仕事柄、飲食店で独立開業を目指す人たちの
勉強会を開催したりすることがある。
業種別の勉強会。
ここ何十年も、人気が安定している業種は「ラーメン店」。
小資本で開業できる。
ラーメンだったら、毎日食べても飽きないという、
男の人に人気の業種。
好きなモノを仕事にできれば、
シアワセになるんじゃないかと思って
開業を目指す人が多くて、
逆に思い込み故、失敗事例もかなりある。
特徴のないラーメンを売っていては、
他のお店に負けてしまう。
どこにもない独特の商品を開発することが、
ラーメン店を成功させるための最初の仕事。
けれど、特徴がありすぎると、
好きと嫌いがはっきりしてくる。
熱烈なファンはできるけど、その絶対数が少なくなって
売上を作ることがむつかしくなる。
商品に対するこだわりのバランスを上手にとるのが
ラーメン店を成功させる鍵なんですネ。
ただ、おいしければ繁盛しやすい。
だからわかりやすい業種でもある‥‥、ラーメン店。

その対極にあるのがカフェ。
これが人気があるんです。
勉強会をしても「カフェ」とタイトルに付けば人が集まる。
飲食店を開業したい人たちに、どんなお店をしたいですか?
と聞いて一番多い答がダントツに「カフェ」。
友人をもてなすように、お客様をもてなしたい。
毎日そこで働くのがたのしい空間で、
人をシアワセにすることができればいいな、
とそう思う人たちが沢山いるからなのでしょう。





開業にあたって注意することはあるのでしょうか?

その質問をラーメン店を開業しようとする人から受けたら
答えはとても単純。
「自分自身を信じて、他人の意見に左右されない
 一貫性を持ちなさい!」と。
お客様の意見を聞きすぎて、
味や商品が変わってしまうコトが一番いけないコトなので、
だからそう答えることにしています。
一方、カフェを開業しようとする人から
同じ質問をされたらまず、こう答えます。
「快適な空間作りをしてくれる、
 デザイナーさんとお知り合いになりなさい!」と。

カフェと言う場所。
時間を無駄遣いするという、
今という時代を忙しく生きている人にとって
この上もない贅沢を
ココロおきなくたのしむための場所なのですね。
だからそこに必要なのは、すわり心地のよい椅子と、
何時間いても快適と感じる空間。
飲食店にはお客様をもてなす3つの要素があって、
料理にサービス、
それから店の雰囲気といわれるけれど、
料理よりもサービスよりも、
カフェの成功を左右するのはお店の雰囲気。
特に、居心地の良さを大切にしなくちゃいけない。
そのため、覚悟しなくちゃいけないコトがあるんです。
すわり心地の良い椅子で、
ユッタリたのしんでらっしゃるお客様を、
そろそろお帰りいただけませんか?
と、口が裂けても言っちゃいけない。
何時間でもいられるお店を用意して、
なのに早く帰ってくれないかなぁ‥‥、
とそわそわするのは自己矛盾。

カフェがお客様にとって居心地のいい場所として、
悠然とふるまっていられるために、
気をつけなくてはいけないコトが、だから立地なんですよ。
高い家賃の場所はダメ。
次々、お客様がやってきて
「なんだ満席か?」と言われない場所。
ましてや、お店の前に行列が出来て、
お店の中でくつろいでいるお客様が
居心地悪く感じてしまうとせっかくの雰囲気も台無し。

良いカフェというのは、
いつも最後のひとテーブルが
なぜだか空いているモノなんです。
その最後のひと席が待ってくれていると思うから、
わざわざちょっと寄り道できる。
ボクが座ると満席になる。
しばらくすると、誰かが席を立つ。
ひと席あいたタイミングで、次のお客様がやってくる。
それがすばらしいカフェのリズムというモノ。
ちょっと不便で、ちょっと探すとみつかる場所。
そういう場所にワザワザお客様を呼ぶ自信があれば、
カフェをおやりになればいい。
と、そういうアドバイスをするコトにしているのです。





さて、カフェと喫茶店の
根本的な違いを説明しましょうか‥‥。
カフェの椅子はすわり心地がよく、
喫茶店の椅子はすわり心地があまり良くない。
この違い。
とても大きな違いなんです。

まだカフェという業態が日本にはなかった、
つまり喫茶店の時代のコト。
ボクは師匠に進言したことがありました。
喫茶店の椅子がもっとすわり心地がよければ、
お客様もよろこぶんじゃないですか? って。
「サカキくんね、それじゃぁ、粋じゃないんです」
と、師匠はいいます。
喫茶店に来るお客様。
仕事の途中のほんのひとときをぼんやりするための場所。
それが喫茶店。
すわり心地が良すぎると、仕事に支障がでるでしょう?
さっきの床屋の奥さんだって、
ご主人が休憩している場所が喫茶店だから
安心して「行っておいで!」と送り出す。

小さな街の人たちに、何度も何度も繰り返し、
来てもらおうと思ったら、
あまり沢山のコトをおねだりしないコトが大切。
そのため、多くのコトを約束してはダメなんですよ。
座り心地が良くない椅子も、
すべては街の人を独り占めしない工夫だと思えばいい。
喫茶店のコーヒーが、舌を焼くほど熱いのも。
その熱いコーヒーを満たしたカップが、
唇焼くほど熱いのも、
そのすわり心地のよくない椅子に、
ちょっとでも長く座っていられるための粋な口実。
コーヒーが飲み頃温度になるまで
新聞や雑誌を眺めながら待つ。
喫茶店の苦くて酸っぱいコーヒーの味。
それも、時間がたつにしたがって
味が変わっていくのをたのしむようにできている。
1時間はたのしめない。
20分や30分をたのしく過ごせる工夫の集大成。
それが喫茶店なんですよ‥‥、と。

近くにあって便利だからこそ、
ほどよき距離感を保って付き合う。
人と人との関係と同じ知恵が
喫茶店という場所にはあるというコト‥‥、
そういえば、喫茶店に似た場所が他にもあるなぁ、
と思いつきます。
さて来週につづきます。


2013-02-28-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN