‥‥、と思います。






料理は鉄板焼きで、とはいえ
肉をパフォーマンスたっぷりに
ジャジャッと焼いてしまえばおしまいって、
アメリカンスタイルの鉄板焼きの
ステーキレストランとは違って
ここはフランス料理を丁寧に
鉄板の上で作ってくれるという趣向のお店。

ちょっと寄り道。
今では当たり前に使われているガスレンジ‥‥、
料理用語では「ストーブ」と呼ばれる器具は
フランス料理の歴史より、ずっと新しいモノなのです。
もともと彼らは大きな箱に炭を入れ、
それを燃やして熱源とした。
鍋を吊るして煮焚きをしたり、
串にさしたり網にのっけた素材を、
直火で焼いたりしたのが料理のはじまり。
暖炉や焚き木で料理をするのとほとんど同じで、
まるで毎日バーベキューをしていたようなモノなのですね。
簡単ではある‥‥、
けれど微妙な火加減を調整するのがむつかしく、
それでそのうち、
その箱の上に鉄板をのせ、温めた鉄板の上に
鍋をおき調理するようになったのですネ。
炭の炎が直接当たる中央部分は高温で、
周辺部分は比較的低温になる。
強火、弱火を熱伝導を利用して
コントロールすることができるようになったコト‥‥、
それが料理を飛躍的洗練させることに
なったのでありました。
だから鉄板焼きの鉄板の上に鍋をおき、
そこでフランス料理を作るというのは
決して突飛な発想じゃない。
むしろ先祖返りのような工夫で、
しかも個室でシェフをひとりじめ。
その接待は大成功のうちに
終わりを迎えることになったのですね。

お酒も進みお腹も膨れて、
さぁさぁ、これから下駄に履き替え
再び山路を降りて行きましょうかと、
みんなはガハハと笑っていった。
雨は本降りのままやまずにずっといたのです。






ほろ酔い気分で足元不確かな道をお帰りになるのは
大変でございましょうゆえ。
よろしければ、運転手さんに
車を裏口につけていただくようにお願いいたしましょうか?
普段は食材の搬入などに使う場所。
当然、出入り口の真ん前に
車を駐車できる車寄せのようになっております。
雨に濡れることもなく、
お車までご案内することができましょう。
ただ、ひとつだけ。
厨房の中を通り抜けていただかなくてはならないのが、
心苦しゅうございますけど、
それでもよろしゅうございますれば、
そのようにさせていただきとうございます。

と‥‥。

当然、そんな魅惑的なる申し出を断る理由はなにもなく、
ボクたちは厨房の入り口まで案内されます。
ステーキハウスの厨房を通って出入りしていた
アルカポネみたいじゃないか‥‥、
ってみんなワクワクしながら
厨房のドアを開け中にはいると、
それはそれは大きく、しかもうつくしく。
そこには何人ものコックコートを着た人たちが働いている。
そして彼らが一斉に頭をさげて
「いらっしゃいませ、ありがとうございました」
と言うのです。
勝手口とは言えうつくしく、
きれいに整えられた裏口を抜けると
そこには、ボクらの車が。
自家用車でお越しの方からは、車の鍵をお預かりして
私共のスタッフが車を
ここまでお運びすることもございます。
さすがに車を運転するプロまで
雇う余裕は今はございませんが‥‥、と。

あぁ、なんとすばらしいステキな企み。
雨すら今日のこのもてなしのシナリオの中に
含まれていたのじゃないかと思うほど。
それは見事ですばらしく、
けれどそんな見事はまだ終わってはいなかった。
次週につづく‥‥、ごきげんよう。




2013-07-11-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN