母とボクのオキニイリのカフェのテーブル。
その正面に、小さなキオスクが置かれていました。
屋台風のオレンジジュースの販売店。
ハワイとはいえ、さすがオレンジ大国のアメリカです。
皮付きのオレンジが山のようにつまれていて、
注文するとそれをプシュッと圧縮。
それをグラスで受け止めて、氷で冷してカップに注ぐ。
正真正銘、フレッシュオレンジジュースが
手軽に飲めるお店で、いつもほどよくにぎわっている。
そこに彼らがやってきた。

母がボクにコチョっと提案。
あのふたりがハワイの人か、そうじゃないかで
今日の晩ご飯を賭けてみないコト?
晩ご飯の場所は賭けに勝った方まかせで‥‥。

こういう気まぐれにはもう慣れっこで、
断る理由は特別なくて、いいよ! とOK。
レディーファーストで選ばせていただいていいわよネ‥‥、
って有無を言わせず母が選んだのは「現地の人」。
必然的にボクは
「彼らはどこかから来た観光客」というコトになる。

ずっと観察していて彼ら。
オトコの人が女性をエスコートするスタイルも
なかなかスマート。
とても自然で現地の人のようにしか思えなくって、
負けるつもりで賭けをするのも、
親孝行のひとつだよな‥‥、と思うしかなし。

注文をするのに戸惑っているようなコトもなく、
母はますます上機嫌。
ひさしぶりにシュリンプカクテルを
嫌というほど食べてみるのもいいわねぇ‥‥。
メインディッシュはシャトーブリアン。
海の見えるお店がいいわねぇ‥‥、
って歌うようにひとりごとを言う。




実は言葉や習慣に不慣れな外国人にとって、
実はファストフードとか屋台のようなお店というのは
ハードルがかなり高かったりするのです。
普通のレストランなら、
ユックリ時間をかけてメニューを読み解ける。
わからないコトがあれば
お店の人の力を借りることもできるし、
言葉が通じなければ
みぶりてぶりでなんとかしのぐコトもできたりするのです。
けれどファストフードやテイクアウトのお店では、
時間をかけずメニューを決める必要がある。
メニューに写真があったり、
現物がおいてあったりすれば
それを指さし注文もできるけれども、
そうじゃないとなかなか注文できなかったりする。

早く注文をきめなきゃいけない。
どうしよう‥‥、って思えば思うほど
焦って言葉がでてこない。
そんなときにはお店の人の顔をみて、
困った表情をすれば何かオススメのものを
差し出して見せてくれたりするのだけれど、
それも出来ずにうつむいて、
メニューをにらめっこしたりしてる人が結構、いたりする。
外国語に自信があっても、電話で会話をするのは至難の技。
話をしている相手の表情が見えずに
会話は成立しづらい‥‥、それとおんなじ。
彼らはほとんどメニューをみず、
屋台の人と目と目をあわせ、
とてもスマートに注文をしていくのです。

ワインはナパのロバート・モンダヴィで
許してあげるわ‥‥、と、
もう母は勝ったつもりでつぶやきます。
ところがオレンジジュースを手渡され、
お金を払うというときに、母が大きな声で
「あらあら!なんで?」といいつつ、深いため息をつく。

女性の方に手を出す男性。
女性は大きなカバンの中から財布をひとつ。
アルファベットの文字がびっしり模様となった、
ブランド製の分厚い財布を彼に手渡す。
夏のハワイにふさわしい、薄手のパンツにTシャツという
その装いを分厚い財布で台無しにせぬよう
女性のカバンに財布を入れてもらっていたのでしょう。
自分の財布を他人にゆだねる‥‥、というそのふるまいは、
愛情表現のひとつだとして見すごすことはできはするけど、
問題はその財布。
カード入れやら小銭入れやらが全部ひとつに同居している、
便利ではあるのでしょうけど不恰好なもので
それを開いてまずは1ドル紙幣を2枚取り出す。
オレンジジュースの値段は2ドル88セントでしたから、
まずはお札を2枚。
ところがこれがうまい具合でてきてくれない。
アメリカのお札は表面ザラザラしていて、
特に1ドル紙幣はくしゃくしゃ、
よれて互いにこすれあってくっつき取り出しづらい。
それでもたもた。
やっと2ドルを取り出すと、次は小銭を取り出す順番。
コインが落ちぬようにと用意されたフラップをあけ、
中に指を突っ込んでは出し、
コインの種類を確認しカウンターの上に一枚、
そしてまた一枚。
コインをおいていくのだけれど、
なかなか88セント分にならないんでしょう。

シンイチロウ‥‥、
シュリンプカクテルをあきらめなくちゃならないかもね。
あなた、何を今日はディナーに食べたいの‥‥、
と、もう母は半分あきらめ顔。

コインを出すのに手間取って、
挙げ句の果てに小銭がジャランとこぼれ落ち、
チャリンチャリンとボクらの方に転がってくる。
見ると中には50円玉や10円玉が混じってて、
拾ってあげたら「どうもありがとうございます」って、
ネイティブスピーカーらしき流暢な日本語で
お礼をするじゃございませんか。




あぁ、やっぱりねと、結局その日の夜は
ボクが行きたくてしょうがなかった、
メキシコ料理のお店にいって、
ただ前菜はコリアンダーとライムを搾ってたのしむ
メキシコ風のシュリンプカクテルを選んでたのむ。
母はそれにてご満悦。
それにしても、どんなにスマートな格好をしてても。
どんなにスマートに注文できても。
支払いがスマートにできなきゃ野暮なお客様‥‥、
だって、終わり良ければすべて良し。
終わり悪けりゃすべてが台無しなのにねぇって、
マルガリータを飲みながら母がシンミリ言うとおり、
あまりに今日の2人の最後はあたふたで、
次のお客様をイライラさせて待たせるコトになっちゃった。

そもそも日本の人の財布は大きい。
分厚く、タップリ中身が入っているのが特徴。
しかもそれをお尻のポケットに入れてあるく
オトコの人があまりに多くて、
アメリカの人からみれば、私は足の付かない
「キャッシュ」をたくさん持って歩いているんですよ!
と、スリに言ってるようなもの。
そんな後ろ姿をみるたび、
あぁ、あの人って世界で一番平和な
日本の人たちなんだ‥‥、と思いはするけど、
かっこいいものじゃないワケです。

ならばさてさて。
どんな財布がよかったのでしょう。
そしてどんなふうにお金を支払えば、
スマートな人になれるんでしょう。
来週お話いたします。


2012-10-25-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN